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どうしても100円を譲って欲しい男

作者: リグニン
掲載日:2023/05/18

俺は自動販売機の前で何を買おうか迷っていた。後味まろやかな牛乳もいいが、独特の渋みとすっきりした香りのお茶もいい。口内にシュワッと広がる炭酸飲料も捨てがたい。一体どれを選べばいいものか決めかねていた。もうかれこれ5分ぐらい考えている。そろそろ決めたい。


そう考えていると誰かがやって来た。体の向きや立ち止まった対人距離、間違いなく俺に用事があるらしい。俺は顔をそちらに向けた。


「すみません、恥を忍んでお頼みしたい事がございまして」


「はあ、何でしょう」


「実は100円譲って欲しいのです」


その言葉を聞いて俺はしばらく黙り込んでいた。何の冗談だろう。今、俺に向かって100円くれと言ったのか?見知らぬ相手に?


「嫌ですけど…」


「ええ、ええ。初対面の相手に物乞いされて大変気分を害している事でしょう。まずはその事を謝罪させてください。しかし僕は喉がカラカラで、欲しい物を買うのにちょうど100円足りていないのです。そこを何とかお願いします」


「先ほども申し上げた通りお断りします」


丁寧に断ると彼は腕を組んで俯く。諦めてくれたのかと思って自動販売機の方に向き直ると彼は何かを思いついた様に手を叩いた。


「そうだ、肩をお揉みしましょう。それでどうですか?」


「肩は凝っていません。お気持ちだけで結構です」


「できる範囲であれば何でもします。何卒100円を譲ってください」


しつこい奴だな。この男を見れば身なりはしっかりしている。肉付きも悪くないし金に困っている様にはとても見えない。何でもすると言っているので俺は1つ提案をしてやることにした。


「分かりました。では家に帰ってください。そして100円持って来て下さい。そしたらその100円と交換します。家に100円ぐらいあるでしょう?」


彼は肩をすくめた。


「あなたの言う通り家に100円はあります。しかし僕は今すぐに飲み物を飲みたいのです。今でも喉がカラカラだと言うのに、ここから家に帰るまで歩くなんてとんでもありません」


何でもって言ったじゃないか。面倒な相手に絡まれてしまった。意地でも俺から100円を強請るつもりらしい。


「本当に手持ちは100円もないんですか?」


「正確には違いますが…まあこれを見てください」


そう言って彼は自分の財布を俺に渡した。財布の小銭ケースには70円入っている。どうやら彼は170円の飲み物を飲みたいらしい。お札入れの方を見ると1万円が入っていた。なるほど、全くない訳じゃないのか。確かに自動販売機は1万円からは崩れない。困るのも無理はない。俺は彼に財布を返した。


そして自分の財布を取り出しながら彼に言う。


「千円札10枚持ってますよ。崩しましょうか?」


「あ、いえ。僕財布の中が札束でかさばるの嫌いなんです」


………………………。


俺は相手にするのが面倒くさくなって車に乗った。彼は俺の車のボンネットに乗った。試しにエンジンをかけてみるがそれでも動く気配はない。俺は諦めて車のエンジンを停止させて降りる。


「いいですか、飲み物を諦めるか1万円札と千円札10枚を交換するか。選択は2つに1つです」


「あなたは大変けちん坊だ。ただ100円くれれば済むと言うのに」


「よくお気付きで。分かったら他を当たるか諦めてください」


彼はやや苛立ってそうに組んだ腕に指をトントンとさせながら話す。


「いいですか?もうかれこれここで5分はこうして話している。この辺の平均時給は約600円です。もしこのまま後5分話せば10分、あなたは100円を譲らないと言い張るがために100円分の時間を損した事になるのです」


「なら猶更あなたには1円も譲れない。俺は飲み物を買うのを妨害され、既に50円分の時間をあなたのために浪費している。これ以上あなたのために損しなければならない理由がありません」


男は顎に手をやって考える。それにしても喉が渇いていると言い張る割によくしゃべる奴だ。


はてさて、この男をどうしたものか…。きっと100円を譲るまで俺が帰るのを邪魔して来るだろう。千円札をチラつかせてレシートとすり替えて逃げる方法も考えたが騙せる可能性は低いし、レシートのポイ捨ては良くない。俺が捨てたレシートを拾ってゴミ箱にちゃんと捨ててくれるほどの良心があるのならこんなにしつこく俺に金を強請ったりしないだろうからな。


