30.強化合宿
翌日から早速訓練が開始された。この訓練施設は最先端のVR(仮想現実)技術を用いた戦闘、潜入をはじめ様々なシチュエーションを想定した実戦的訓練を行えるのが特徴で、これまでにも多くの[刻印されし者達]の隊員がここでの訓練を経たのちに各基地へ配属されている。
鋼太たちは施設内にいくつもある部屋のうちのひとつ、長方形の空間に身を隠せるくらいの大きさのオブジェクトが点在する部屋に入った。通信機や銃器の準備を行っている間に犬飼が事前に鮫島から受けた指示に沿って訓練内容を設定すると、それに従ってオブジェクトが移動し部屋の形が自在に変化していく。最後に一人ずつVR映像を映すためのゴーグルを装着し、訓練開始の合図を待った。
「それでは始めます」
合図と同時に地面が道路、左右の壁が建物、オブジェクトが自動車や樹木などに見た目を変え、鋼太たちが立っていた部屋が一瞬にして街中の景色へと変貌した。犬飼は訓練の評価を行うため、通信機の会話を聞きながら別室で見守っている。
『すげえ!』
『本物の街みたい……』
VR映像のリアルさに思わずテンションが上がる鋼太、瞳、双葉の3人。
『ほら、油断せんと陣形組んで』
唯一過去にこの訓練を経験したことがある鏡が手を叩いて指示すると、もっとも戦闘力の低い瞳を中心に他の3人が周りに立ち、瞳の『視界共有』能力で3人の視界を同時に見ながら全方向の警戒を行う鏡隊の基本陣形を組む。
そのまましばらく周囲を警戒していると、突然何もない空間にディスプレイのようなものが浮かび上がり「10分間敵の侵攻からこの場を防衛せよ」という文字とその下にタイマーが表示された。数秒後、タイマーだけを残して文字が消え、同時にカウントダウンが始まる。
『……前方に警備兵を発見』
瞳の索敵が遥か遠くの敵影を捉える。銃を構えた警備兵たちがこちらに向かってまっすぐ進んでいる。少なくとも20名以上はいるようだ。
『ここを通さなければいいってことですね』
『楽勝だな』
右手に具現化した鉄パイプを握りしめ闘志を漲らせる鋼太と、早く戦いたくてたまらないといった様子でウズウズしている双葉もといルーちゃんを鏡が諌める。
『待て待て。10分間ここを守らなアカンのやから、無駄な消耗を防ぐためにもまずはこちらも銃撃で応戦する。ボクと[ヘッジホッグ]が前に出るから、[ハミングバード]は視界共有で全体をサポートしつつ、敵の援軍を警戒しておいて欲しい』
『了解』
『おい、アタシは?』
『ルーちゃんは遊撃隊や。隙を見て行けると思ったら自由に突撃していい。ただし深追いはするな。あくまで目的は殲滅やなくてこの場所の防衛やからな』
『……わかった』
『それじゃ、各自配置に付け』
『了解!』
鏡の合図で陣形を解き、それぞれ車や樹木の影に身を隠して敵の到来を待つ四人。
ここまでは素晴らしい、と犬飼は鏡隊の様子を外から眺めながらその連携に素直に感心していた。何より瞳がいち早く敵の存在に気付いたことで相談と準備の時間を十分に取ることができたのが大きい。戦場ではほんのわずかな時間の差が生死を分けることになる。その意味で瞳の索敵能力は彼らにとって大きな助けとなっている。また、双葉の別人格に「ルーちゃん」と名付けたことがコミュニケーションの面で予想以上に良い効果をもたらしているようだ。縛りすぎず無理もさせない鏡の扱い方も非常に上手い。では、戦闘のほうはどうだろうか。
『来ました!』
『点火!』
交戦距離に入り、行く手を阻む彼らを排除しようと銃撃を浴びせてくる警備兵たちを相手に鋼太は能力で具現化したライフル型のパイプ銃、鏡と瞳は石動が開発したショックガンを使って応戦を開始する。
この訓練では、自分たちもVR映像の警備兵も一定以上のダメージを受けた時点で戦闘不能となりその場から姿を消す仕様となっている。もちろん相手の攻撃はVRなので実際に痛みを感じることはないが、当たればしっかりダメージが計上される。部位によってダメージ量も異なり、頭に当たれば当然即死だ。
鏡と瞳が使うショックガンは電流を飛ばし相手を感電させる銃で、大人でも一撃で気絶させる威力を持っているため、銃撃を受けた警備兵は次々に倒れ姿を消していった。弱点は一発ごとにチャージが必要であり連続で撃てないという点だったが、二人は高い射撃精度に加えてお互いの射撃タイミングを少しずらすことでそれをうまくカバーしていた。
一方の鋼太は、銃弾を敵に当ててはいるもののダメージ量が低いせいでなかなか相手が倒れず苦戦を強いられていた。
『あまり数が減ってないみたいですが』
『銃は苦手なんだよ……』
『大丈夫かよ。アタシが出た方がいいか?』
