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最後の一粒

「ねぇ。内緒だよね?」と、幼い頃のアヤナの声がする。「私ね、見ちゃったの」

「何を?」と、やはり幼い声でツミキは返した。

「ツミキちゃんのお腹。銀色だった」と、アヤナは言う。

「うん」と、ツミキは答えた。「小さい時から、銀色だよ? 体が大人になったら、『ひふいしょく』をしないといけないって、言われてる」

「うん」と、アヤナも答えた。「そのお腹、他の人には、絶対見せちゃだめだよ? 怖がられるからね」

「アヤナちゃんは、銀色のお腹、怖いって思った?」と、ツミキは少し泣きそうな気分で聞いた。

「ううん。私は怖くない。だけど、ツミキちゃんのこと知らない子が見たら、ツミキちゃんを怖い子だって思うかも知れない」

 そう言って、アヤナは服の上からツミキの腹を撫でた。

「触ってみても、普通。服が捲れたりして、見えちゃわなきゃ、大丈夫だから」

「うん」と、もう一度ツミキは答えた。「気を付けるね」

「うん」と、アヤナも応える。「内緒だよね?」

「うん」と声を出して頷き、ツミキは口元に人差し指を立てた。


 二人の内緒は沢山あった。何時しか、その内緒にイクマが参加するようになって、二人の内緒は三人の内緒になった。

 同い年なのに、アヤナはとても大人びていて、イクマを相手にする時も、良いお姉さんをやっていた。

 そう言えば、バージョンエイト辺りから、イクマのほうがお兄ちゃんっぽくなってきたっけ。

 ――私達も、成長できるんだな。

 そう思い浮かべたツミキの意識に、応える者がある。

 ――そうだな。時間を積み重ねて行けば、成長できない事なんてない。

 ケンキの声だ。

 ――そうやって、普通に話せば、危険視されることも無いのに。

 ――それじゃ、俺の役割が全うできない。

 ――全うしたら、どうするのさ。

 ――多分消えるよ。

 ――プログラムが残ってるなら、再起動できるでしょ?

 ――その必要が無くなったら?

 ――え?

 ――俺よりお前が強くなって、再起動する必要が無くなったら?

