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鉄の具現者(くろがねのエンボディ)  作者: 匿名希望
第一部 神奈川基地編
23/219

22.作戦会議

 休養日から一夜明けたものの特に警備任務などがあるわけでもなく、日課の訓練に向かおうと準備していた鋼太のもとに司令室への招集命令が入った。

 急いで向かい入室すると、司令室には特殊任務及び現在基地周辺の警備任務に赴いている数名を除くほぼ全ての隊員が勢揃いしていた。鋼太と同じく休養明けの天羽班3名や、昨日詳しい説明を受け組織へ入ることを決めたばかりの轟双葉の姿もある。さらに室内をぐるりと見渡すと、思いがけない人物を見つけた。

「鏡さん!」

「おう」

 鋼太の呼びかけに、今朝退院したばかりの鏡が軽く手を挙げて応える。

「もう動いて大丈夫なんですか?」

「激しい運動は徐々にやけどね」

「全員集まったな」

 その声と同時に、全員が部屋の奥に立つ御堂に視線と身体を向ける。どうやら鋼太が最後だったようだ。

「今日は皆にいくつか報告しなければならないことがある」

 全員を一瞥してからひとつ咳払いをして、御堂が真剣な表情で話し始める。

「まず、調査の結果神奈川基地から外部へ情報が漏洩した形跡は見つからなかった」

 この数日間、基地内ネットワークへのハッキングから人や物の出入りまであらゆる情報流出の可能性を徹底的に洗い出し調査を行ったがその事実はついに認められず、むしろ石動や鮫島が中心となって構築された神奈川基地のセキュリティ体制の堅牢さが改めて証明される結果となった。

「次に、政府の具現者(エンボディ)である白銀冷司、束原檻姫、星宮(ほしみや)カレンの3名を『起源者(オリジナル)』に認定した」

 起源者とは具現者のトラウマを複製、移植し人工的に能力を覚醒させている模倣者(フォロワー)に対し、その基になっているという意味で付けられた呼び方である。つまりこの場にいる鋼太はじめ具現者は全員が己の体験により自然と能力を覚醒させた起源者に分類される。

 起源者と模倣者のもっとも直接的で大きな違いは能力の強度にある。起源者が持つトラウマと全く同じ人工記憶を移植しても、ほとんどの模倣者はその半分も力を引き出すことができない。それだけならまだしも精神的苦痛は同じように感じるためにPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースが非常に多く、リターンに対するリスクが高すぎることが大きな問題だった。対策としては、トラウマの強さを調整することで精神的苦痛を和らげることが挙げられる。ただ、その分能力の強度も弱まるため、模倣者と起源者の間には能力の強度に大きな隔たりが存在する。例えば模倣者はあまり複雑な物体の具現化はできないし、精神作用系の能力の場合、起源者にはほぼ効果がない。それだけ力に差があることを理解しながらも、政府は[炉心溶融(メルトダウン)]以降、制御不能に陥ることを恐れ単純に戦力として起源者を利用することを避けてきた、はずだったのだが。

 触れたものを瞬く間に凍らせ液体を鋭い刃に変える『凍結』の具現者、白銀冷司。

 手錠や鎖など相手を捕えるさまざまな道具を創造する『束縛』の具現者、束原檻姫。

 何十人もの人間を本人の意識と関係なく意のままに操る『魅了』の具現者、星宮カレン。

 束原檻姫に関してはあくまで本人の発言だが、短期間で立て続けに現れたこの3人の具現者の強さは、明らかに模倣者のそれを大きく逸脱していた。

「赤井照吾の件で交戦した具現者の能力は、おそらく星宮カレンを基にしてると思われる」

 施設職員の行動を操っていた能力。あの男は『操作』と言っていたが、おそらく間違いないだろう。

「そういえば、どうやってあの具現者狩り(エンボディ・ハンター)の名前がわかったんですか?」

 鋼太が質問する。あのとき女性は自分のことを具現者狩りと言っていただけで、名前は名乗ってはいなかったはずだ。

「星宮カレンを知らないの? 今大人気の若手女優だよ」

 天羽の言葉に鋼太がはっとする。

「本当だ……星宮カレン、え、本物?」

「ああ、間違いなくその星宮カレンだ。彼女が具現者狩りをしている理由は全くわからんが」

 鋼太は熱心にテレビを観るほうではなかったが、それでも顔と名前を知っているくらいには彼女は有名人だった。道理でちょっと見惚れてしまうくらい顔が整っていたわけだと納得する。そういえば『マサキ』を実写化するなら恋人のアケミ役はこの人が良いなあと想像していたことを思い出す。

