178.アーマード・イスルギ
「だああああっ!!」
『噴射』で加速した鋼太の 『獄炎』を纏う鉄パイプによる一撃が光を襲う。しかし獄炎の超火力でも光の分厚い毛皮の前では毛先を少しばかり焦がす程度で効果的なダメージを与えるに至らない。
「『虎爪嵐』!」
大河の獣化『虎爪嵐』の刃も同様に毛皮によって防がれその奥の皮膚までは届かない。光は鋼太たちのことなどまるで見えてもいないかのようにただひたすら大阪本部天守閣へ向かって進み続け、その距離はもう目前にまで迫っていた。それに呼応するように始まった[具現者解放戦線]地上部隊の進軍に対する本部守備隊も必死に抵抗を続けているが、どちらにせよこのままでは本部が落とされるのは時間の問題だ。分かりきっていたことだが、そもそもサイズが違いすぎる。鋼太と大河、二人がいかに強力な具現者でも数十メートルに及ぶ巨体を持つ光を倒すのは物理的に不可能に思えた。
『皆、よく耐えてくれた。あとは任せてくれ』
絶望の淵に立たされかけた鋼太たちの耳に、救いの声にも等しい通信が飛び込んでくる。
「……石動さん?」
その直後、激しい地響きとともに大阪本部基地内にある地下シェルターの扉が重々しい音を立てて開き、その中から現れたのは箱型のコックピットのような胴体とそれに対してあまりにも大きすぎる手足を備えた、人型と呼ぶにはかなり歪な形状をしたロボットのような何かだった。
「何だ、あれ……動くのか?」
大河が不安そうに呟く。光の巨体には及ばないがあのロボットも、特に両腕は光のそれと遜色ないほどに太く大きい。殴られたらさすがの光もひとたまりもないだろう。ただしそれは動かせればの話だ。工学について素人同然の知識しかない鋼太たちでも、あの頼りない胴体にあれほど大きな鉄の塊を振り回す力も支える耐久力もないことは容易に想像できた。
『……行くよ、戸柱くん』
『オッケー、ライライ』
コックピット内で石動が戸柱に合図を出した直後、ロボットは少し膝を曲げて屈伸するような姿勢を取り、再び起き上がったと思うと同時に数十メートルの距離を跳躍して光の目の前に躍り出た。
「ウソだろ!?」
「す、凄い……!」
鋼太たちの驚愕をよそに地面に着地したロボットはすぐさま右腕を振り上げ、光の胴体に真っ直ぐ狙いを定める。
「『全開錠』!!」
石動の電流による火花を散らしながら放たれた強烈な一撃が突き刺さる。その衝撃で光は身体をのけ反らせ倒れそうになるが、後ろ側の足で踏ん張って何とか持ち堪えた。惜しい、だがどんな攻撃にもびくともせず前進し続けていたあの巨大怪獣を、石動たちがついに後退させることに成功した。
「……司令官。超大型の敵を想定した防衛兵器開発の予算を回して欲しい」
石動からそう打診を受けたとき、御堂は戸柱が事前に予想していた通りの訝しさに満ちた表情をしてみせた。
「……なるほど。お前の言いたいことはよく分かった。だが……」
鋼太やエマとともに[白雪出版]からやってきた自身を肉眼で視認できないほど小さくする『縮小』の具現者、高砂粒平。彼の能力を目の当たりにした石動は、身体を小さくする能力があるならその逆もまた然り、そしてもし敵に巨大化の能力を持つ者がいればそれは[刻印されし者達]にとって大きな脅威になり得ると考え、それに対抗する手段を持っておくことの必要性を御堂に訴えた。
「割り振れる予算はこれだけだ。それ以上は他の軍備に支障が出る」
ただでさえ地下組織である[刻印されし者達]の財源は乏しく、旧政府崩壊以降はその傾向がさらに強まっている。本当に現れるかどうかも分からない敵に備えて資金を投入する余裕はなく、それも致し方のないことだった。
限られた予算で最大の効果を発揮するため石動が導き出した結論、それは己そのものをロボットを構成する部品のひとつにすることだった。石動は体内で電気を生成する『発電』の具現者であり、彼の体力、精神力が続く限り動力源が尽きることはない。そこへさらにあらゆるものを開閉する戸柱開の『鍵』を組み合わせ、石動が放出する電気量のリミッターを一時的に解除することで想定される大型の敵に対応できるサイズ、重量の機械を動かす爆発的なエネルギーを生み出すことに成功した。
