八話 チュートリアルの間に起こったこと
久々に歩いた。
引きこもりの俺は、そう言いたいところではあるのだが、生憎ここ二日程度は歩きっぱなしの上に身体能力が上がったために、特に疲れはなかった。
制限があるとは言えレベルアップの恩恵は引き継がれるとは思っていたが、予想通りだった。
これでも、一般人を優に上回るほどの力は残っている。
そして、家に近づいてきたとき、親に連絡を取るのを忘れていた。
そう思いだした。
優しいが、過保護すぎる親だ。
俺が、連絡をしなかったこの二日程度、心配して疲れているだろう。
今日は平日だから家にはいないはずだ。
そんなことを考えた俺は、携帯を取り出して、メッセージアプリを起動しようとして、動きを止めた。
携帯を見て動きを止めたのではない。
家に着いたからだ。
そして、その家の二階の窓は割れて、何かで燃えたように壁には煤のようなものがついていたからだ。
「あら、河添さん家の息子さんのお友達?」
家の変わり果てた姿に呆然とする俺に掛けられたのは、そんな言葉だった。
主婦らしき格好をしたおばさんだ。
多分近所の人だが、俺がこの人の顔を知らないように、相手も知らないようだった。
「はい」
とりあえず、答えておく。
暫く引きこもっていたんだ。自分から正体を明かす必要がないならしたくはない。
「そうなのね。お友達も大変よねぇ。あの、変な声が聞こえてから、ここ二週間くらいは、野次馬とか、いろんな人がいて近づけなかったでしょう。ほら、それに、放火騒ぎもあって、消防車が来てたり」
おばさんは、饒舌に喋った。
そして、俺に知らない情報を与えた。
二週間と言う言葉。
それは、恐らく、俺がチュートリアルを開始した日から、今日までの日数だ。
少なくとも、野次馬とか、そう言ったものを俺は、毎日家にいても見たことはなかった。
きっと、チュートリアルの空間と、こっちではズレがあると言う事だろう。
よくある話だ。
だが、それを踏まえても放火と言う話は分からない。
野次馬は、俺の個人情報が、あの日アナウンスで伝えられたせいで起きたことだろうと予想はついたが。
「火は、燃え移らなかったんですね」
「そうねぇ。もともと、人がたくさんいるから、すぐに消防車は来たし」
おばさんは、そう言った。
そして、窓が割れているのは、空き巣などではなく消火の際に起こってしまったことらしい。
「でも、残念ね。河添さんは、ご夫婦ともに、亡くなってしまって」
「……は?」
◆
あの日全世界で、頭の中に謎の声が聞こえると言う奇妙な事象が起こった。
そしてそれが伝えた情報は、さらに驚くべきものだったと言う。
その内容は、選ばれた二十三人にギフトと言う超常的な力を与えると言うもの。
そして、その者たちは、力の覚醒後三十分で、チュートリアルとアナウンスが呼んだものが開始したことによって、姿を消した。
それが、ちょうど二週間前の、10月23日のことだ。
だが、問題は、日本時間で九時四十三分から、十時十三分丁度までの間であった。
その間の三十分間は、ギフトを持った人間は地球上に二十三人も存在していた。
それこそが、俺こと、河添正時がいない二週間の、世の中の流れを形作る原因となった。
世界六か所での起こった事件。
たった三十分の間でそれは起こったのだ。
ここまで話せば想像に難くないだろう。
ギフトを使った犯罪だ。
強盗、殺人、そして、テロ。
大まかにこの三つが、ギフトの使用が見られた事件の種類だった。
強盗に関しては、日本と外国で起きた強盗だ。
これは、二件あって、某国で、元々逃亡中の犯人が、逃げる途中でギフトを手に入れて、それを活用したと言うもの。
日本では、コンビニ強盗であった。ただ、幸い被害が出る前に、チュートリアルが開始されたらしい。
そして、六件のうちの三件は、殺人だ。
これは、各国で確認されている者に限るが、ギフトの使用が確認されただけで三十分の間に三件あった。
ただ、これらは、ギフト所持者の名前が割れているため、比較的正確で、数え漏らしのない数だろう。
そして、最後はテロ。
いや、テロ未遂と言えばいいか。
なにを訴えるでもなく、ネット上で予告をして、ただ快楽のために大量虐殺をしようと考えたものがいた。
ただ、結局のところ、被害をあまり出さない状況で、射殺されている。
それが、たったの三十分の間に起こった出来事であった。
そして、これをもとに、人々の考えは動いて行った。
つまり、ギフトを持つ者は、危険だと言う考え方だ。
実際に外国だけでなく日本でも一例ではあるが、事件は起こっている。
そう言った考えのもと、ギフトを持ったものは排斥するべきだと主張するものは少なからずいた。
それと同時に、魔法や超能力のような力を持つ人間がいると言う事を面白がってメディアは取り上げた。
いや、むしろこっちが主流だった。
そして、そう言った者たちは、ギフトが付与されたという人物の自宅を突き止めて、押し寄せた。
そんな動きは、一般人の野次馬も多く呼ぶことになり、ギフト付与者の家族は、外出できない様な状況に陥った。
それは、俺の家も例外ではなかった。
ただ、コンビニで強盗を働いたと言う男の家族は、もっとひどい目にあったらしい。
名前が割れて、メディアまで自宅に詰めよれば、個人情報などバレたも同然だった。
そして、ネットでは誹謗中傷が行き交って、最終的には、その男の家族に手を出そうとしたものがいたらしい。
ただ、幸いなことに、国は警察を配置していた。
そもそも、奇跡的な力を持った人間がいるのだから、何もしないはずもなく、その言い訳として、ギフト付与者の家族の身の安全を守るとして、常駐していた。
そんな時だ。
俺の家が燃やされた。
放火魔はすぐに捕まったが、家は酷く焼けた。
そして、俺の親は、身の安全を守るために家にこもっていたのだが、とうとう炙り出されるようにして外に出されてしまった。
そこで、刺された。
多くのものが火の手に気を取られている隙を見て、放火した男の他にも潜んでいた男が両親ともに刺し殺したようだった。
犯人は、両者ともに、普通の会社員だった。
犯行動機は、ギフト所持者は、犯罪を起こしかねない。
そして、そんなギフト所持者の家族は、死ぬ必要があると言うよくわからない理由だった。
ただ、二人の男は、同じ意見を持っていて、偶々SNSで意気投合して、今回の犯行に至ったらしい。
そして、暫く。
世間は、ギフト所有者に注目していたが、ニュースの話題もそこから少しずれることとなる。
何故ならば、二十三人と比べることも出来ないほど、多くの人が、ギフトに目覚めることとなったからである。
そして、目覚めたギフトは、一律【ステータス】という名前のものだった。
それを使用すれば、ゲームの様に、魔法やスキルなどという能力を獲得できると言うものだった。
これを機に、ギフト所持者への不信感は薄れていったのだ。
それが、家の前での会話を聞いた俺が調べた情報だった。