13.超能力開発セミナー
「超能力開発セミナー?」
「何やそれ、胡散臭いなぁ」
ディスプレイに表示された『超能力開発セミナー』と大きくタイトルに描かれた電子パンフレットを見ながら鋼太と鏡が首を傾げる。
初任務からおよそ三週間後、休暇の後もしばらくの間任務が与えられなかったこともあって、待ちに待った新たな仕事を前に鋼太は気合いに満ちていた。純粋な戦闘員である鋼太の任務がなく平和に過ごせているのはある意味良いことではあるのだが、忙しそうに動き回っている鏡や他のメンバーを見ているのは心苦しく、その鬱憤を晴らすように鋼太は能力強化の訓練に明け暮れていたのだった。
「まあ待て。あとで詳しく説明するから焦るな」
御堂が二人を嗜める。
「黒鉄とは初めて会うメンバーが多いから、まずは紹介しよう」
司令室には鋼太、鏡、御堂、副司令官の鮫島、発電能力を持つメカニックの石動のほかに鋼太の知らない人物が3名いた。これほどの大人数が集まるのは珍しく、必然的に大掛かりな任務が始まることを意味しているのを鋼太は悟った。
「彼は落合丈地。自身に対するあらゆる衝撃を無効化する『緩衝』の具現者だ」
「初めまして黒鉄くん! 仲間が増えて嬉しいよ!」
「隣が飛田伸介。彼も同じく具現者で、手足を自在に伸縮させる『鞭』の能力を持っている」
「よろしく」
「黒鉄鋼太です、よろしくお願いします!」
「彼らは神奈川基地の中でも、特にターゲットの捕縛や救出に長けたメンバーだ」
相手の攻撃を落合が無効化し、その隙をついて飛田が鞭で捕らえる。二人の連携によってこれまでに政府の追手から救出した具現者や身柄を拘束した政府関係者は数知れない。背が低くがっちりとした体型の落合と、背が高くひょろひょろと細長い印象の飛田、さらに落合が声も性格も暑苦しそうなのに対して飛田はクールな雰囲気と、まさに凸凹コンビといった感じの二人だ。
「この二人に加えて小鳥遊ちゃんまでいるってことは、かなり大掛かりな作戦になりそうやね」
「変な呼び方しないで下さい」
右目を眼帯で覆った小柄な少女が鏡に向かって冷たく言い放つ。
「彼女は小鳥遊瞳。黒鉄と同じ15歳で、今回の任務のために静岡から来てもらった」
眼帯の少女……小鳥遊瞳は可愛らしい顔立ちではあったが、鋼太よりも背が低く髪が短めなのも相まって子供っぽく見え、てっきり年下だと思っていた鋼太は彼女が自分と同じ年と聞きとても驚いた。
「小鳥遊……さんは神奈川基地所属ではないんですね」
「いや、彼女も神奈川基地のメンバーだ。ただ、彼女の能力は非常に有用ではあるが戦闘能力は皆無に等しい。だから必要な時以外は危険な前線を避け、普段はご両親と一緒に静岡基地管轄の居住区で暮らしている」
なるほど、そういう所属の仕方もあるのか。確かにこんな小さな女の子が政府の警備兵に立ち向かうのは無理があるよな、と鋼太は思った。
「……何見てるんですか?」
「いや、別に……」
眼帯に覆われていない左目で鋭く睨みつけられ、たじたじになる鋼太。幼馴染の茜と同じ年齢とは思えない小ささだが、その迫力は茜の比じゃない。組織に入って初めて出会った同学年の隊員、せっかくなら仲良くやっていきたかったが、すぐに打ち解けるのは難しそうだ。
「小鳥遊の能力は『望遠』と『瞬間記憶』、そして『追跡』だ。人物にタグ付けすることで一定の距離まで常に居場所を追跡することができる。今回の任務は、彼女の能力がカギとなる」
「ええ……!? どう……」
危うく石動のときと同じように過去のトラウマを掘り返す失言を口走りそうになるのをぐっと堪える。先ほど御堂が言っていた通り非常に有用な能力。同時に、政府に奪われるのはとても危険な能力であるとも言える。
「紹介も済んだところで、作戦の説明に入ろう。これを見てくれ」
御堂がディスプレイを指し示すと、画面がセミナーの内容と講演者のプロフィールを紹介する文章に切り替わった。
「超能力って……まさか具現者の能力を見せるつもりじゃあるまいし」
確かに具現者は普通の人から見れば超能力者のようなものだ。しかし政府は基本的に具現者の存在を国民にひた隠しにしているため、それが明らかになることはない。
「このセミナーの内容自体は大した問題じゃない。それよりも問題は」
御堂が画面を睨みつけ、拳を強く握りしめる。
「講演者の神園条理……この男が、10年前に[刻印されし者達]を壊滅に追い込んだ裏切り者だということだ」
数日後、鋼太と瞳は例のセミナーが開催されるビルの前に集合し、指示を待っていた。中学生、その中でも背の低い二人が並んでセミナーに参加するのは流石に悪目立ちする可能性が高いため鏡の能力で一般人に変装している。
