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鉄の具現者(くろがねのエンボディ)  作者: 匿名希望
第一部 神奈川基地編
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6.母の行方

 涙を零す茜を落ち着かせて礼を述べ、二人は鋼太の家をあとにして再び歩き出した。絶望的な気持ちでただ足を前に出し続ける鋼太に向かって不意に鏡が呟く。

「尾けられてる。振り返らず、次の角を右に曲がって」

 鋼太は言われた通りに右へ曲がり、振り返ることなく前へ進む。その後も鏡の指示通りに歩き続け、次第に人通りのない細い路地へ入っていく。

「ストップ」

 そう言われて鋼太は立ち止まった。鏡は振り向きざまに背後から伸びてきた手を掴むと相手の背中へ回り込んで腕を締め上げ、そのまま壁へ叩きつける。そして相手の腰に挿してあった拳銃を引き抜くと、安全装置を解除して腰の辺りに銃口を押し付けた。痛みに声を上げる暇さえ与えない、あまりにも鮮やかな動きだった。

「あんたらが探してるのは黒鉄鋼太か?」

 鏡が病院で見たのと同じ制服を着た警備兵ガードに尋ねる。やはり二人を見張っていたのは鋼太を探している政府の手の者だったようだ。

「くっ……」

「それとも黒鉄真紀か?」

 銃を持つ手に力を込めると、警備兵は苦悶の表情を浮かべたものの質問に対しては口をつぐんだままだった。鋼太の脳裏に嫌な予感が走る。質問に答えないことにではなく、警備兵が時間稼ぎをしているように見えることに対して。

「動くな!!」

 その予感は的中し、一人目が現れたのと同じ方向からもう一人別の警備兵が飛び出してきた。その手にはやはり拳銃が握られている。

 瞬間、鋭い銃声と、それから少し遅れて鈍い打撃音が響いた。鏡が放った銃弾が警備兵の持っていた拳銃だけを的確に撃ち抜き、その後鋼太による鉄パイプの打撃を身体に受けて警備兵は仰向けに倒れた。鋼太はそのまま相手にのしかかって必死に押さえ込もうとするが、体格の差によってすぐに引き剥がされそうになる。いよいよダメだと思ったそのとき、突然相手の力が弱まったかと思うと、警備兵は意識を失ってぐったりと倒れ込んだ。

 見ると、鏡に押さえつけられていたもう一人の警備兵も同じように意識を失った状態で倒れている。いったい何が起きたのか、その様子を鋼太が不思議に思っていると、鏡があるものを見せてきた。透明な液体の入ったそれは小さな注射器だった。相手を眠らせると同時に直近1時間の記憶を失わせる効果があるらしい。

 鋼太は安堵から持っていた鉄パイプを地面に落とし、すっかり力が抜けてその場へたり込む。鏡を助けるために無我夢中だったが、鏡にとっては相手が複数であることも含めてすべて想定の範囲内だったようだ。

「すみません、オレ、余計なことを……」

「アハハ。とりあえず怪我がなくて何よりや」

 鏡は笑いながら、内心で驚嘆していた。能力の発動中とはいえ、何の戦闘訓練も受けずにあの場面で銃を持った相手に迷わず向かっていける人間がこの世にいったいどれだけいるだろう。

 連れ帰って情報を探ることも考えたが、下っ端の警備兵が持っている情報などたかが知れている。それより銃声を聞きつけて他の誰かがやってくるリスクを考え、二人は眠っている警備兵たちを人目につきにくい場所へ移動させると、急いでその場を立ち去った。


 基地に戻った二人はすぐに御堂と凪野に調査結果を報告した。政府の警備兵と交戦し鋼太が能力を使ったことについて鏡が二人からきつく咎められているのを鋼太は申し訳なく思ったが、鏡自身は特に気にしていないようだった。

「それより、おそらく黒鉄くんの母親……黒鉄真紀は政府に捕まってへん」

「!」

 鏡の言葉に三人が驚愕の表情を見せる。

「なぜそう思う?」

 御堂が尋ねると、鏡は記憶読取装置で再生した自身の視界をPCの画面に映し出した。

「まずボクらが行ったとき、この通り黒鉄家はすでに取り壊されて更地になっていた」

「なんだって……!?」

 鏡から告げられた事実に御堂と凪野が揃って驚きの声を上げる。

「それからこの女の子……黒鉄君の知り合いよね?」

「はい、隣に住んでる幼馴染です」

「その子が、黒鉄家の二人が亡くなったのは昨日じゃなく()()()()だと言ったんや」

「……ニュースでは昨日の日付から変わっていないな」

 タブレットを操作しながら凪野が呟き、御堂は腕を組んで顎に手を添える。

「『昨日亡くなったばかりの家族の住居がすでに取り壊されている』という不自然な状況に対して疑問を抱かせないために、リスクを承知でその幼馴染家族だけ死亡時期の記憶を一ヶ月前に書き換えた……つまり、住居の解体は政府ではなく別の誰かの指示で行われたということか」

