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9.人間

9.人間

ドイツ兵の首にナイフを突き立てた。

もう自分の殺しを正当化するつもりなんて無い。生きる為?いや違う、彼女を死なせたく無いだけ。そうだろう?無勝手で無責任で命令無視をする兵士で良い。

人間のフリなんてするな。ただ、彼女が死ぬ世界なんて許せないだけだ。

ドイツ兵は叫び声をあげようとしたが、首を掻っ切ったせいか、空気が抜ける音だけ鳴っていた。

頸動脈も紅い、筋肉も紅い、血管も紅い、脂肪も紅い。

切り裂かれた筋肉と血管から吹き出す血が、彼の断末魔の代替え品のように暴れ回っていた、生きているんだ、コイツも、それを俺は今終わらせようとしているんだ。

ダメだ、やめろ、そうしてきたろ。

俺の顔を彼に見せたくなかった。俺を悪魔と思ったまま死んで欲しかった。それは救いだと思う。

そして、彼の断末魔は静かに、確実に聞こえなくなっていた。なにか、この感覚は既視感がずっとあった。

ああ、思い出した。7歳の頃、スラム街で暮らしていた。売春婦で11歳の友達がいた。その子が妊娠して、子供が腹の中で動き、膨らんだお腹を触ると子供を感じれる。

それと同じだ、胎動だ。

俺は今死を感じているんだ。紅い胎動。俺の手も紅い、手の皺が強調される様に血が張り付いた。爪の中に血だった物がこびりついてる。それを新しい血が塗り直す。

立たせたまま殺したドイツ兵を静かに寝かせた。

血と脂が付いたナイフを静かにドイツ兵の衣類で拭いた。

ドイツ軍陣営に侵入して30分、俺は1kmほど進んでいた。工業都市を抜け、ドイツ兵達が少なく爆撃で柱とレンガの部分以外焼けてボロボロの住宅地に俺はいた。夜だったせいで全てが黒く、灰色に見えていた。

出来るだけ発砲は避ける…銃声を抑制してくれる機械でもあってくれたら良いのだが…確かそんな物があった気もするが、今気にする必要はない。

ナイフを腰のケースに差し込み、STG-44を構えながら中腰で歩いた。

このままコンパスの通り4キロ…警戒しながらドイツ兵を排除していくと考えたら一時間半ほど歩けば川が見える筈だ。

目的地には日の出の頃には着きたい。

「Eh? Was ist los? Ist das die Zeit für eine Mahnwache?」

声が右横から聞こえた。すぐに銃を向けようとしたが、静かに銃を下ろしながら右横を見た。

ドイツ兵だ。なぜ撃たない?ああそうか…暗闇でシルエットしか見えず、仲間と勘違いされてるのか。

だけど、ああ、俺はドイツ語が喋れない、クッソマズイ状況だぞこれは。

「Ist alles in Ordnung mit dir? Warum sagst du nicht etwas... Ja, du bist müde, ich schalte die Wachsamkeit um und du kannst weiterschlafen.」

目の前のドイツ兵が俺に近づく、マズい。

だが、ドイツ兵は笑顔で俺の真横を通り俺がさっき歩いて行った方向を歩いて行った。

夜中に行動しておいて良かった…本当に、危なかった。

空で何かが破裂した音がした。そして、昼になった。

いや、違う、照明弾だ。何故…照明弾が?まあ良い、このまま歩いて…あ、待て、俺が歩いた方向に

「Ah! Scheisse!!! He! Es könnte sowjetische Scheiße in der Nähe sein!」

背後でさっきのドイツ兵の声とがむしゃらに走る音がした。

「…Ha! Sowjetische Soldaten?⁉︎」

「クソッ」

俺は振り返りながらSTG-44を構え、ドイツ兵が俺に銃を撃ったと同時に、俺も彼の頭に一発撃った。

彼の撃った弾は俺の肩をかすった。少し肩が熱かった。

彼の後頭部が破裂し、仰向けで倒れた。

「…マズい」

3秒ほど経った時、3人以上の足音と焦った様子の話し声が左の通路から聞こえた。

照明弾はまだ消えない。

俺はすぐに左の通路に近い家だったろうレンガの壁の側に着いた。STG-44のスリングを滑らせ、背中にSTG-44を回し、右手でナイフを抜く。

レンガの壁の奥の足音達はゆっくりと、静かな物になっていた。聴覚は捨てろ、目の前に出てくる物だけに集中しろ。銃撃戦なんぞは耳がイカれて当たり前だ。

目の前から一本の鉄パイプの様な物…銃口がゆっくりと出てきた。

俺はそれを掴み、銃口を叩き上げながら予測でドイツ兵を刺す。

身を壁から出し、見えたのは銃剣が装着されたボルトアクション式の銃を持った2人のドイツ兵と、目に俺のナイフが突き刺さったドイツ兵。

俺は右手のナイフを離し、絶叫を上げる目の前のドイツ兵を無視した。

この状況を一瞬で理解したドイツ兵は、歯を剥き出しにしながら銃剣を刺そうとしてくる。

俺はその銃剣を交わしながら銃に装着された銃剣を()()

