六
一週間後。
久々に来たロペは、村人たちに囲まれていた。
「ねえねえ! あの魔道具、うちにも買わせてよ!」
「効果てきめんだったよ! もう全然動物が来ない! 農作物も荒らされなくなったよ!」
「犬たちが怖がるのがちょっとあれだけど、この装置がついていないところを見張るようにしたの。そしたら、侵入してきた動物たちを集中的して追い出せるのよ! もう最高最高!!」
ロペはスケッチブックにあれこれ書く。
いわく、あれは動物が嫌がる音波を出すのだと。
けれど、しばらくすると慣れてしまうこと。
そこら辺で、村長が嫌味っぽく、「慣れたらまた新しい商品を購入しろってか?」と言ってきたが、ロペはにこりと笑う。
『心配ありません。ある一定の手順を取れば、村人の皆様の魔力だけでも、違う音波に変えられます』
ロペは取り扱い説明書を渡す。
説明書はロペのお手製で、専門知識がない人向けに懸命に噛み砕いて説明してあった。
器具には、ドラゴンの鱗が入っている。
ドラゴンは多くの動物にとって天敵なので、ドラゴンの鱗を活性化させることで、動物避けできる。
人間の魔力でドラゴンの鱗の活性の仕方が変わるので、一つあれば長持ちする、と。
村長は頭が良いので、ドラゴンの鱗がどれほど貴重なものなのか、しっかりと理解していた。
他の村人たちも、なんだかよくわからないが、いい物をくれたのだと察してくれた。
ロペは『以前の研究で使ったものだから、使ってもらって構わない』と伝える。
続けて、こんなことを言った。
『このあたりの植生について調べたいので、もしよろしければ、草むしりのお仕事をやらせてください』
「あら、本当!」
女性が目をキラキラさせる。
「お願いできるかしら?」
ロペは大きく頷いた。
もともと、小さい割に体力オバケだったので、草むしりもひょいひょいと手早くこなす。
それ以外にも、隣の村まで運搬する仕事を引き受けたり、家事を手伝ってみたり。
真摯で純粋な彼女は、たちまち村の人気者になっていた。
ただし。
村長は、まだ警戒を緩めなかった。
ロペが村人のところでお食事させてもらったある日。
ロペは村長に呼ばれて、彼の家を訪れていた。
茶を一杯は出したものの、家の中は緊張に満ちていた。
「研究者さん」
村長は注意深く、ロペを見つめる。
「村人をよそに追い出すつもりか? 残念ながら、その要求は受け入れられない。この村は、古来から精霊をお守りしていた、由緒正しい場所なんだ」
ロペは微笑む。
『私は、あなたたちを追い出すつもりはありません』
「なら、何が目的だ?」
ロペは、最初から変わらないと、文字を記入する。
『出来ることなら、密猟者をこの村から追い出してほしいんです』
「それは無理だな」
村長はそっけなく答える。
「密猟者は我が村に結構な額の金を落としてくれる。そちらが勝手に決めた国立公園制定なぞよりも、な」
村長は、とある村人の例を出す。
村の端の方に、未亡人と息子が住んでいる家がある。
息子がしっかりと働けばよいのだが、この男がぐうたらで、何も仕事をしない。
奥さんは一生懸命働いているが、病弱なことも相まって、村の仕事にもあまり参加できず、農作物も育てられない状況だった。
彼らが生きていけているのは、ひとえに、密猟者の世話をしているからだ。
密両者はそれなりの金を落としてくれる。
そのおかげで、奥さんは医者から薬を買うことができる。
「国立公園を勝手に制定したところで、こっちに金はこない。なら、密猟者でもなんでも引き受ける。それが村の立場だ」
バッサリと言い放つ。
どれだけ村人たちと仲良くなろうとも、それなりに給料が保障されている身分であろうとも、ロペ一人で出来ることは限られている。
村人全員の懐を潤すほどの財力は、さすがのロペでもなかった。