『……こちら[ホワイトベア]。皆、状況は?』
「[ハミングバード]、[ヘッジホッグ]両名、オフィス玄関前に到着しています」
耳元から聞こえる石動の声に瞳が応える。今回の任務は、運転手役として現場近くの道路に停めた車の中で待機している石動の指示に従って進めていく手筈となっている。
『[カメレオン]3Fにて待機中』
『[スクイッド]、[オクトパス]、地下駐車場前に到着』
各隊員への指示は石動が開発した骨伝導式の極小イヤホンマイクを使用して行う。ごく近い範囲でしか通信できないが、一切の音漏れもノイズもなく、使用者の声だけを届ける優れものだ。
作戦での通信時は万が一通信を傍受されていた場合に本名の漏洩を防ぐためにお互いをコードネームで呼び合う規則がある。コードネームは鋼太のツンツン頭と小柄な体躯が由来の[ヘッジホッグ]や大きな身体に白い髪の石動の[ホワイトベア]といった見た目や、鏡の[カメレオン]、能力で吸盤のように何でも吸い付く落合の[オクトパス]、能力使用時の見た目がそれっぽい飛田の[スクイッド]などの能力、苗字の小鳥遊から瞳の[ハミングバード]といった具合に様々な由来で付けられていて、本来特に決まりはないが神奈川基地では伝統的に全員が生き物をコードネームとしている。その理由は、この規則を組織で最初に制定した鮫島が自衛隊の特殊部隊在籍時に使用していたものからなる。もちろんそのコードネームは[シャーク]だ。
『……全員配置に着いたね。それでは作戦を開始する』
「『了解』」
石動の合図で鋼太と瞳がビルに入り、エレベーターでセミナー会場のある2Fへ向かう。
この建物は複数の企業が所在するオフィスビルで、2Fはこの建物に入っている企業が使用できるさまざまな広さの貸会議室が並んでいるフロアとなっており、今回のセミナー会場もそのうちの一部屋だった。
偽名を記入して受付を済ませ会場に入る。室内はかなりの広さで、ずらりと並んだパイプ椅子はそのほとんどが埋まっていた。おおよそ100人ほどは参加者がいるだろうか。
盛況の理由は、神園条理が記憶治療分野におけるカリスマ医師であり、専門家、コメンテーターとしてテレビその他のメディアから引っ張りだこ、彼を目にしない日はないというくらい絶大な人気を誇る人物だからだった。鋼太ももちろん神園の存在はテレビを通して知っていたが、まさか元反政府組織の人間、しかも[刻印されし者達]壊滅を引き起こした政府の内通者だとは夢にも思っていなかったため、その事実を聞かされた時の衝撃は相当なものがあった。ちなみに御堂曰く「医師でも何でもないただの詐欺師」らしい。
鋼太と瞳は最後列の空いた席に並んで座り、セミナーの開演を待った。作戦の第一段階は、瞳の能力で講演中の神園に追跡用のタグを付けること。もし近くに具現者がいた場合能力の発動を感知されるが、この状況なら静かにしてさえいれば人混みに紛れて相手に見つかるようなことはないだろう。人が多いこの状況は鋼太たちにとって非常に好都合だった。
しばらくして神園が会場に現れ、壇上に登り片手を上げると会場に割れんばかりの拍手が起こった。仕立てのいいスーツ姿に髪を後ろに撫で付けたオールバックの髪型は確かにとても医師には見えなかったが、カリスマと呼ばれるだけの人を惹きつける何かは確かに感じられる。拍手が止むと、それまで騒がしかった人々がぴたりと会話をやめて神園の姿に見入り、その第一声を待った。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
神園がゆったりとした口調で言葉を発したその瞬間、鋼太と瞳はお互いの顔を見合わせた。
「会場に具現者がいます」
『……本当かい?』
二人は確かに近くで具現者の能力が発動したのを感じていた。しかも一瞬ではなく、こうして報告している今もなお継続的に。
「神園は具現者ではないんですよね?」
『……そう聞いている。ビルの外にいる僕たちからは何も感じられないから、おそらく会場内に模倣者がいる可能性が高い。具現者の君たちに強い影響はないと思うけど、大丈夫? 続けられそう?』
鋼太が目をやると、瞳が小さく頷き右眼の眼帯を取り外した。
「大丈夫です」
『……くれぐれも無理はしないように。[カメレオン]、念のため会場近辺のフロア内に怪しい人物がいないか探ってみてもらえる?』
『了解』
石動は事前にこのオフィスビルに入っている企業の社員に成りすまして関係者しか入れないエリアに潜入済みの鏡に指示を飛ばした。
「記憶治療普及後の犯罪発生率や自殺率の劇的な改善からも分かるように、記憶というものが精神及び肉体の健康に大きく影響していることは皆さんもよくご存知だと思います。そして……」