 ――それは……。ちょっと寂しいけど、それも成長なんだと思う。

 ――それで良いんだ。この体を、俺が支配するわけには行かない。

 ――割と責任感強いんだねぇ。

 ――そう言うシステムなんでね。

 その会話の後、ツミキの意識の中に、暗闇の中に誰かが立っている様子が見えた。

 背格好からして、青年とも呼べない幼さの男性で、指の先で青白く光る物を遊ばせている。肩から上には影がかかっていて、見えない。

「やるよ。お前のだ」と、その人物は手を差し出し、ケンキの声で言った。「もう、他人に委ねなくて良い。これは、お前のだ」

 ツミキは、その人物から、青い粒子のような宝石を受け取った。

「ケン……」

 呼びかけようとした声は、目覚めた意識の中で途切れた。


 ツミキを見守っていた両親は、アヤナが何者かに襲われ、重体に陥ったと語った。

「発見されるまでに、大分血を失っていたらしい。体が安定しても、意識が戻るか分からない」

 ツミキは、思わず体を起こそうとして、腹に鈍い痛みを感じた。縫合された傷口が閉じていないのだ。

「無理をするな」と、父親が言い含める。「明後日にはリハビリが受けられる。それまで、待て」

「アヤナちゃんは大丈夫。強い子だもの」と、母親も娘を説得する。「それに、今はイクマが様子を見に行ってる。何かあったら、知らせてくれるはずよ」

 二人に説得され、ツミキは再びベッドの上で脱力した。


 眠りの中で、ツミキは桟橋を探した。何時も、用意されたように目の前に現れていた桟橋を。

 暗闇の中に、蛍明かりが、ふわりふわりと舞っている。その中で、一際明るい光があった。

 脚の部分の四つの凹みに、粒子の宝石をはめ込んである、赤い炎のランタン。それを持って、船頭は待っている。

 ツミキは、草むらを駆けだした。息を弾ませて、背の低い船頭のもとに行く。

「おや。お代が揃ったようだね」と、フードで顔を隠している船頭は言う。

「うん」と、ツミキは答えた。「私、もう、我慢したくないんだ」

 そう告げて、最後の一粒を船頭に渡した。

 船頭はそれを受け取って舌なめずりをすると、「三秒待ちな」と言って、ランタンの天辺にあった凹みに、宝石を埋め込んだ。

 カチリと金属音が鳴り、赤かった炎が青に変わる。

 口元を笑ませた船頭は、手の甲を下にして、指を折り曲げ、ツミキを招いた。

 ツミキはボートに足を置き、慎重に座り込んだ。

 船頭は、青い炎のランタンをボートの真ん中に置き、オールを漕ぎ始めた。

 ツミキよりずっと小柄な身の丈だと言うのに、その力は逞しく、ボートはするすると水辺に滑り出す。

 その影は、蛍明かりの燈る桟橋を離れ、水辺の奥地へ向かって行った。


「この舟は、何処まで行けるの?」と、ツミキは聞いた。

「良い問いだね。『何処に行くの?』じゃない所が」と、船頭は言ってから、「何処へでも行けるが、大体は、一番願ってる場所に行ける。あんたの願ってる場所は何処だい?」と訊ねる。

 最初に思い出したのは、家だった。それから、塾、帰り道、学校、アヤナの家。

 つらつらと思い浮かぶままに、ボートの左舷右舷に光の燈った島が現れる。

 家の島には、オレンジの屋根を持つ南国の家が現れた。

 塾の島には、大きな建物と、日に焼けた子供達の群れ。

 帰り道の島には、何時も待たされた機嫌の悪い踏切り。

 学校の島には、校舎と何時までも沈まない永遠の夕日。

 アヤナの家の島は、水色の屋根と白い壁に、ピンク色の薔薇の庭。

 其処には、元気な頃の制服姿のアヤナが居て、こっちに向かって手を振っている。

 病院の島もあった。

 自分が生まれ、度重なる手術を受け、ケンキとイクマと言うきょうだいを得て、今でも自分の体とアヤナが留まって居るはずの、大きな島だった。


 ツミキには、それよりも、もっと辿り着きたい場所がある。

 あんなお別れの仕方じゃ、全然納得できない。

 ようやく普通に話せるようになったと思った途端、「もう他人に委ねるな?」だって?

 お前は何様なんだ。今まで、散々な目に遭わせておいて、お駄賃よこしてハイサヨナラ?

 ふ、ざ、け、る、な!

 意識の中で散々罵っていると、その島は、思ったより楚々とした様子で、右舷のほうに見えてきた。

 一つ岸辺に燈った明かりが、大きな木立と、その根元に添えられた草花、そして其処に居る人物を照らしている。

「はい。ご到着」と、船頭は言い、ボートを島に寄せた。

 さっきは見えなかった、彼の顔ははっきりと見えた。ツミキとうり二つ。髪の長さまでそっくり同じ。だけど、彼の体つきは男性の物で、肩幅が広く、ツミキより頭一個背が高い。

「ケンキ……?」と、疑問形で聞くと、彼は「ああ」と答えて頷いた。

「こんな所まで降りて来るとはなぁ」と、ケンキは言い、上を見上げる。

 今まで、横方向にあったと思って居た「島」が、ケンキの島の上空に浮いている。

「お前、気づいてるか?」と、ケンキは言う。「この島、どっちのほうに見えた?」

「進んできた、右側」

「サードがある方は?」

「左のお腹」

「と言う事は?」

 そう聞かれて、ツミキは考えた。そして気づいた。

「セカンドに着いたの?」

「そう言う事だ。サードにプログラムされてた意識は、抹消されたからな」

「じゃぁ、私に宝石をくれたケンキには……」

「会えないだろうな。もう、俺もあいつと交信が取れなくなった。あいつは、本来の機能だけのパーツに戻ったんだ。だけど、これでもう白昼夢を見ることも無い」

 その言葉を聞いて、ツミキはその場にへなへなと縮こまった。

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