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鉄の具現者(くろがねのエンボディ)  作者: 匿名希望
第六部 全面戦争編
170/202

166.自爆

「入間くん……なぜ君が[具現者解放戦線(E・L・F)]の兵士としてここにいるのかは、後でゆっくり聞かせてもらう」

 閉じられた門扉を背に仮面の兵士へ語りかける戌井。彼は自身の具現化能力『嗅分』によって、目の前に立つ顔を隠した仮面の兵士が元[刻印されし者達(エングレイブ)]神奈川基地隊員で『健脚』の具現者(エンボディ)、入間翔であるという確信を得ていた。各地域に出現した他の仮面兵士も含め、記憶を書き換えられているのか、星宮カレンの『魅了』で操られているのか定かではないが、少なくとも彼らがこうして生きていたことはこの上ない朗報と言える。ただし、自分がこの[刻印されし者達]と旧政府との戦いにおける最前線で生き残ってきた彼らを倒すことができればの話だが。

「動じない……か」

 聞こえていないのか、もともと隠す気がないのか、動揺を誘おうとした戌井の発言に仮面の兵士の心が揺さぶられることは一切なかった。感情の揺れ、特に敵意を持って攻撃を行う際に変化する匂い、それを嗅ぎ取って相手の行動を先読みしカウンターで対処するのが戌井の得意とする戦法だ。しかし先ほどから全くと言っていいほど感情に振れ幅がなく、次の行動が読めない。

「!!」

 敵意を感じさせないまま矢のように放たれた仮面の兵士の蹴りを、戌井はガントレットを装着した両腕を掲げ防御する。

「ぐうっ……!」

 続けざまに放たれた脚が横腹に突き刺さり悶える戌井。痛みを堪えながら拳を突き出すが難なく躱され、仮面の兵士は大きく後方に跳んで戌井と距離を取り、ステップを刻みながら再び攻撃のタイミングを窺い始めた。

 まずいな。にわかに戌井の表情に焦りが滲む。戌井自身の身体能力は『飛翔』の具現者である早瀬や『曲芸』の具現者である猿藤に比べれば決して高くない。その差を埋めていたのが『嗅分』の具現化能力による先読みだったのだが、この男にはそれが全く通用しない。先ほど受けた蹴りも咄嗟に装心具(スキルリング)の『鋼化』を発動していなければ危なかった。正直に言って、相性としては最悪だ。

 周囲で戦闘中の[刻印されし者達]隊員たちの間にも不安と恐れの感情が漂っているのを感じる。轟一馬が率いてきた[具現者解放戦線]の部隊は人数こそ少なかったが一人ひとりが一馬直々に訓練された精鋭であり、おそらく入間の『健脚』を宿した装心具によるものだろう高い機動力で[刻印されし者達]の守備隊を翻弄し少しずつ、だが確実に戦力を削ぎ落としている。漆原も奮闘してはいるが、まだ若く実戦経験の少ない彼に前線の指揮は荷が重く、一馬を閉じ込めた門扉を守っている戌井もこの場を離れるわけにはいかない。

 この戦いにおける重要な鍵を握っているのは間違いなく双葉だ。彼女が敵の指揮官である一馬を倒すことさえできればこの戦況は大きく変わる。それまでは絶対にここを死守しなければならない。戌井が通信機から全隊員に向けそう発信しようとした瞬間、割り込むように別の声がこだました。

『これより我々[刻印されし者達]岡山基地が、兵庫基地の援護に入る!』


『壁上部隊は包囲網を突破しようとする敵兵を射撃で足止め、地上部隊は我々援軍と連携し人数差を活かして敵を囲い込み制圧しろ。総員、反撃開始だ!』

『了解!』

「司令官……!」

 弱気になりかけていた隊員たちの心を奮い立たせる、岡山基地司令官百々原巴の声。兵庫基地襲撃の報せを受け援軍に駆けつけてくれたのだ。だが百々原は瀬戸内海での戦いで負った怪我が未だ完治しておらず、医者の見立てではこのまま歩けない可能性も十分に考えられるということだ。そんな彼女が、どうやってここまで来たというのか。

「……司令官……?」

 もう一度呟いた戌井の視線の先に映っていたのは戦場に向かってくる岡山基地の隊員たち。そしてその先頭を駆ける、車椅子に乗った百々原の姿だった。

「いけええええええっ!!」

 通常では考えられないスピードで道を突き進む車椅子の上から獲物である巨大な金棒を振り回し、百々原が敵兵士を薙ぎ倒していく様を呆然と見つめる戌井。仮面の兵士も表情こそ窺えないが百々原を見て呆気に取られたように固まっている。

『戌井! 何ボケっと突っ立ってる!』

 戌井の姿を目に収めた百々原から通信機越しに叱咤を飛ばされ、はっと我に返る。

「司令官、それは……」

『石動に造らせた特注品だ。車より速いぞ!』

 弾んだ声と心底楽しそうに戦う百々原の姿を見て、思わず笑い声を漏らす戌井。医者から完治は難しいと告げられた際、あまり悲しんでいるように感じられなかった理由はこれかと納得する。あの瞬間からすでに百々原はそうしようと決めていたのだろう。皆に言えば反対されるから、黙って勝手に。

「司令官、後で車椅子の製作にかかった費用も含めゆっくり話を聞かせてもらいますね」

『な!? おい待て戌井……』

 通信機をオフにし、百々原の声が途中で強制的に途切れる。ああ、やはり自分はこの人のためならどこまでも強くなれる。

「……これで君の相手に集中できる。さあ、来い!」

 ガントレットを装着した両腕を掲げ構えた戌井に向かって、仮面の兵士が思い切り地面を蹴り出した。

 