ステージ上で話し始めた神園の姿を瞳がじっと見つめている。タグにより追跡できる時間は対象を視認している時間に応じて伸びるため、なるべく長い時間見続ける必要がある。その間はこの会場にいるおそらく政府の模倣者も瞳の能力発動を感知している。万が一瞳の存在に気付かれ危険が迫った場合に彼女を守り逃がすのが鋼太の役目だった。注意深く辺りを見回す。怪しい人影は特に見当たらない。具現化の音がどっから発せられているのかを探ろうと、鋼太は目を閉じて己の感覚を研ぎ澄ませた。
「……っと、起きてください!」
身体を強く揺さぶられ、鋼太がはっと我に返る。
「……え……?」
会場は講演が始まった時と同じように拍手に包まれていたが、神園は先ほどと反対に手を振って歓声に応えながら壇上を降りていく。会場に設置されている時計を見ると、なんと講演開始から1時間以上が経過していた。いつの間に……と驚愕する鋼太。居眠りしていたわけじゃない。なぜなら講演の内容をはっきりと覚えているからだ。
……私が研究しているのは心身に健康をもたらす記憶治療からさらに一歩先へ進んだ、無意識下に植え付けられた常識や限界を取り払い心身を『強化』する技術。それは例えば腕力や脚力など単純に身体能力を向上させるものから、身体から熱を発して物を温めたり逆に冷やす能力、さらに研究が進めば空を飛んだり、火や水を出したり……今まで想像上、ファンタジーの世界にしか存在しなかった超能力や魔法が、記憶操作によって現実のものとなる。そんな世界は、もうすぐそこまで来ている……。
『……[ヘッジホッグ]、大丈夫か? 聞こえていたら返事を』
「……大丈夫です」
石動の心配そうな声に平静を装って応答する鋼太。時間経過の早さもだが、何より鋼太を動揺させたのは、神園の話を鋼太が心の底から深く聞き入ってしまっていたことだった。神園が言う超能力とは、どう考えても具現化能力のことを指している。どれだけ耳触りのいい言葉を並べても、やっていることは人工記憶の埋め込みによる強制的なトラウマの想起と能力の覚醒。鋼太はその忌むべき実態を知りながら、瞳によって意識を引き戻されるまで神園の話に納得し、あまつさえその考え方に同調しかけていた。それにしても、これまで政府が頑なに隠蔽し続けてきた具現者のことを逆に公にするような、この行動の目的は一体何だ?
「しっかりしてください。ほら、私たちも行きますよ」
考えがまとまらないまま、再び眼帯を装着した瞳が席から立ち上がって歩き出すのに鋼太も慌ててついていく。追跡用のタグ付けはどうやらうまくいったようで、このあと鋼太たちは今いるオフィスビルから通りを挟んだ向かい側の建物に移動し、そこから神園の位置を鏡に伝える役割を担う予定だった。
鏡の仕事は瞳から伝えられるタグの位置情報に従って神園を尾行し、護衛の人数やこの後の行動予定を把握すること。そしておそらく最大のチャンスは地下駐車場から車に乗ってビルを出ようとする時だと思われるため、そのタイミングを見計らって近くで待機している落合、飛田が強襲し神園を捕縛、すぐさま石動の待つ車に乗せて脱出する。それが今回の作戦内容だった。
不確定要素も多く、会場内に模倣者がいた時点で敵もかなり警戒している様子が見てとれるが、神園はこの15年間ほとんど東京都の外に姿を現したことがなく、[刻印されし者達]としては少々の危険を冒してでもこのチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「[ハミングバード]、[ヘッジホッグ]両名、指定位置に到着しました」
鋼太と瞳が大通りを横断し、建物の影に隠れる。ここからならオフィスビル全体が一望できる。
『それじゃあ指示を頼む、[ハミングバード]』
「了解」
瞳が再び眼帯を外し右目をあらわにすると、鋼太も能力の発動を感じ取る。さっきのは一体なんだったのだろう。模倣者の能力なら具現者にはほとんど効かないはずだが、例外もあるのだろうか。それとも……。
「神園は……エレベーターで上に移動しています」
オフィスビル内のタグを目で追いながら瞳が報告する。
『……上か。できればそのまま下に降りてきて欲しかったけど』
『何階?』
「6……7……8階で降りました。フロア内を移動しています」
『了解。ボクも8階に向かいます』
『……気をつけて。少しでも危険を感じたらすぐに戻るんだ』
上階に行くほど、万が一敵に見つかった場合の危険が増大する。しかし今は少しでも捕縛の確率を高めるための情報が欲しい。その二つを天秤にかけ、石動は迷った末に鏡をそのまま追跡させることに決めた。