そして、銃剣をそのドイツ兵の首に突き刺す。

だが、ドイツ兵はその銃剣を持った俺の手を掴む。そいつの手を振り解こうとしたが、とてつもない力だった。

奥でボルトアクション式の銃を向け、何か怒号を叫んでいるドイツ兵もいた。

丁度味方で俺を狙えないのだろう。

俺はそのまま左足を前に進め、体重を自然とドイツ兵に掛ける。俺はうつ伏せにドイツ兵は仰向けに倒れた。

そして、銃声と共に頭の上で銃弾が通っていく音がする。もう力のないドイツ兵の首から右手でナイフを抜き、顔を上げながら走る。体勢を整えずに走り出したせいで転げそうになる。

ボルトアクション式は一度撃つと再装填の必要がある。

視界にいるドイツ兵は焦った顔をしているが素早く再装填を終わらせ、距離を詰め目の前の俺に引き金を弾く、瞬間に俺は銃を軽く左に殴る。

レンガの壁に穴が空いた。

倒れた彼の首と目と胸にも穴が空いていた。静かに立ち上がり、現状を確認する。

死んだ3人のドイツ兵、血だらけの俺。

避けていたが避けれなかった発砲。

「潜入もクソも無くなった」

突然銃声が鳴った。俺は身体をビクッと震わせ、銃声がした背後に急いで目をやると、5人ほどのドイツ兵が俺に向かって走っていた。

俺は急いで走った、走って走って走りまくった。エルヴィスの声がクソほどうるさかった。正直今は黙って欲しかったね。だって俺が死にそうなだけだし。

照明弾が消え、夜が戻った。そして、肺が痛い俺は体力の回復の為少し止まった。

そして、ふと下を見ると排水溝?のような地下が見えた。俺は急いで思い排水溝の鉄蓋を取り、頭から身体を滑り込ませた。当たり前に頭から落ちた地下の地面に突撃した俺はうずくまる。