とにかくこの面倒ごとからさっさと抜け出して帰りたいので強引な交渉をした。


「じゃあこうしよう。あなたは1万円を俺に渡す。俺は千円を渡す。これであなたの財布はかさばらない」


「僕が9千円分損するじゃないか!とんでもない!5千円札2枚なら耐えられます」


「手元にあるのは千円が10枚のみです」


彼は深くため息をついて首を横に振る。面倒くさい奴だ。言い合いをしていると喉が渇いて来て、のどを潤すのに自動販売機で牛乳を買った。彼は手を叩いて俺の持ってる牛乳を指差した。


「そうだ!妥協します!その牛乳をください!その牛乳は110円でした。僕が70円あなたにあげます。するとあなたが僕に譲った金額は40円で済みます!」


「先程も申し上げた通り、俺はあなたに1円も譲る気が毛頭もございません。こんなに美味しい牛乳を妥協などと言う人が相手なら猶更です」


「あなたは鬼だ!悪魔だ!僕がこんなにも困っていると言うのに!」


俺はストローを取り出して穴に突き刺し飲む。いやあ、美味しい。彼は肩をわなわなと震わせて怒るが深呼吸をして落ち着く。


「僕は諦めませんよ。あなたが100円くれるまでいつまでもあなたが帰るのを妨害するつもりです」


「分かりました。いい加減あなたの相手に疲れて来たので妥協案を出しましょう。その場で3回回ってワンって言ってください。そうすれば100円譲ります」


彼は地団駄を踏んで怒りを露にする。


「ふざけてるんですか!?誰がそんな事をするもんですか!人の尊厳を踏みにじる行為ですよっ!」


「俺はまずお札を崩す事を提案しました。あなたは財布がかさばるから嫌だと言いましたね?だから俺は1万円と千円の交換を提案しました。あなたは9千円損するからと拒否しましたね?俺は既に10分間あなたの相手をして100円分の時間を損しました。その上であなたに極めて簡単な条件で100円譲る事を提案しました。俺はこれだけ譲歩していると言うのにアレは嫌だコレは嫌だと駄々をこねては困らせて、あんた子供ですか?」


彼は俺を睨みながら黙ってしまった。ここまで言えばもう懲りただろう。俺は車に乗ってエンジンをかけようとするとやはりボンネットの上に乗った。勘弁してくれよ…。俺はまた車から降りた。


「100円ください。そしたらこれ以上邪魔しませんから」


「じゃあ3回回ってワンと言ってください。権利だけ主張して義務を果たさないなんて甘い考えが通ると思ったら大間違いです」


「義務を果たさなければ権利を主張してはいけない!?実に傲慢で横柄で冷血漢ですね!!世の中には働きたくても働けない人がいますね、その人にはあらゆる権利が許されないんですか??」


「詭弁ですね。あなたはできない人ではなくやらない人でしょう」


それからの会話もいつまでも平行線で、お互いに1歩も譲らなかった。もう30分ほどは会話も続いただろうか。初めは激しい罵り言葉で俺の事を詰っていた彼だがやがて疲れが見え始めた。


相手もそろそろ会話を終えたい様子だが、どうしても俺から金を貰う事だけは諦められないらしい。


「わかりました、では50円をください。あるいは40円でも構いません」


「残念ながら10円硬貨も50円硬貨も持っていません。仮に持っていたとしてもあげません」


「……分かりました。もう100円は譲っていただかなくて結構です」


そう言って彼はとぼとぼと自動販売機の釣銭返却口に手を突っ込んで取り忘れの小銭を探し出した。どうやら分かり合えたらしい。これで俺はやっとの事で家に帰れる。そう思って車に乗り込んでエンジンをかけた。すると先ほどまで言い争っていた男が助手席のドアを開けて乗った。


今まで怒りや呆れを堪えて辛うじて敬語を保っていたが、とうとう堪忍袋が切れて言葉も荒くなる。


「100円はいらないんじゃなかったのかよ!」


「ええ、もうその件はすっぱり諦めます。代わりにお願いがあるのです。喉が渇いた上に言い争いをしてくたくたになりました。もう1歩も動けないので自宅まで送ってください」


アホなミスをしてしまったため焦って削除してしまった。なので再投稿。

今度こそあってるはず…多分…←

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな人に絡まれたらむちゃくちゃ嫌ですね……警察呼んじゃうかも。 途中で諦めて100円渡してしまいそうなところ、強い意志で戦い続ける主人公を称賛したいです。 実際にもしこんな人に出逢ったら、…
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