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ネガティブな恋慕

 赤子をあやす声が聞こえる。まだ年若い頃の両親が、赤子のツミキをあやしているのだ。

 赤子は、泣き声を上げた。腹が減った時、喉が渇いた時、居心地が悪い時、折々に。

 赤子を守るように、青い光の粒子が舞っている。

 まだ一歳にもならない頃のツミキは、既にこの青い光の現象を見ていたのだろうか。

 生えかけている歯のむず痒さを、ぬいぐるみを噛む事で誤魔化しながら、赤ん坊のツミキは、片手を天井に向ける。

 其処に会った青い光の粒子の一つが、過去の自分を見つめて居る、十六歳のツミキのほうに飛んできた。

 パシッと、飛んできた粒子を手で受け止める。すると、その粒子は一片の宝石に変わった。


 次に、結婚式の様子が見えた。神社で行われている、和装の結婚式だ。羽織袴を着た花婿はイクマによく似ていた。

 そしてその隣にいるのは、白無垢に身を包んだ、白い大蛇だった。

 行列の先頭を歩いていた彼等は、整えられた儀式の場で、杯を交わした。

 また、宙に浮かんでいた光の粒子が一つ、ツミキのほうに飛んで来る。

 それを掴み取ると、目の前の光景は、舟を止めた桟橋に変わった。


「幾つ持ってる?」と、船頭の女の子は聞いてくる。

「これだけ」と言って、ツミキは二粒の宝石を見せる。

「足りないなぁ」と言って、船頭の女の子は首を傾げる。「もっとあるはずだから、もう一度探してお出で」

 女の子の言葉に応えるように、ツミキの目の前の風景は、桟橋を離れた。

 目を開けると、保健室に居た。

 いつもより若干心配そうな表情で、イクマが顔を覗き込む。

「起きたか」と、イクマが言うと、塚村が歩み寄ってきた。

「三神さん。何があったか覚えてる?」

 ツミキは暫く考えた。教室で授業を受けていて、アヤナと一緒にお弁当を食べていて、上級生に呼び出されて……その後の記憶が無い。

「お昼休みに、呼び出されて……後は分からない」と答えると、こめかみにズキッと痛みが走った。

 痛んだ箇所に手を当ててみると、ガーゼと医療用のテープが貼られている。

「何があったの?」と、ツミキはイクマに聞く。

「鉄パイプで殴られたんだよ」と、イクマは答えた。「それで、ケンキの奴がブチギレて、大暴れした」

「人を殺したりは……」と、ツミキが恐る恐る確認すると、「あいつも、そこまで馬鹿じゃない。ちゃんと、死なない程度に痛い箇所をしばきたおしていた」と、イクマは答えた。


 イクマは、此処最近のツミキの周りの様子を、よく観察していた。今回の鉄パイプ事件の黒幕は、藍里と言う名前の女子生徒である。

 常にキレる機会を伺っている、暴力的な男子生徒に、「三神ツミキって言う下級生が、あんた達の悪口を言って、好い気になっている」と吹き込んだのだ。

 彼等は深く思慮することなど無く、短絡的に暴力に走った。

 ツミキも、数回の襲撃は退けたが、多勢に無勢と言う事もあり、こめかみに一撃を受けた。

 それを知ったケンキは、一瞬で頭に血が上った。ツミキより素早く正確な動きで、襲撃者達を床に転がし、互い撃ちをさせ、散々に蹴りつけ踏みつけ、青年達が戦意を喪失するまで追い詰めた。

 そしてツミキを保健室に連れてきた。


 その日のうちに、ツミキとイクマは塾に立ち寄り、情報交換をした。

「お前の悪評を触れ回っているのが、『藍里サラエ』って言う女だって事は分かってるんだが」と、イクマは言う。「動機は本人に聞かないと分からない」

「動機? そんなの聞くまでもないっしょ?」と、ツミキは返した。「単純に、楽しいからじゃない?」

 それを聞いて、イクマは考え込む。

「まぁ、大体そうだろうけど。なんでお前が傷めつけられると、藍里って言う女は楽しいんだ?」

「え?」と、ツミキは語尾を上げる。「すっごいサディストだとか?」

「まぁ、そう言う事にしておこう」と、イクマは言う。「問題は、藍里サラエの奇行が治まらないと、お前が何度でも危険な目に遭うし、ケンキの奴も暴れまくると言う事なのだが。後、何時ものやつも治まらない」

