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『私の名前はロペ・オカンダ。本日付で赴任した研究者です』
「……」
あまりに幼くみえるので未成年だと思っていた。
「……で? なんとなく察しはついているが、ロペ先生はおしゃべりできないのか?」
こくこくと頷く。
さっきから会話は身振り手振りか、スケッチブックでしていた。
「そんなんで研究者できるのかよ」
こくこくと頷いた。
「できるのかよ……」
グッと親指を立てる。
あの研究室に幽閉されている間、カフジはあまりにも暇で、研究者たちの話に耳を傾けていた。
学者たちは、やれ学会で発表があるだの、生徒に授業を教えるだのと、忙しそうに動き回っていた。
喋れないと、生徒相手に教えられず、学会でも発表できない。
そこらへんどうしているのかと疑問に思ったが、まあどうでもいいかと考えるのを止める。
考えたところで、自分の利にはならない。
とっととロペを案内する隙を見つけて、逃げてしまおう。
動物が見たいと伝えてきたので、カフジは世間受けする動物のもとへと連れていく。
開けた草原に、丸っこい鳥がちまちまと動いている。
「ほれ、どうだ。飛べない鳥の代表格、キュウリだ。最近ブームなんだろ?」
緑色のふっくらとした体に、ピンク色の可愛らしい小さなお花がぽつぽつと咲いている。
二人が現れたのをみて、キュウリはつぶらな瞳をぱちくりさせて驚くも、すぐに関心を失い、細いくちばしでお花の蜜を吸う。
ロペは目をランランと輝かせ、持っていたバックからどでかいファイルを取り出した。
「え……? それ、ずっと持っていたのか?」
嬉しそうにこくこく頷く。
手慣れた様子でファイルをめくり、一束の紙を渡してきた。
「なんだこれ?」
タイトルを読む。
「『キュウリの調査報告書』?」
キュウリの生息地や生態、野生下での寿命などと共に、近年絶滅の危機に瀕していると記載されている。
キュウリは元々ブルーストーン公園付近の険しい山地で生息していた。
この地域は、魔力の濃度が非常に高い。
魔力の減少により、百年前に滅んでしまった精霊族が、終の棲家として選んだ土地との言い伝えがあるほどだ。
精霊が愛した高濃度の魔力は、普通の動物には刺激が強すぎた。
ブルーストーン地域にいるのは、ユニコーンなどの神聖な生き物ばかりだった。
キュウリはあまり強くない生物なので本来ならこの地域に生息できないが、魔力を吸収する花を寄生させていたので、高濃度の魔力にも耐えられた。
天敵のいない地域で、キュウリは大繁殖。飛ぶのをやめ、のんびりと花の蜜をすする生活を続けていた。
だが、人間たちが死した精霊の遺産を求めて、山に立ち入るようになってから、状況が一変した。
キュウリは大変美味でとんでもなく可愛かったので、食料として、ペットとして、剥製として、乱獲されてしまった。
キュウリは人懐っこい生き物だったが、寄生させている花がかなり繊細で、魔力量や日光量が少しでも足りないと、枯れてしまった。
花が枯れると、キュウリも体内のバランスが取れず、死んでしまう。
人工繁殖も試みたがうまくいかず、一万羽いたキュウリたちは、一時は三十匹まで減少してしまった。
これではまずいと、動物保護団体はキュウリの保護が急務であると訴えた。
可愛らしいキュウリの写真をふんだんに使った保護活動に、国民たちも関心を抱き、賛意を示した。
政府も重い腰をあげ、キュウリ保護に予算を投入した。
まずは、キュウリがわずかに生き残った地域を立ち入り禁止区域とした。
それでも違法なハンターが出入りするようになったので、より保護を促進するため、キュウリが住む山脈近辺の地域を国立公園と認定した。
可愛らしいキュウリを見たい観光客が公園を訪れ、外貨を落としてくれるので、公園の経営は黒字化できているとのことだった。
そんな内容の論文を読み終えたカフジの感想は、
「……はあ……」
だった。
返すと、ロペは別の論文を出してきた。
「いや、読まねえよ」
ロペはショックを受けた表情を浮かべる。
タイトルをしきりに指さしている。
キュウリと寄生されている花との相互関係だとか、キュウリが吸う花の種類の調査などを研究した論文らしい、が。
「興味ないぞ」
目を大きく開けて、信じられないとばかりにカフジを見つめた。
「動物なんぞに関心はねえよ。血が吸えるか吸えないかしか考えねえよ……ってうおっ!」
突然、ロペはカフジに迫った。
「な、なんだよ?!」
ロペは慌ててスケッチブックを取り出し、長々と文章を書いて見えてきた。
「何々? 『どんな動物の血なら吸うのか、教えてほしい』……?」
好奇心一色で、ロペはスケッチブックをぶんぶん振り回した。
「わ、わかったから、振り回すな! 当たる!」
さすがに騒ぎすぎて、キュウリは、はた迷惑そうにピィと鳴いて去っていった。
キュウリと入れ違いにやってきたのは――。
「……」
カフジは純粋無垢なロペに意地悪することにした。