「話を戻すが、我々組織に関する情報を少なからず握っていると思われるこの3名はいずれも起源者だ。それ以外の政府の者達に我々の存在が気取られている様子は今のところ見られない。束原檻姫の言葉を借りれば、我々のことを知っているのは彼ら……政府の中でもほんの一部の人間だけだと思われる」

 確かに警備任務中、具現者の能力を発動していない状態で警備兵の近くを通っても彼らが鋼太に気付く様子はなかった。

「敵の言葉を鵜呑みにして大丈夫なんですか? こうしてる間にも攻めてくるかもしれへんのに」

 鏡が普段の彼らしくない重々しい声色で御堂に問いかける。星宮カレンと戦った鋼太たちを除けば唯一政府の具現者と対峙したのが鏡だったため、こうして慎重になるのも頷ける。

「ここを放棄して静岡基地と合流することも検討した。だが我々が撤退し現在こちらに向いている戦力が埼玉に集中したら、さすがに彼らも持ち堪えられないだろう。神奈川と埼玉が崩れ関東全域を政府に掌握される事態だけは避けなければならない」

「じゃあ、どうするって言うんですか?」

 天羽が厳しい表情で前に出る。彼女もまた持ち前の責任感から仲間を危険に晒すことに大きな不安があった。

 そんな鏡と天羽を含めた全隊員に対し、御堂が力強く宣言する。

「簡単なことだ。政府以上に現在の我々の戦力を強化し、こちらから打って出る」


 そこからは御堂に代わって凪野と鮫島が具体的な戦力強化方針についての説明を行った。その内容は大きく、新装備の開発とメンバー増員の二つ。

 まず研究者の凪野とメカニックの石動が共同で開発を進めている新装備とは『具現者の能力を別のもの、例えばブレスレットのような装身具に宿し装着することでその能力を発動する』というものだった。それがもし本当に実現できるなら記憶に干渉しないため[刻印されし者達(エングレイブ)]の理念に反することも使用者の精神に影響を与えるリスクもなく複数の能力を使用できるという夢のような話で、最初は誰もが耳を疑った。しかし凪野は複数能力の持ち主である鋼太の存在からそれが実現可能であることを確信しているという。

「この技術が確立すれば、誰もが精神的苦痛を感じることなく具現者能力を使用する社会が実現できるかもしれない」

 凪野は過去に鋼太に話した夢をもう一度皆の前で語り、研究と実験に協力してほしいと願い出た。もちろん断る者など一人もいなかった。

 もう一つのメンバー増員についても、鮫島から告げられた内容は多くの者に驚きを与えた。

「明日、本部より選抜された4名の候補者がここへ来る予定だ」

 これまで神奈川基地は情報漏洩をはじめとするさまざまなリスクを最小限に抑えるため、できる限り人員を減らし少数精鋭で組織を運営する方針を取ってきた。そのため過去の瞳のように作戦内容に応じて地方の拠点から招集される者を除く神奈川基地の常駐メンバーは二十余名ほどしかいない。隊員の死亡などによる補充もほとんどが1名ずつで、一度に4名も来るのはかなり異例なことである。

「到着後、轟双葉も含めた5名で入隊試験を行う。落合と飛田は試験官として参加するよう頼む」

「了解」

 鮫島に呼ばれた二人が応答する。

「ああ、そうだ。試験には黒鉄も参加しろ」

 いったいどんな試験が行われるのだろう、などと呑気に考えていた鋼太に突然御堂から宣告が叩きつけられる。

「オレもですか?」

 確かに鋼太は特に試験を受けて神奈川基地所属になったわけではないが、今更試験を受けてどうするというのか。

「お前は敵に狙われている可能性が高い。試験程度で周りの足を引っ張るようなら政府の手に落ちる前に即刻居住地に叩き込むから覚悟しておけ」

 御堂の言葉に、鋼太は心臓を掴まれたような気持ちになった。自分が何かヘマをすれば他の仲間を命の危険に晒すことを鋼太はこれまでの任務を通じて痛いほどに実感していた。

 ふと、部屋の隅で存在感なく佇んでいた双葉と目が合う。双葉が「頑張ろう」と小さく頷き、鋼太も同じ仕草で返す。

 そして翌日、鋼太と双葉は入隊試験を受けるためにやってきた4名の候補者と邂逅することとなる。

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