「今回の騒動では、『藍里サラエ』は、ケンキに仕返しをされなかったの?」

「鉄パイプ集団が片付けられそうになると、上手い事逃げたようだ」

「学校に相談してみる?」

 二人の会話がそこまで続くと、馬渡の声が聞こえた。

「実際に、学校には報告した」

「マジ?」と、イクマが呟く。「対応早いっすね」

 馬渡の声は言う。

「適応実験に関して、重大な支障になる人物として、藍里サラエは監視下に置かれることになった。但し、それで安心だと思わないように」

「なんでですか?」と、ツミキが聞くと、馬渡の声は答える。

「藍里サラエの他に、ツミキに対して敵対心を持っている人物が、数名いる。本人達は気づいていないだろうが、嫉妬や悪意を向けられるかもしれない。よく注意しろ」

「その敵対心を持ってる人って?」と、ツミキは聞いたが、馬渡は「それを言ったら適応実験に成らない」と述べた。


 走るには丁度良い、肌寒い日の昼間。空港から飛び立った飛行機が、低く唸りながら高度を上げて行く。

 千メートルを走り終わったツミキに、イクマが話しかける。

 二人のやり取りを遠くで観ているのは、光根タマラだ。

「仲良いよね。あの二人」と、倉真ナナツがタマラに声をかけてきた。

「うん……」と、少し不服そうに、タマラは頷く。

「年子の姉弟(きょうだい)だって言うけど、あんまり似てないよね」と、更にナナツは話しかける。

「それが、何か?」と、タマラは問う。

「なんかさぁ、イクマ君って、『三神イクマ』じゃないでしょ?」と、ナナツは言い出した。「なんで姉弟なのに苗字が別なのか、考えた事ある?」

「本当の姉弟じゃないから?」と、タマラは答えた。

「多分それ当たりなんだけど、どっちかが養子って事考えられるでしょ? そうすると、二人は血がつながってないわけで。何だったら、イクマ君が婿養子候補だったりして」

 そこまで、もっともらしい当て推量を発表してから、ナナツはようやく言葉を切る。

 それから、「まぁ、それも推測の域は出ないけど、あの二人が普通の姉弟以上に仲が良い理由にはなるんじゃないかなぁ」と、囁いた。


 ナナツが去ってから、タマラは胸やけのような感覚を覚えた。

 ツミキちゃんに、正直に話した事。無意味だったんだ。

 タマラはそう思い、彼等は「気を使って離れてくれる間柄」では無いのだと言う結論に至った。

 私だって、ツミキちゃんと同じハンデを抱えているのに、私は、あの二人の間に入って行けないんだ。

 タマラは、ジャージのポケットの中に入っていた、薬のシートを取り出す。

 赤と黄色のカプセル剤を一粒をシートから押し出し、口に含んだ。ぐっと唾液で呑み込む。

 その薬のシートの裏面には、「ナノパルス」と言う薬の名が記載されていた。

 三十分後には、冷えてしまって居る左腕が、温かくなってくるだろう。


 走り高跳びの練習をしていたサラエも、やはり遠くで会話をしている二人を見ていた。

 私のものに馴れ馴れしく近づくな。

 そんな思いを抱いたが、言葉には出さなかった。

「藍里。次だぞ」と、コーチから声をかけられ、サラエも我に返る。

 助走を充分に取り、バーに向かって背から飛ぶ。

 踏切りは上手く行き、背中に違和感もなかった。ふわりとバーを乗り越え、足が引っかかる事も無くマットに着地した。

「よし」と、コーチの声がする。「十センチ上げるぞ。行けるか?」

「はい」と、サラエは答えて、再び遠くを見た。

 得体の知れないものが、頭の奥から這い出して来るようだった。

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