〈1〉本日も朝からため息が止まりません...(ですがいいこともありました...)
「中高生の自殺件数は年々…」
性懲りもなく世の中の暗い事柄だけを狙って集めたかのようなニュースが淡々と耳に流れ込んできます。
おかげで朝から陰鬱な気分ですね…。
「まあ、いつものことなのですがね…」
……。
こんなに寂しい独り言に反応してくれるような女神様はもう随分と私には憑いてくれていないようです。
今日も今日とて、昨日の繰り返し。
昨日はそのまた昨日の。
一昨日はそのまた前日の…。
もうそんな生活に成り下がってしまってから一体どれだけの年月が経ってしまったのでしょうか。
「はあ…行くとしますか…」
私は木村洋平と言います。
ふりがなもいらないくらいのありふれた名前。
ありきたりなのは名前だけではなくてですね。
身長、顔面、学歴、経済力…。
なにをとっても有象無象といった感じなのですね。
強いて言うなれば勤め先の会社が若干黒いってところくらいでしょうね…若干、そう、若干です。
「行ってきます…」
キイィ
念のため、飼育しているお魚さんたちに挨拶をしてから、
古びたアパートのこれまた古びた重たい扉にカギを差し込みます。
「あらま木村さん
おはようございます」
大家のおばあちゃんが社交辞令的な文言を私にかけてくれます。
「お…おはようございます…」
人付き合いはそれなりに、出来ているのですかね…?
自分から積極的にってことはしないようになってしまいましたね。
今となっては…。
年は…28?9?
…まあ、どっちだって変わらないのでしょうね。
誕生日に誰かに祝ってもらえる、そんなおめでたい出来事は実家を巣立ってから一度たりともないんですから…。
「はあ…」
自然とため息が漏れ出ます。
これまたいつものことなのですよね。
このため息は一体誰に向けられたものなのでしょうか。
私自身でしょうか?会社のムカつく上司でしょうか?色だけで金もらってるあのアマ…女性社員でしょうか?それとも世間?世界?宇宙?神様?
…。
別になんだっていいのではないでしょうかね。
私はそれを変える勇気も実力も頭脳もお金も容姿も…なんにも持ち合わせていないんですし…。
・・・
ガヤガヤガヤ
「まもなく~一番線に~」
朝の電車というものは嫌いです。
きっと私に限らず、朝に限らず、なのでしょう。
「○○線は~△△駅での人身事故の影響で~」
人身事故、ですか…。
朝にテレビが言っていたように、物騒な世の中なものですね。
でも一歩踏み外せば私の人生も……。
なんて考えてしまうことも最近は増えて来たようです。
ああ、怖い怖い。
スッ
6月の上旬、梅雨入り前だというのにじめっとした気候の朝に、
これまたどんよりとした思考の家畜の隙間をするりするりと進む制服が目に入ります。
(これはまた…)
可愛い…のでしょうね。
顔は見えないですが。
それでも後ろ姿で分かります。
スタイルに髪の毛、鞄…。
「はあ…」
街中で可愛い女の子に出会うたびに感情の波と呼ばれるようなものが上がってから…すぐに落ちていくようです。
なんでかと言いますと…
って…!
「ちょっと…!」
なんとしてでも電車の奥に行きたいがために数本前からスルーを決め込んで
堂々の先頭に陣取った私の前に突き出たその女子高生はヒトの群れを離れてもなお止まりません。
ファーーーン
視界の片隅から金属塊が迫って来るのが分かります。
風になびいたその子の美しい髪から覗かせた瞳は、この場の全畜生の誰よりも暗んでいました。
同時に不気味なまでに口角を上げて肩を揺らしていらっしゃいます。
諦め?嘆き?悲しみ?絶望?復讐?解放?なんだっていいのです。
ただ、体が勝手に…
グイッ
というのは嘘です。
可愛かったから、だから…です。
ただそれだけのこと…。
どこかのマンガに「自殺すんなら最後にヤらせてくれ」
的な展開があったのを思い出しました。
そんなことも私の、自分でも不可解なほどの瞬息かつ最善…?の行動の動機になっていたのかもしれないですね。
「っっ……」
この子はただボーっとこちらを見つめて来ますね。
いや、もはやその瞳はその黒さゆえに私を反射させているだけで、
私の姿はこの子には届いていないのかもしれない、そのようにさえ感じられます。
「…んで……なん…で…」
ああ。
やめてください。
頼むから壊れないでください。
……。
…いやでもとっくに…なのですものね。
(……どちらの道も地獄、ですか)
今ここでこの子を見捨ててまでも会社に行くことは私にとって…。
会社…会社…会社……。
「はあ…」
何度目のため息でしょうね。
今日はより一層多いように感じます。
このペースでいけば最高記録を更新できるかもしれないですね。
残念なことに過去最高が何回かなんていうくだらない統計は取っていませんが…。
「あの…歩けますか?」
「……」
そういえば裸足ですね…。
それに…人と会話をしたのなんて一体いつぶりでしょうか。
それも自分から、自分の意思で、です。
(これはまだ会話とは呼べなさそうだけれども…)
コクッ
この子は静かに首を縦に一回振ってから、一拍置いて、そしてやがて肩を揺らし始めましたね。
小刻みに。小刻みに。
怖いです。
非常に恐ろしく見えてしまいます。
「…だ、大丈夫ですか?」
「……クク…ククククククッッ…」
ああ。本格的に汗です。
爆発しないですよね…?
