ビルディング・ブロック
夕陽が射す頃、北の空には大きな白い鳥のような雲が浮かんでいた。翼が淡い朱色に焼けている。
「火の鳥が飛んでるなぁ」と、ショウは独り言ち、その台詞に自己満足した。
「火の鳥って?」と、質問を投げてくる者がいる。声の方を見ると、ジャージを着て、伸びかけのショートカットを短いポニーテールに結った女の子が居る。その右足にはサポーターが巻かれていた。
「ツミキちゃん。昔の漫画とか観たほうが良いよ」と、ショウはお兄さんぶる。
「ショウさんは古典好きだからなぁ」と、ツミキは口を尖らせた。「で、火の鳥って何ですか?」
「不死鳥の事だよ。死ぬ時に自分から火の中に飛び込んで、灰の中から再生するって言われてる鳥」
そう言ってから、ショウは空のどの辺にある雲が、鳥の頭で胸で翼で尻尾で、と解説した。
「よく見てますねぇ」と、ツミキは目の中に夕日が入らないように気をつけながら、北の空を見回した。「此処から見ると、夕日に向かって飛んでいるように見える……ので、合ってます?」
「合ってるよ。僕って、こう言うの見つけるの得意なんだよね。龍の形の雲なんかも、度々見つける。そう言う特徴的な雲を見つけられる人は、強運に恵まれてるって話でね……」と、ショウは何時もの通りにぺらぺらと話し始めた。
「あなた達」と、塚村の声がした。「調子が良くなってきたんだったら、帰りなさい」
「はーい」と、ショウとツミキは声を合わせた。
同時刻。教室に残ったイクマとアヤナは、ツミキが保健室から戻ってくるのを待っていた。
「今日の所は、騒ぎ無し」と、イクマは纏めた。
「家に帰りつくまで、気は抜かない」と、アヤナが言い含める。
「出来れば気が抜きたい。これから俺等、『塾』なんだ」と、イクマは嘆く。「たまには普通の高校生がしたい」
「『普通』ね」と言って、アヤナは言う。「あんたの出来方が『普通』だったら、それに賛成できたかもしれないけど」
「はい。分かりました」と言って、イクマはアヤナの言葉を切らせる。それから周りを見回し、教室の中に誰も居ない事を確認した。
「誰も居ないと思ってると、探り入れられるから気を付けろ」
アヤナも、今居る場所は「学校」だったと思い出して、指の平で口を押えた。
がらりと、音を立てて教室の扉が開く。
「あれ? 先行って無かったの?」と、ツミキは二人を見て言う。
「シャトルランですっ転んで足挫いた人を待っていた」と、イクマはあてつける。「『塾』には行けそうか?」
「このくらいなら大丈夫」と、ツミキは言って膝をべちっと叩く。途端に顔をしかめて、その場にしゃがみ込んだ。「忘れてた。膝打ってたの……」
イクマとアヤナは小さく息を吐くように笑ってから、痛みに体を震わせているツミキに歩み寄った。
遺伝的にも人格的にも適任とされた男女二人のペアが、遺伝子操作によって、必ず女の子になる子供を作り、三歳まで育てた。その子の名は、アヤナ。
アヤナは両親から、「今日から友達になる子は、アヤナの特別な人になる。生涯の友達として、大切にしなさい」と申しつけられ、三歳の頃のツミキと対面した。
その頃のツミキは口数が少なく、アヤナが「こんにちは」と声をかけても、返事も出来ない子だった。
「私、アヤナって言うの。貴女は?」と優しく聞くと、相手は、「ちゅ……ちゅみき」と答えた。
「ツミキちゃん?」と、アヤナは正しい発音で返した。
両手をお腹の辺りでもぞもぞ動かしながら、相手は頷く。
「私ね、パパとママと約束したの」と、アヤナは嬉しそうにツミキに報告した。「今日から友達になる子……多分、貴女の事ね。貴女と、一生の友達になるって。困った事があったら、何でも相談してね。ね?」