村長の言葉を、ロペは、一つ一つ、丁寧にのみこんでいた。
ロペも、ただただ村人と遊んでいたわけではない。
彼らの経済事情が厳しいことを、しっかりと見抜いていた。
一旦、この日は公園に戻ることにした。
ロペは歩きながら、悩む。
彼らが密猟者を招きたくないと思えるような環境づくりをしなくてはならない。
しかし、どうするべきか。
悩んでいたロペは、珍しく、足元に出っ張った根っこに気づかなった。
ハッと息を呑む。
体が倒れた方向は、急な崖であった。
痛みを覚悟して目をつぶると、
ひょいと、体が宙に浮いた。
「考え事しながら歩くな」
優しい言葉が降り掛かる。
カフジであった。
優しく地面におろしてくれる。
ロペは感謝の気持ちを書こうとするが、カフジは首を横にふる。
「いいって。そんで? どうだ。村人と仲良くしているのか?」
実はカフジ、ロペが足繁く村に通う様子をいつも見ていた。
最初の頃こそ、ロペはしょんぼり肩を落として歩いていたので、すぐに諦めるだろうなと思っていた。
けれど、段々と顔色が良くなっていくのをみて、うまくいってんだな、とカフジは察していた。
カフジの読み通り、ロペは満面の笑みで大きく頷く。
「なら、何を考え込んでいたんだ?」
カフジは素っ気なく尋ねる。
喧嘩でもしたのかと思っていたが、ロペが答えたのは少々難しいお悩みであった。
「なるほどねえ。経済的に不利ねえ。けど、んなの、自己責任だろ。違法な方法で金を稼いでいるくせに、開き直っているなって話だ」
確かに、カフジの言っていることは正しい。
なんなら、研究者のほとんどが、そう思っていた。
しかし、村人と暮らしているうちに、それがあまりに現実に即していないと理解できるようになっていた。
ロペは良いところの家の娘なので、お金に困ったことはあまりなかった。
なので、しっくり来る案が全く思いつかない。
ロペはカフジに尋ねる。
「何? 俺だったらどう金を稼ぐか? そうだな。密猟者をとっ捕まえて、研究所から金をもらうな」
確かに、密猟者を捕まえたら、いくらかお金はもらえる。
ただし、密猟者が村人に渡すお金を考えたら、……わずかなものだ。
他にいい方法はないのかと視線で訴える。
「あの村の人間でも出来ることだろ? 適当にお土産でも作らせれば? どんなにちゃっちくても、ここだけの限定品! って銘打ったら、意外と売れるぞ」
適当に言ったが、ロペはそれだと言わんばかりに、目を輝かせた。
お土産は公園でも売っている。
主に、貴重な動物のぬいぐるみやイラストを使った商品を売っている。
ロペは村人たちが作っていた、幾何学模様の木工細工を思い出した。
あれをうまいこと販売すれば、観光客も喜ぶに違いない。
「喜んでいるところ悪いが、その程度、副業
にはなれど、本業は難しいぞ」
カフジはそっと釘を刺す。
「所詮、人の手作業だろ? 数も作れないあら、農作業の合間にやるくらいだな。密猟者ビジネスよりも儲かるとは思えない」
……テンションの上がっていたロペが、しょんぼり落ち込む。
「そうだな。もし金になるんだったら、」
研究所に近づくと、カフジを警戒するように、何人もの人間が目を光らせる。
そのうちの一人を適当に顎で示す。
「ああいう仕事をさせればいいんじゃねえのか? まっ、無理だろうけど」
ロペはしばし悩みこむ。
確かに難しい。
けれど。
やる価値は、ある。
ロペは覚悟を決め、ずんずんと研究所に戻る。
と、何か忘れ物をしたかのように踵を返すと、カフジの前に立つ。
「……なんだよ」
ロペはにこりと微笑み、頭を深々と下げた。
言葉がなくても、カフジには理解できた。
ありがとう、と。
ロペは言ってくれているのだと。
「……はいはい。村人どもにぶん殴られないようにな」
カフジは適当に手を振る。
彼の耳は、ほんのり赤く染まっていた。




