第6話「同時」
講義をサボった2人は自転車で再び進み出した。
国道を抜け、細い坂道を下る。
潮の匂いが鼻をかすめる。
砂利道を抜けてしばらくして視界が開け、海が広がった。
「風が気持ちいいー!!」
自転車の後部座席を降りた凛は伸びをしながら砂浜を歩いている。
春希は自転車を停めながら凛の姿を眺めていた。
昔からこの場所にはよく2人で来ていた。
何をする訳でもないが、2人で話をし海を眺めていると、一瞬で時が過ぎた。
春希はふと鞄の中の砂時計を見た。
昨日の夜よりも砂が減っており、残り2/3程になっている。
時間が止まればいいのに。
春希はそう思った。
それと同時にまだ凛が居なくなる前、時間に限りが無かった頃自分はどれくらいの優しい言葉を凛に掛けれただろう。
春希は下を向いた。
時間に限りが無かった頃……違う。人はいつだって時間に限りがあるのだ。何でそれに気付かなかったんだろう。
春希は足早に砂浜に降り、凛の後を追いかけた。
凛がサンダルを脱ぎ捨て、スカートを膝までまくしあげる。
「冷たっ!」
海に足を入れた凛は春希の顔を見て笑った。
春希は彼女の笑顔が好きだった。
彼女が自分に向ける笑顔は彼女の心からのもの、そう思えた。
春希も靴と靴下を脱ぎ、砂浜を走る。
少しでも長く彼女と同じ場所で同じ時間を過ごしたい。
そう思った。
陽が落ち始め、辺りが薄暗くなってきた頃、2人は海辺の階段に腰掛けていた。
「寒くない?」
春希は凛の顔を覗きながら聞いた。
「ううん……大丈夫。ありがとう。」
凛は空を見上げながら答えた。
「初めて会ったときもここに来たよね。」
凛は春希に目線を移し、言った。
「私はその時から春希が好きだった。」
凛は少し微笑んで言った。
「え?」
春希は目を丸くして聞く。
「私、あの日よりかなり前から春希が気になってたの。何か……友達ともあまりつるまずに1人で居て……口数少なくて不安そう……でも目だけは真っ直ぐな目をしてた。」
凛は恥ずかしそうに話している。
「そうだったんだ……だから連れ出してくれたんだね。」
春希も恥ずかしそうに答えた。
「それで……今思うの。私、この人より1分、1秒でも長く生きようって。この人に大事な人を失う悲しみを味わわせちゃいけないって。」
凛の言葉に春希は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「…………同時がいいな……」
春希は言葉を絞り出すように答えた。
「凛にも悲しい思いさせたくない。でも……凛が言うみたいに俺はそんなに強くないから……だから、同時に死ぬのが一番いい。」
春希の言葉に凛は吹き出すように笑った。
「……同時か!難しいこと言うね!!だけど夢のある話!」
答えは知っている。
叶うはずの無い願いだって自分が一番よく知っている。
それにもかかわらず、隣で笑う凛に誘われるように春希はそっと微笑んだ。