その言葉と、アヤナの笑顔を見て、ツミキは顔を真っ赤にし、懸命に頷いた。
アヤナは、生まれた時からずっと言い聞かされてきた。
アヤナは両親にとっても特別だが、その両親も特別だと思って居る「ある女の子」の友達として、きっと相応しい子に成れる、と。
「その子が困っている時は、必ず手を差し出して、言葉を聞いて、寄り添ってあげなさい。
その子から打ち明けられた秘密は、誰にも言わず、必ず守る事。アヤナの心の中にも置いておけない内容を相談されたら、父さんと母さんにきちんと話をする事。
父さん達は、その子の秘密を守れる、大切な仕事をしている人達を知っているから、父さんと母さんでもどうしようもない大きな秘密は、その人達に伝える事になる。
アヤナの友達は、みんなで守って、優しく育ててあげる必要がある。
勿論、アヤナの事だって、みんなで守って行くからね」
ツミキに出会うまで、毎晩眠る前に聞かされていた約束の言葉は、ツミキと実際に会って、二人でやり取りをしていくうちに、聞かされなくなった。
子供達同士の交流の中で、本当に「友情」を育んで行けると見なされたからだ。
三年後。卒園を迎えると、ツミキは度々、手術を受けるようになった。
初めのうちは、ツミキは手術を怖がっていた。しかし、一年も経つ頃には慣れてしまったらしい。
八歳の頃のツミキは、腕や脚に手術痕が残り、髪は常にベリーショートくらいの短さに切られていた。
「八歳の手術が終わったら、弟が出来るの」と言う秘密を聞かされた時、アヤナは素直に喜んだ。
その嬉しい知らせを両親に話すと、アヤナの両親はツミキの弟について教えてくれた。
ツミキの弟は、赤ん坊の姿で生まれてくるわけでは無い。ツミキのサポーターとして適役とされる姿を得て、この世に誕生すると。
それを聞いたアヤナは、自分はもう「お払い箱」になるのかと、心を傷めた。
数日が経過し、娘の様子がおかしい事に気付いた父親は、アヤナに言い聞かせた。
「良いかい、アヤナ。あの子には、お前の事も、弟君の事も、両方必要なんだ。どっちか片方だけじゃ、あの子を守り続ける事が出来ない。彼とは、良い相棒として、助け合って行きなさい。
可愛いアヤナ。お前は、本当に立派な子だ。その笑顔で、あの子を守るんだ。あの子が、心の闇に飲まれないようにね」
アヤナは、自分の中に出来た自己否定の心を捻じ伏せ、父親と視線を合わせると、しっかり頷いた。
「私、大丈夫だよ」
その言葉を聞いた父親は、愛娘を優しく抱きしめた。
タマラは、自宅の勉強部屋で、カッターの刃を折っていた。
割った牛乳瓶では、指先を傷つけるくらいしかできなかった。もっと鋭利で沢山手に入る刃物で、もっと深い傷をつけてやらなければ。
大量の剃刀を用意する事も考えたが、それでは店で「おかしな子供だ」と目を付けられるかもしれない。
そこで、工業用のカッターを用意した。これなら、替え刃を買っても怪しまれない。それに、替え刃も含めて全部折れば、大分良い数の刃になる。
パチン、パチンと、分厚いカッターの刃を折る音が、夜の部屋に響いた。
サラエは、胸苦しさに溜息を吐いていた。
あの表情と声が、脳裏に張り付いて消えない。敵対者を睨みつける、鋭い眼光。敵をなぶる低いがなり声。
計算され尽くしているような素早い身のこなしと、敵を追い詰める容赦のない攻撃。
もう一度、いや何度でも、それを見ていたい。
ドラマの殺陣を観ているように、その欲求だけで、彼女は行動していた。
新しい敵を探して駆り立て、あの狂暴な君主のもとに向かわせるのだ。
その後は、彼女はうっとりと観察するだけだ。自分の用意した敵が、きっと君主を満足させているはずだと信じて。