つまりロボットを操縦しているというよりは石動自身が巨大な装甲を身に付けている状態に近く、それが人型ロボットと呼ぶには歪な形状である最大の理由だった。石動と戸柱が入るコックピット、素早く移動するための脚部、敵を破壊するための両腕さえあればその他は予算と電力を食うだけの完全なる無駄だ。
「……一気に畳み掛ける!」
石動の動きに合わせて戸柱が具現化能力で左腕のリミッターを外し続けざまの一撃を放つ。光は両腕で防御の姿勢を取ろうとするが、その隙間を抜けて強烈な拳が光の胸の辺りに直撃した。
「グアアアアアッ!!!」
苦痛に悶える光。いいぞ、効いている。光が初めて己の身を守ろうとしたのが何よりの証拠だ。このまま押し切れば勝てる。しかし石動はそれ以上の追撃を行おうとしなかった。
『くっ……動け……!』
「ど、どうしたんだ?」
「まさか、エネルギー切れ?」
その嫌な予感の通り、巨大ロボットもとい『アーマード・イスルギ』唯一にして最大の問題はあまりにも燃費が悪すぎることだった。ただでさえ巨大な鋼鉄の機体を全開錠で動かすには莫大なエネルギーを必要とする。それを全て石動一人の具現化能力で賄っているのだから彼自身にかかる負担も並大抵のものではない。出撃までに長い準備を要したのもある程度長時間稼働できるだけの電気を事前に充填するためである。しかし、竜騎兵たちが命懸けで時間を稼ぎ溜めた電気の大部分を使った攻撃でも、残念ながら光を倒しきるには至らなかった。
「グオオオオオオオッ!!!」
光が雄叫びを上げながら石動たちに襲いかかる。それは光が彼らを明確に脅威だと認めたが故の行動だった。
「ぐっ……う……!」
石動は両腕を広げて光の突進を正面から受け止める。しかし、体格の差は如何ともし難く徐々に押し込まれていく。その先にあるのは本部基地。このままでは機体ごと天守閣に突っ込んでしまう。
「まずい……!」
「クソッ……いい加減くたばりやがれ!」
鋼太たちも加わって必死で攻撃するが、やはり光を止めることはできない。だがよく見ると光も息を荒げ動きも鈍り始めている。ダメージは確実に蓄積されているはずだ。もう一度さっきと同じくらいの威力を持つ攻撃を与えることができれば……しかしそんなものが存在するならもうとっくに使っている。
『……クロロン、他の皆もよく聞いて。僕たちはこれから残された力を使って自爆する。巻き込まれないようなるべく遠くに避難してほしい』
「!? 戸柱さん、何を言って……」
突然の通信内容に戸惑う鋼太たちに構わず、戸柱が言葉を続ける。
『どのみちこのままじゃ本部基地も、その向こうの居住区も壊滅しちゃうからね。僕ら二人の生命でそれが防げるなら、安いものだ』
戸柱の声から迷いや恐れの色は一切感じられなかった。二人は初めからこうなることも予測したうえで最終手段を用意していたのだ。
『もう時間がない、早く!』
「でも……っ!?」
突然大河に腕を掴まれ、鋼太の身体がその場から引き離されていく。振り払おうとした大河の手は己の不甲斐なさにブルブルと震えていた。
「悔しいが俺たちの力じゃどうすることもできない……あの人たちの覚悟を無駄にするな!」
『……ありがとう、黄坂くん、黒鉄くん……すまないが、後は頼む』
石動が発したその言葉を最後に通信は途切れ、自爆モードに切り替わった機体がオーバーヒートし火花を散らし始める。しかしその直後、ひとつの小さな影が拳を振り上げながら今にも爆発を始めようとするその中心に向かっていくのが見えた。
「まだ諦めるには早いぞ!」
そう叫びながら飛び込んだのは冷司と戦っていたはずの双葉だった。しかしすでに自爆装置は起動しておりもう止めることはできない。だめだ、爆発に巻き込まれる。
「双葉さんっ!!」
しかしそれは現実にはならなかった。双葉に続いて飛び込んできた冷司が自爆装置を凍らせ強制的に動作を止めたからだ。
「おい」
直後、背中に燃える羽を宿した照吾が小さく笑みを浮かべながら鋼太たちの前に姿を表した。
「光の目を覚まさせる。お前らも手伝ってくれ」




