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動物保護の潮流に乗っかり、我が国もレッドストーン地域を国立自然公園に指定した。
観光資産化も目論んでいるので、研究者や警備の人たちが集まる待機場も、現代建築で有名な人が設計している。
まるで城のような立派な建物に一歩入ると、そこには快適な空間が広がって――。
「おっ? なんだお前。観光客……ではないな」
綺麗に磨き上げられた床には、数多の人間が倒れていた。
物という物は壊され、書類は宙を舞う。
一人、中央に立っていたのは、細身ながらも屈強な男性であった。
白い髪は短く切ってあり、赤い目はギラリと光り、立ち尽くす少女を射抜く。
「研究者の子供か? まあ、ちょうどいい。おっさんの血よりも、女の血の方がうまい」
にやりと笑い、舌で唇を舐める。人間らしからぬ鋭い犬歯がちらりとのぞく。
「逃げるなら今のうちだぞ? お嬢さん?」
吸血鬼が手を伸ばせば届く距離まで来て、ようやく彼女は動く。
カーディガンを脱ぎ、袖を捲り上げる。
彼女は腕を差し出して、にこっと笑った。
しばし、沈黙。
「……な、なんだ? 血を差し出すから許せと? けっ、俺は無慈悲な吸血鬼だぞ。お前の血をすべて抜いてやる」
彼女は、うんうんと頷いた。
「い、いや、受け入れるつもりなのかよ!」
彼は困った。
とても困った。
実のところ、彼は人間の血をあまり好まない。
気絶している人間たちも、一人たりとも怪我はしていなかった。
自分の肩ほどの大きさしかない少女なら、多少脅かせば逃げ惑うので、その隙に逃げてしまおうと考えていたのだ。
白い腕をはいどうぞと差し出すとは思わなかった。
「まさか俺を逃がした後に、捕まえようと思っているのか? そううまくはいかねえぞ。普段は脱出禁止の首輪をつけられて公園に放し飼いされているからな。そこんじょそこらの研究者どもよりも、公園を知り尽くしているぞ」
それを聞くと、少女は荷物をがさごそと漁ると、ある小冊子を取り出す。
「……なんだよ」
冊子をぐいっと突きつける。
「ここの公園のガイドか」
うんうんとうなずき、冊子をぶんぶんと振り回す。
「……えっと……」
今度はスケッチブックを取りだす。
紙面には、こう書いていた。
『案内してください』、と。