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これが最後の晩餐か、と思いながらデザートのプディングを口に運ぶ。表面に薄くスライスしたアーモンドが乗っており、生地の底には林檎が敷き詰められていた。甘い生地と林檎の酸味が口でじゅわっと一つに溶けて、その程よい甘みにレリエルのフォークは自然と進んだ。
「こちらもお気に召したようで何より。やはり女性は甘い物がお好きだね」
アルフォンソ王太子はデザートは食せず、自身がデザートのように甘い微笑を浮かべてレリエルを見つめている。ぐ、とのどが詰まりそうになったが、ナプキンを口にあててなんとか堪えた。レリエルはフォークを置いた。すっかりと丸くなった背中のまま、アルフォンソ王太子の顔を恐る恐る見返した。
「ん?」
レリエルが何か話したそうな顔をしていたのが分かったのか、アルフォンソは小首を傾げて短く応答した。意を決して、レリエルは小さく消え入りそうな、低い声で発言した。
「あ、の……。わ、私がこちらに呼ばれた理由は何でしょうか?」
返事はない。アルフォンソは表情を変えずに、じっとレリエルを見るだけだ。聞こえなかったのだろうか、ともう一度質問しようと息を吸った時、突然、粗雑に外側から掃き出し窓が開け放たれた。同時に部屋の扉も乱暴に開け放たれ、黒い覆面を被り武装した男たちが部屋に踏み込んできた。十人ほどの男たちに、部屋は占拠された。
「誰だ、この女」
「知らん。だが、王太子と食事をしているのだ。無関係な女ではないだろう」
その言葉はリアダ語ではなかった。友好国であるはずの、隣国リブール語である。しかも訛りが結構ひどい。
男の一人が短剣をレリエルの顔に近づけた。ひっ、と喉の奥で悲鳴を漏らしたレリエルをその男はせせら笑った。
「お貴族様が怯えてるぜ。いい眺めだ」
正面にいるアルフォンソは五、六人の男たちに取り囲まれて剣を向けられている。だが、囲まれているはずの当の本人は涼しい顔をして座っているのだから、男たちは少し面食らっていた。
「貴様がアルフォンソ・リアダ王太子だな。我々と一緒に来てもらおう」
リーダー格と思われる男がアルフォンソ王太子の首元に短剣を突きつけながら、そう言った。彼のリブール語は綺麗な発音で訛りがなかった。
「申し訳ないが、私はリアダ語以外の言語は分からないんだ。彼女に通訳してもらっても?」
先日、他国語で流暢な会話を交わしたはずの相手から、目配せされてレリエルは目を見張った。だが、ここは話を合わせた方がよさそうだと判断し、アルフォンソ王太子の言葉をリブール語で訳した。
「ふん、いいだろう。それもほんの一時の間だ。じきに話などする必要もなくなる」
男たちにせっつかれて、レリエルとアルフォンソ王太子は掃き出し窓の方へと歩かされる。
「飛び降りろ」
「えっ」
「早くしろ」
ここは二階である。落ちても死にはしないだろうが、骨折程度はありえる。ためらっているとアルフォンソ王太子が先にバルコニーの手すりを跨いだ。
「私が先に降りて、彼女を受け止める。それでいいか?」
「いいだろう。妙な真似をすればこの女は殺す」
躊躇うことなく彼は手すりの上から飛び降りた。