エピローグ
実験終了の合図を受け、「病院」こと、月神生体研究所の係員達が、救急隊員に扮して現場に駆け付けた。
壊れた煙突に関して、「ガスが爆発した可能性があります。皆さん、校庭への避難をお願いします」と述べ、野次馬を退場させた。
目撃者が少ないうちに、光根タマラの体と腕を防護シートで包み、ロープ伝いに地面まで引き下ろした。
改造契約に違反し、出撃許可を得ずに武器を乱用したとして、タマラは処罰を受けた。
改造部分の部品を採取され、彼女は左腕と内臓の正常な機能を失った。
体が不自由になったタマラは、ある種の負傷兵のサンプルとして、月神生体研究所に保管される事となった。
ツミキやイクマ、アヤナに関する情報と、イクマ本人も無事に回収され、「三神ツミキ」と「設楽イクマ」、そして「築城アヤナ」は、各事件の数ヶ月前に転校した事とされた。
後は、時間が経過し、夫々の事件の記憶が薄れていくのを、じっくりと待つと言う段階に成った。
ツミキは、毎日アヤナのお見舞いを欠かさなかった。一日一冊、物語の本を持って行き、それをアヤナの枕元で読み聞かせた。
きっと、アヤナは体が動かせないだけで、意識は覚めているんだ。私の声は聞こえているんだ。
ツミキはそう願っていた。
アヤナの両親も、同じ気持ちを抱いているようで、眠ったきりの娘に言葉をかけ、病室に花を飾り、手に触れた。
適応実験から数年後、「山彦山のチャップリン」と言う差出人から、ツミキの所に演劇会のチケットと手紙が届いた。
「拝啓。塚村先生を口説き落とすのに、三年以上かかってしまった」と書き出しの始まった手紙は、山彦山のチャップリン、基、伊海ショウの苦労話が書かれていた。
体と演技力を鍛えて、地方の小さな劇団に所属し、バイトをしながら少しずつキャリアを積んで、ようやく大舞台のオーディションに通るようになった。
「その晴れ舞台を、是非、薬物聖女様に観てもらいたいと言う、些末な煩悩に突き動かされて早五年」と、彼は綴る。
ツミキにとってはものすごく嫌な記憶と一緒にある、「薬物聖女」と言う呼び名に、神経が逆なでされたが、深呼吸でアンガーをマネージメントして、手紙の続きを読んだ。
「塚村先生から君の住所を聞き出す、その五年の間に、龍の姿をした雲を二十五匹見つけました。
君は絶対に僕の出演する舞台を観に来てくれる。死ぬ前までには絶対に。そう念じながら、毎日の稽古に励んでいるのです。どうか、こんな喜劇演者の小さな願いを、叶えてはくれませんでしょうか。
何時までも、何時までも、僕は保健室から火の鳥を見つけた日を、忘れはしません。敬具」
脈絡は何となくわかるが、突拍子もない終わり方で、手紙はあっさりと終わっていた。
ツミキは、山彦山のチャップリンの願いを叶えてあげる事にした。
ショウが「ゲイバーで働く世話好きなオネエ役」として登場していた演劇のアンケート回答欄に「火の鳥は今日も燃えてるね!」とメッセージを書いておいた。
この暗号を解けなかったら、山彦山のチャップリンは相当センスが無い奴だ。
その話を、演劇会から帰って来てから、アヤナの枕元で話した。
「よりによって、ゲイバーで働いてるオネエサンの役だよ? それを私に見せたいってどう言う事って思っちゃった。まぁ、演技は上手かったし、お話も面白かったんだけどね。
だけど、あれはチャップリンの名を騙っちゃならんよ」
そう言って、ハハハと軽く笑うと、アヤナの体が震えてるのが分かった。
「アヤナ?」と、声をかけて、手に触れると、確かにアヤナの方から握り返してくる。
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと、看護師さーん!」と、思わず声で呼んでから、ナースコールがあるのを思い出し、ボタンを押した。
一年後。ツミキの一家とアヤナの一家は、ガーデンパーティーの会場で、集合写真を撮った。
何のガーデンパーティーかと言うと、そのヒントはアヤナとイクマの左手の薬指にある。
ツミキの目にも、ケンキの目にも、白いベールを被ったアヤナは、いつも以上に美しく見えた。
そして、もう最新版をインストールしなくとも、充分に成熟したと判断されたイクマは、それまで以上に頼もしく見えた。
「撮りますよー。笑ってー」と、写真屋さんが合図を出す。
ストロボが、二回焚かれた。
蛍明かりの燈った桟橋で、船頭は待っている。
何時か、ツミキ達が命を終えて、この桟橋にやってくる時を。
額に蛍がとまり、船頭は深く被っていたフードを脱いだ。
その目元が、誰に似ていたのか。
それだけは、何時かこの桟橋に来る事になる、四人だけが知っている。