 それからどれくらい時間が経過しただろうか。岡山基地からの援軍によって劣勢は盛り返したものの、やはり敵部隊の抵抗は激しくこちらの被害も徐々に大きくなっている。戌井自身も相性の悪い仮面兵士の足技を『鋼化』で何とか凌いではいるがすでに満身創痍、これ以上長くは持ち堪えられそうにない。

 双葉と一馬の戦いはどうなっている? 先ほどから具現化能力発動の音が背後の監獄内から何度も聞こえているが、それが収まる気配は一向にない。どうか勝ってくれ、そう願いながら途中で数えるのをやめた何十回目の蹴りを防御したそのとき、雲に隠れていた太陽が顔を出すと同時に一際大きな具現化の音が鳴り響き、その後の何かが壁に強くぶつかる衝撃とともに止んだ。

 戦闘が終わったのか、果たしてどちらが勝利したのか、もし双葉が倒れ、一馬がこの中から現れたとしたら。脳内を巡る戌井の思考は突如として近くで発生した激しい爆発音によって中断される。

「何だ!?」

「うわっ!!」

 断続的な爆発による振動で基地の中及び周辺の隊員たちが体勢を崩し慌てふためく。その中には当然百々原も含まれていた。

「しまっ……!」

 何度目かの爆発の衝撃で車椅子が倒れ百々原の身体が地面に投げ出され、さらに続く爆発によってついに兵庫基地の城壁が崩れ落ち始めた。一馬を除いて敵兵士の基地への侵入は誰一人許していない。ということは、まさかこの爆破は敵ではなく、兵庫基地側が人為的に起こしているのか?

「く……」

 脚を動かすことができず腕の力のみで地面を這い車椅子に戻ろうとする百々原。運悪くそこを目掛けるように、崩れた城壁が落ちてくるのが、まるでスローモーションのように戌井の両目に映し出された。

「スマン、戌井」

「司令官!!」

 叫びながら戌井が駆け出す。だが到底間に合う距離ではない。自分の運命を悟って笑う百々原の頭上に向かってゆっくりと巨大な瓦礫が降り注ぐ。そして、戌井が必死に伸ばした手のすぐ横を光のような何かが通り抜けた次の瞬間、瓦礫は何もない地面にぶつかって砕け散った。

 百々原を救い出した仮面の兵士を、戌井が信じられないという表情で見つめる。そして百々原を抱きかかえる仮面の兵士の向こうに広がるさらに信じがたい光景に、戌井は思わず目を疑った。

「早く、この下なら安全です!」

 城壁の近くで漆原が広範囲に展開した『接着』の具現化能力で屋根を作り、周囲の隊員たちを瓦礫から守っている。だがそれでもすべての隊員を救えるわけではない。しかしこの爆破によって落下した瓦礫の下敷きになった地上部隊の隊員は思ったよりずっと少なかった。なぜなら百々原と同じように[具現者解放戦線]の兵士たちによってその多くが安全な場所へ救い出されていたからだ。

「何故……?」

「我々の目的は君達を殺すことではなく、悪の組織から解放すること。それが[具現者解放戦線]、そして楽園の使者『憤怒(ラース)』様の意志だ」

 倒すべき敵が自分たちの生命を救うという不可解な行為に呆然と呟く[刻印されし者達]の隊員に、[具現者解放戦線]の兵士が事も無げに答える。

 「……我々の、敗けです」

 力なくその場に膝をつく戌井。戌井にとって自らの生命よりも大切な百々原を救った仮面の兵士に対して敵意を向けるのは不可能だった。

「あなたを失ってまで守るべき誇りなど、私には存在しません」

「戌井……」

 仮面の兵士に拘束されたまま奥歯を噛み締める百々原。抵抗すれば刺し違えるくらいはできるだろうが、戌井と同じくもはやそんな気は起きない。むしろ。

「……聞こえてるか、須藤司令官。お前、最初からこうするつもりだったのか?」

 百々原が通信機越しに冷たい口調で問いかける。

『……確実に勝利を掴むためだ』

 しばしの間を置いて、絞り出すような声でこの爆発を起こした張本人であろう人物、兵庫基地司令官の須藤が応えた。

「[刻印されし者達]を守るために必死に戦った轟や他の隊員たちの生命を犠牲にしてか?」

 双葉と一馬が戦っていた、最も激しい爆発により周囲の城壁が跡形もなく崩れ落ち瓦礫が積み上がった場所を見つめながら百々原が怒りに満ちた声で吐き捨てる。あの様子じゃ、もう彼女たちは。

『……仕方ないだろう。「不沈艦」と称される耐久力を持つあの男を仕留めるためにはこうする他なかったんだ!』

 須藤にとっても苦渋の決断ではあったのだろう。だが、この男が多くの同志たちの生命を巻き添えにすることより敗北によって己の名誉が傷つくことを恐れたのは紛れもない事実だ。

「……ふざけるな! あの子の代わりに私がお前を殺してやるから、大人しくそこで待っていろ」

『ふっ……どのみちあのままじゃ負けていただろうが。これまでずっと、うまくやり過ごしてきたというのに、最後にとんだ貧乏くじを引かされたもんだ。私は新政府の犬になるつもりはない、悪いが一足先に抜けさせてもらう』

「貴様……!」

 それを最後に、須藤との通信が繋がることは二度となかった。

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