「ああ。しかもその子、黒鉄くんたちが亡くなったのは一ヶ月前と言いながら全く感情の整理がついていなかった。記憶と感情の整合性を取る時間がなかったんやろ。見張りの連中もこっちの身元も確認せずいきなり襲ってきたし、奴らも焦ってるんやと思うで」

 三人の話にまったく理解が追いつかず戸惑った表情を見せる鋼太に凪野が告げる。

「……君の母親は君が具現者だと判明してから一日足らずで、追跡に繋がるような痕跡を完全に消したうえで政府から逃れることに成功している。これは到底素人ができる動きじゃない。この状況から考えるに、君の母親は私たちとは別の反政府組織かそれに近い団体に保護されている……もしくは元々そのメンバーである可能性が高い。政府が警戒を強めているのもそのためだ。今の話を聞いて、何か思い出すことや気づくことはないかい?」

 死んだと聞かされた次は、反政府組織のメンバー? あまりの衝撃に言葉も出ない鋼太に代わって鏡が応える。

「失踪翌日に家ごと証拠隠滅するくらい徹底してるわけやし、まあ、知らんわな」

「何か少しでも手がかりがあれば……」

 御堂たちが自分のために真剣に話し合っているのを見て、鋼太は決心を固めた。

「……母さんは、出版社に勤めていました……その、紙の本を作っている」

 鋼太の言葉に今度は他の三人が驚く番だった。今まで黙っていたのは、母親に固く口止めされていたから。でも、もし何かの手がかりになるならば。

「なんという出版社か分かるか?」

 御堂が尋ねる。

「すみません……会社の名前までは」

「そうか……しかし、紙の本を作っているなら『地下街マーケット』をあたった方が良さそうだな。その線で調査を進めよう」

「……ありがとうございます」

 母親を探してくれるという御堂に鋼太は礼を述べた。行方はいまだ知れないものの、母親はきっと生きている。それが分かっただけでも鋼太の心は先ほどまでより随分と救われていた。

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。もし君の母親とコンタクトが取れれば、その出版社とも協力関係を結べるかもしれない。君が危険を冒して調査に行ってくれたおかげだ。ありがとう」

 御堂が右手を差し出してくる。

「改めて聞こう。黒鉄鋼太くん、君も我々と一緒に政府と戦ってくれないか?」

 鋼太はひとつ息を吐き、決意を固めた。父さんの記憶は奪わせないし母さんのことも必ず見つけ出す。そのためにオレは。

「……よろしくお願いします」

 鋼太が御堂と固く握手を交わす。その瞬間鋼太の頭に謎の音が響いたかと思うと、またすぐに消えていった。鏡が具現者の能力を使ったときと同じ感覚。まさか……戸惑う鋼太に向かって御堂が笑顔を浮かべる。

「実は俺も具現者なんだ。能力は『真実の手』。握手をすることで相手が嘘をついていたり自分に悪意を持っているかどうかが分かる。ここ神奈川基地は敵陣の最前線、ほんの少しでも信頼できない者を仲間として置いておくことはできない。だからここにいる者は全員例外なくこのテストを受け、合格している」

「もし悪意を持っていたらどうなるんですか……?」

「悪意の度合いにもよるが、痺れる程度から……そういえば一人、腕が消し炭になった奴がいたな」

 自分がそうなっていた可能性に鋼太の背筋が凍り、今までは無かった悪意が芽生えそうになる。鋼太が鏡のほうを見ると、さっと目を逸らす。確かに御堂が具現者じゃないとは言っていなかったけれど……。

「改めて、ようこそ黒鉄鋼太くん。[刻印されし者達(エングレイブ)]の一員として、君を心から歓迎しよう」

 早速後悔しかけたものの、こうして鋼太は人々の記憶を支配する政府の打倒を目指し戦う反政府組織の一員として、その第一歩を踏み出したのだった。

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