頼みますから…。
スッ
落ち着き…ましたか…?
ポソッ
「…いいじゃん」
いいじゃん?
聞き間違いでしょうか。
「……どうかしましたか?どこか悪いのですか?」
「いいじゃんか」
いいじゃんか?
なにがですか…?
こちらとしましては全くよくなんて…
いや、何年ぶりの会話がこんなに可愛い女子高生ですか…。
それはもう十分にいいこと…
ではなくてではなくて…。
「おじさん!」
おじさん?
…おじさんになってしまったのですね、私も。
そう言い放った彼女の口調は跳ねやかで、瞳にはこれまで吸収してきた光をすべて解き放つような…。
「私を攫ってよ!!」
…。…。…。
「すうぅぅ…」
よし!会社に行きましょう!
いやぁ~今日はなんて穏やかな気候なのでしょうか!
う~~ん!空気が美味しいですね!!こんなに日は鼻歌が自然と口をついて出てきます!
ルンルンㇽ~……。
......。
「すう~~……はあ~~~…」
ため息通り越してきっともう独り言レベルですね(苦笑)。
でも今は周りから狂気の目で見られているようですし、
良くも悪くも独り言にはなっていないみたいです(苦笑)。
「よし、一旦、一旦どこかに行きましょうか」
なんかもう開き直ってしまいました。
おかげで初めて"…"なしで話せましたよ(苦笑)。
この子がどんな意図であんなことを言ったのか、
出会ったばかりの私には知る由もないですし、
なんでしたらこのまま知らずに終わってしまったって構わないのでしょうが…。
だけれども私は確実に見たのです。
あの子の、あの瞳の覚悟を。
覚悟と同時に諦めも。
つまりはなんでしょうか、諦める覚悟、でしょうか。
「うんっ!」
あれはきっと演技なんかじゃないはずです。
それで言うのなら今のこの無理に明るく取り繕っている風な方が演技なのでしょう。
「時間は大丈夫ですか?」
「もちろんっ♪」
さっきまで自分の身を投じようとしていた子に
今後の予定を聞くのもどうかとも思いましたが…(苦笑)。
「じゃあファミレスにでも行きましょうか…」
「ファミレス…!!」
彼女の瞳は輝きすぎて、もはや泣いているんじゃないかとすら思えます。
それは一体なんの涙なのでしょうね。
ガシッ
同時に私のくたびれたワイシャツの袖にしがみついて来ます。
モニュッ
うん。
この子。
ルックスは一級なのですよね。
性格は置いておくにしても…です(苦笑)。
「靴…私のでよければ…」
「え~臭そうだしいいや~w」
「そうですか…」
限界リーマンと謎に可愛い女子高生…。
「朝まで円光ご苦労様です、のんきでいいですね」なーんて思われていそうですね。
でも構わないのです。
そんなことを思われる以上にこの子と少しでも長く一緒に居たい。
笑顔を見たい。感謝されたい。
それが、寂しい中年社畜おじさんの総意なのです。
「ほらっ!早く早くっ!お・じ・さ・んっ!!」
……。
「はあ…」
かなりヤバめな捨て子猫ちゃんを拾ってしまったようです…(苦笑)。
ですがどうしましょう、すごくすごく可愛いです。
癒されてしまいます。
誰かと一緒に居るということに...。
こんにちは。
このくらいの文量で15~20話で完結させたいと思っております。
おもしろそうかも...と思ってくれましたら是非お付き合いをお願いいたします...。
自殺件数、総数では減少傾向にあるみたいですね。