第7話「言葉」
陽が暮れた頃、2人は海からの帰り道を歩いていた。
長い坂道を登る。
春希が力を込めて自転車を押していると、凛は一歩下がって後部座席に手を添えた。
さっきよりスムーズに自転車が進む。凛がさりげなく自転車を押してくれているからだ。
このような無言の優しさを彼女は持っている。
凛ともっと一緒に居たい。
凛の後押しにもかかわらず、春希は足取りが重くなるのを感じた。
春希の努力も虚しく、凛といつも別れる曲がり角の前まで来てしまった。
帰りたくない。
春希はその言葉が出そうになったが、寸前で飲み込んだ。
「復活した人は自分がもうこの世から居なくなってることを知らないよ!いつも通りに現れていつも通りの生活をするから絶対に砂時計のことは伝えちゃダメだよ!普段どおりに当たり前の生活をしてあげてね。」
リザーブの声が頭に響く。
そうか……自分は今まで思いをありのままに伝えたことが無かった。
帰りたくない。逢いたい。ありがとう。
そんな当たり前の言葉を言って来なかった。
今帰りたくないと伝えることは不自然なことなのだ。
「じゃあね、また来週の講義で会おうね!」
そう言い放ち去って行く凛の背中が遠くなって行く。
春希は自転車のハンドルを強く握った。
「あのさ!!」
急な春希の声に驚き、凛が振り返る。
「あのさ、明日って暇かな?映画……見に行かない?」
春希は振り絞るように言った。
凛は春希の顔を見て少し不思議そうな顔をしたが、優しく微笑んだ。
「春希から誘ってくれるの珍しい!もちろん、断る訳無いでしょ!!」
凛は春希の不安を吹き飛ばすような明るい声で言った。
自宅に着き一階の扉を開ける。
「お疲れー!春希ー、ご飯食べるー?」
玄関から姉の顔が見え、呼びかけの声が聞こえる。
春希は2階への階段を登りかけたが、ふと足を止めた。
人はいつだって時間に限りがあるのだ。何でそれに気付かなかったんだろう。
ふと、今日の昼に浮かんだ言葉が頭をよぎった。
「後で……着替えてから食べる……」
姉は春希の言葉に少し驚いた表情をしたが、階段を上がる後ろ姿を見ながら微笑んだ。