瞳の煽りに口答えする余裕もない鋼太と、今にも敵陣へ無謀な飛び込みを仕掛けそうな双葉。これはマズイか……? と犬飼は心配したが、それは杞憂だった。
『変形・爆弾』
このままでは埒が明かないと判断した鋼太は持っていた銃を投げ捨て、新たに鉄パイプと火薬を組み合わせた爆弾を創造して警備兵たちの前へ投げ込んだ。爆弾は地面に落ちた瞬間、大きな音とともに爆発を起こす。
『出番だルーちゃん!』
『任せろ!』
爆発の衝撃で警備兵が怯んだところに、双葉と鉄パイプへ武器を持ち替えた鋼太が突撃、予期せぬ事態によって混乱に陥る警備兵たちを二人が次々と薙ぎ倒していく。
『すごい、ちゃんと殴った感触もあるんだな』
仮想現実のリアルな再現度に感心する双葉と鋼太。ちなみに殴っているのは実際には移動型のオブジェクトで、そこに警備兵の映像を映している。
鋼太の爆弾による一撃から完全に形勢は逆転、気付けば20人以上の警備兵は全員がその場から姿を消していた。さらに鋼太、双葉ともにほぼノーダメージ。並外れた身体能力の双葉はともかく、鋼太の近接戦闘の強さも入隊試験を経て大きく成長していた。苦手な銃撃から爆弾へすぐに戦術を切り替えた柔軟性も高く評価できる。
『もう終わり?』
『いや、まだ5分も経ってへん』
最初の設定ではこの第一陣と戦っている最中に後詰の第二陣が到着するはずだったのだが、予想より遥かに早く倒されてしまったため時間が空いてしまった。それなら……と犬飼はもう少し後で起きる予定だったイベントを前倒しで発生させることに決めた。
『前方から第二陣……いや、横です!』
瞳がそう叫ぶと同時に、両側の建物の隙間から何人もの警備兵が姿を現す。先ほどとは逆にこちらが不意を突かれる形となり、前方の鋼太と双葉だけでなく瞳のほうにも警備兵が直接向かってきている。
瞳の射撃能力はその抜群の視力と相まってすでに鋼太や鏡を超え神奈川基地のトップクラスに迫るほどの腕前を誇る。しかし、映像とはいえこれほど近い距離で初めて自分に向けられた明確な殺意を前に瞳は身体をすくみ上がらせ、まるで金縛りのようにその場から動けなくなってしまった。その視力ゆえにスローモーションのようにゆっくりと銃口がこちらへ向けられるのがよくわかるが、ただそれを見つめることしかできず、瞳はこれが訓練であることを忘れてもうすぐ自分に訪れるであろう死を覚悟した。
しかし、そこから弾が放たれるより先にそのピストルは持ち主とともに跡形もなく姿を消す。瞳が振り返った先にはショックガンを右手に構えた鏡の姿。鏡は瞳を見て小さく頷くと、通信機越しに落ち着いた声で全員に呼びかけた。
『みんな、慌てるな。さっきと比べれば全然大した数やない』
敵の奇襲によって混乱しかけていた鏡隊だったが、隊長の一言で冷静さを取り戻す。確かに人数は第一陣の半分程度、落ち着いて対処さえできれば彼らの敵ではない。やはり鏡隊の面々は実戦経験の少なさから揺さぶりに弱く、鋼太や双葉もこの戦いでいくらかダメージを受けてしまった。鏡のリーダーシップによってなんとか崩れた体勢を持ち直して防衛することができ、ほっと安心したのも束の間。
『おい、すぐそこまで敵が来てるぞ!』
双葉が叫ぶ。敵の奇襲を受けているあいだに前方の第二陣が肉薄していたのだ。息つく暇もなく連戦に突入する鏡隊。第二陣の人数は最初と同じ設定である。しかしながら彼らは無傷で終えた第一陣に比べてかなりの苦戦を強いられることとなった。もちろん疲労やダメージの蓄積による影響もあるが、それ以上に連携の乱れが大きな原因で、中でも顕著なのが鋼太と瞳だった。
二人の様子を犬飼は興味深く観察していた。瞳は明らかに先ほどの奇襲以降大きくパフォーマンスを落としている。第二陣の接近に直前まで気付けなかったのが何よりの証拠だ。そして、自身も広い視野を持つ鏡と少々反応が遅れても身体能力でカバーできる双葉に比べ、瞳の視界共有によるサポートの恩恵をもっとも強く受けている鋼太の動きも瞳に引っ張られる形で悪化している。つまり一見仲の悪いこの二人、実は戦闘面では抜群に相性が良い。本人たちに言っても認めようとはしないだろうが。
ただ、相性が良いというのは決してプラスにばかり働くわけではない。
『危ねえ、何すんだ!』
『そっちこそ邪魔しないでください!』
『いいぞチビ共、もっとやれ!』
『お前らええ加減にせえ!』
なぜならこんな風に、一人が崩れた途端に全員が共倒れになる危険を大いにはらんでいるためだ。
結局目標の10分を目前にチームは空中分解、防衛地点をあっけなく突破され部隊は全滅し、鏡隊の前途はお世辞にも明るいとは言えない結果となってしまったのだった。




