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人見知りのお嬢様  作者: 吉田 春
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「私、ここで休んでいますので、どうぞ兄様はお戻りください。兄様もそろそろお相手を見つけなければいけない年頃でしょう?」

 ぐ、と言葉につまったアトラスは頭を掻いて、そんなことはないがお前がそう言うなら、とか何とか歯切れ悪く口ごもりながらも、会場内へ戻って行った。

 おそらく、父母からアトラスもついでに相手を見つけてくるように言われて来たのだろう。優秀な兄ではあるが、女性の前ではただの朴念仁である。いい人がいればいいのだが、と自分のことは棚に上げてレリエルは本気でそう思っていた。

 アトラスに連れて行かれた部屋は、会場からそう離れてはいない小部屋だった。さすがに王宮内だけあって、室内に置かれていた長椅子は手触りのよい布張りで、座り心地もよい。レリエルは椅子に腰掛けて、横にある窓から見える空をぼんやりと見上げた。

 今日は満月で、室内に差し込む月光で部屋は薄明るかった。ふ、とレリエルの頭に先日読んでいた詩集から、月を詠んだ詩が浮かんだ。ぽつりとその冒頭が口から溢れでた。

「今宵、月は物憂く夢を見る」

「へえ、リブール語か」

 突然室内から響いて来た声に驚いて、レリエルは椅子から飛び上がって窓を背に立つ。心臓が尋常じゃないほど鼓動している。胸に手を当てて目まぐるしく視線を室内に走らせた。

「女性にそんなに警戒されるのは初めてだなあ。初々しくていいけれど」

 真横から声が聞こえてレリエルはそちらを見る。長椅子の正面には天井からえんじ色のカーテンが垂れ下がっていた。声はそこから聞こえたような気がした。相手が出てくるかと思って待っていたが、一向にその気配はない。

 レリエルは一歩一歩慎重に進み、震える指を伸ばして、カーテンの向こう側をのぞいた。そこには続きの間へつながる扉が一つあるだけで、誰もいない。拍子抜けして力を抜いたら背後から忍び笑いが聞こえた。勢いよく振り向いたら、先ほどレリエルが座っていた長椅子の前に佇む一人の男がいた。

 ほどよく引き締まったすらりとした体躯に、小さな顔がバランスよくのっている。月明かりの下で詳細はわからないが、目鼻立ちの整った美男子であることは間違いない。

「そんなに怖がらなくてもいいんじゃない? この部屋がどういう使われ方をしているか、知っていて来たんだろう?」

 男は靴音を立ててレリエルに近づいてきた。とても流暢な隣国、リブールの言葉だ。何だろう、うずうずと胸に湧き上がってくるこの感覚は。

「いいえ。私はただ気分が優れなくて、こちらの部屋を使って休ませていただいておりました」

 レリエルもリブール語で返す。母語であるリアダ語では、こんなふうにすらすらと言葉を発せることなど、家族以外ではあり得ないのに。

「そうなんだ。では、この部屋の使い方を教えて差し上げなくてはね」

 今度はもう一つお隣の国、フランゲン語だ。レリエルはまたもや胸の高鳴りを覚えた。引きこもってばかりで、役立つはずもなかった言語力を試す機会がやって来たことに、レリエルは間違いなく喜びを覚えた。

「ありがとうございます。ですが、私のような者に再びこの王宮へと招かれる機会があるとは思えません。謹んで御辞退申し上げますわ」

「ふうん、フランゲン語もできるのか。それならば、ますます引き止める必要性が出て来たな」

 顎に手をやって彼の言葉は、アルダルス語である。この短時間に三つの他言語で会話することができるなんて、とレリエルは初めて人と話すことに積極的な気持ちを抱いた。

 近づいて来た彼の目は、青灰色で宝石みたいに綺麗だった。

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