「いてぇ…んあ?」

目の前には部屋が広がっていた。程よい光のランプと大人1人が寝れるベッド。ベビーベッドに小さな机と椅子…。

それと、赤子を抱いている20代の女性も。

「だ、だれ…だれですか」

ロシア語を喋った、そりゃそうだ。ここはソ連だし…待て待て落ち着け、俺はただのソ連兵というのを伝えよう。

「お、俺は…ソ連兵だ」

「…わ、わかりますよ、そんなこと」

「…確かに、俺は貴女に乱暴したりしない、誓う。少し外が落ち着くまで、ここに隠れたいだけだ」

俺はそう言いながら立った。

この女性は少し安堵した様子を見せ、赤子をベビー用の小さなベッドに寝かせた。

「…ドイツ兵から身を隠しているのか?どうやって?」

彼女は赤子から目線を移し、俺と目を合わせた。

「…あ、いや別にドイツ兵達とは友好な関係を築いていますよ。まあ、彼等にこの部屋の存在は教えていませんけどね…引っ切り無しに来るかもだし」

「…どうやって生活を?」

彼女は少し目を俺から離し、何か決心がついたかの様に再び俺を見た。

「身売りです、ドイツ兵に。身売りをしたら缶詰だったりお菓子だったり貰えるので」

別に驚きはしなかった。大概予想はついていたし。

「そうか」

背負っていたSTG-44を手に回した。

「ひっ」

彼女は怯えた様な表情と共にベビーベッドの赤子を守るかの様な姿勢になった。

「ち、違う!待て…」

俺はSTG-44を壁に立て掛け、背負っていたバックパックを地面に落とし、バックパックの中の缶詰6つを両手に持ち、近くの机に置いた。

「これだけしか無くて…申し訳ない」

彼女は俺の一連の行動を見た瞬間に感謝の言葉を沢山俺に投げかけてくれた。本当に、本当に良いのに。

彼女は長い事食事ができていなかった様で、凄い勢いで缶詰を開け、一生懸命に食べていた。

彼女の名はソフィアと言うらしい。

彼女に俺の水筒の水も少し飲ませたら、とても落ち着いた様だった。

「…旦那さんは亡くなったのか?」

「…はい、兵士として駆り出されて直ぐに戦死して…残ったのは私とこの子だけ」

俺は少し考える。まあ、別に兵士としてこの国に命やら秘密を誓ったわけではないし、良いだろうこれぐらい。

「…恐らく、この戦争でソ連軍が勝つ。その大詰めの作戦が各地で開始されようとしているんだ。勿論、ここでも」

彼女は少し驚いた様な表情をした後に安堵を見せた。

「…良かった!やっと…やっと終わるんですね!」

「ああ、だから今直ぐ君はソ連軍に戻れ」

「…何故でしょうか」

「君、しばらく食事を摂っていなかっただろう?何故だと思う?それはドイツ軍が君に缶詰やらなんやらを渡す余裕が無くなったということだ…てか、なんで君はここにいる?」

「そ、それは…」

彼女は口を閉ざし、思い詰めている表情になった。ふむ、何故言えないのだろう…ああ、俺が軍人だからか。

「別に俺は自分をソ連兵として認識していない。てか、さっきの情報は一応機密情報だしな、だから言ってくれよ、気になる」

彼女は目を見開き、少し驚いている表情になったがすぐに何か恋の話をする乙女の様な表情になった。

「あ、あの…ドイツ兵のお方と交際を…」

「あ?…交際ぃ?」

俺の表現は正しかったらしい。頭沸いているのかこの女。あ、いや別に…まあ…良いか、うん、覚悟をしているのなら。

「まあ…良いんじゃないか、俺がどうと言う権利はないし、いやあるけど別に言う気はない」

「そ、そうですか!とても素敵な人で…戦争が終わったら中立国に移民して結婚しようって…」

「ほーん、いいなぁそういうの」

「いいですよ!どんなに辛くても生きる活力が湧いてきます!」

「ああ、そう言う気持ちは少しわかる」

その子供は生きる活力にならないんだなぁ。

「クリンコフさんも故郷に妻がいるのですか?」

「別にそう言うのはいないね。ただ交際してた人間が居ただけだ、死んだけど。君と同じだ」

「そ、そうですか…お気の毒に」

「ああどうも」

話すことも無くなったし、外もそろそろ落ち着いたみたいだ。俺はここを出て行くことにした。

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。邪魔をして悪かった」

俺は壁に立てかけていたSTG-44を持ち、バックを背負い、ここから出ようとした時だった。

「あ、あの…えっと…私!聞いたんです!彼から!」

「彼から?君のその、交際相手からか?」

「はい!明日の昼に数キロ先の戦線で大規模な作戦をやるって…数ヶ月計画してたって!あの!それに参加するのなら…や、やめてくれませんか!恩人が死ぬのは…」

「…はあ?俺は…伝令任務に就いてるんだ。参加はしない。まあ、そこの戦線には用があるが」

ずっと気になっていた。ずっとあの伝令"鳩に気をつけろ"…それの意味をこの人なら知っているかもしれない。

「少し気になることが出来た。"鳩"ってどう言う意味だ?何か、ドイツ軍の用語とかで」

「…んーそんな物は無いはずですよ、…いや、ドイツ語で鳩を…ああ、背後の敵という意味でしたね」

「背後の敵?」

背後の敵…ああ、背後の敵!背後の敵か!納得した!だけど、まあ…明日か…明日に終わるのなら…別に伝令任務の必要がないな。

そして静かに歩き、ここから出た。任務を放棄し、工業都市に戻った。

まあ、任務放棄で懲戒処分か何かを喰らうかと思ったが、俺に任務を与えた人間が自殺したので俺のことも有耶無耶になった。

そもそもこの任務も彼独断のものだったのだろう。

そして、俺は戦争が無い国で彼女と珈琲があるカフェを開いた、この国には無かったものだ。

常連客はスヴェトラーナで、幸せで、静かで、確実な人生だ。

うん。

だけど、靴裏の踏んでしまった緑のガムみたいに、俺の記憶には張り付いてるんだよ、彼女の眉間に空いた穴が。

本当は見ていたんだ、彼女の声がしなくなった時すぐ彼女を見たんだ。

だけど、すぐ視線をドイツ兵に戻し、引き金を弾き続けた。

だって、そっちの方が楽だから。

楽だからそうした。彼女の死に向き合わなかった。彼女自身に向き合わなかったのと同じだ。彼女に向き合わなかったのなら自身に向き合わなかったのと同じだ。だって、俺には彼女しかいなかったから。

自身に向き合うこともできない人間が…他人の為に生きて良いはずがない。

彼女達の物語の登場人物にはなれない、なりたいけれど

彼女が消えてから彼女の輪郭が深く分かってきた。俺の感じる世界は常に耳の目の前で発砲され、耳鳴りが起きてるようなものだ。

彼女がそれを掻き消した…とは言わない、それでも良いと思わせてくれた、そして、改善しようと思わせてくれた。

それを向き合うと、俺は言うと思う。だが、まあ、人とは弱いもので彼女が死ぬとさっさとその気持ちは消えた。

日々増すのは、彼女の陽気な声と長い睫毛と白い肌と茶色い目と恐らく誇張された彼女への恋心と、死への渇望。

意味ある死だ。ダメなんだよ、意味がないと、そしたら彼女が俺に費やしてきた何かも意味がないのと同じみたいじゃないか。

否定したくない、彼女を否定したくない。

だから、()()()()を死なせないのは()()()()だった。

薄汚い()()の葬送のお話。全てをここで終わらせるつもりだ。

ここに今、俺の思想の内臓を、背骨を見せつけてやる。

彼女が微笑むと世界はより輝いて、彼女が手に触れると俺は王になれる、彼女のキスは宝物のように価値がある。

彼女の愛こそ、俺の全てなんだ。



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