Touch!!
「総務長官にゼファーに行って収拾に当たらせましょうか。」
総務長官は、ゼファーの出身で極めて人族の血が濃い人物だ。没落したハインリヒ前の王城で第一側妃だった家の家系にあたる。
しかし、彼は純血主義ではなく、王立の学園を卒業し、獣人族の女性を娶り、子を成している。
無論、故郷には帰れていない。
総務課は、主に種族間の揉め事を整理整頓、出来れば解決に導く部署である。
「嫌がるでしょうね、結局は転移ポイントの設置に関する要望になるのだから。」
転移には魔力が必要となる。
その使用量は人族にとって魔力枯渇に繋がるので、緊急時以外は使用を控えているものだ。
しかし、同じ個体から採取された魔石同士を魔術で繋げれば、話は別である。
例のベヒモスから取れた魔石は転移の魔法陣を使うことで各地を繋ぐ門となった。
魔界、妖精界とラーネポリア王国を繋ぐ時空門とは別に、行き来が可能となる転移門が存在した。英雄王ハインリヒがベヒモスを倒して数百年後のことである。
魔術の進歩により、国王ラインハルトの命でラーネポリア王城と獣人族の集落を繋ぐ門にベヒモスの魔石が使用されることになった。
ラインハルト国王の兄達が亡くなり、四人の妃を迎えて三年後のことだった。
其々の種族との架け橋となる妃達が容易に里帰り出来るようラインハルトが各種族の長に話を付けた結果である。
魔界と妖精界に置かれた魔石。
正妃ミライアはダークエルフの出身ではあるが、門のある地域を守るラーネポリア王国側の公爵家に養女として妖精界から幼き頃にやって来て教育を受けた。養母は実母の妹で元はダークエルフとして、妖精界で暮らしていたが妖精界とこちら側を暴走するスタンピードに巻き込まれた。
巻き込まれると言うのは、大抵“死”を意味するが、稀に空間や時空の隙間に落とされることがある。
ミライア妃の養母はそういった奇跡により、空間を越えてラーネポリア王国に飛ばされた所を今の夫である公爵に助けられ結ばれた経緯でラーネポリア王国の辺境公爵夫人となった。
第一、第二側妃であるサヤカ妃、アヤカ妃の場合は、母親の実家が魔界にあり、父母は魔界の重鎮で孫、曾孫バカでもあった。
巨大な魔石は、150年以上経た今でも膨大な魔力を保有してはいたが、結界以外の用途を持て余しており、ラインハルトの案は喜ばれた。
ゼファーの長が魔石を望むのは王都との交易を充実させたいと言うことも関係していた。
何せゼファーから王都までは馬車で一週間はかかるのだ。
それなのに獣人達は、魔石によって、王都へは一瞬である。やってられるか!と言うことなのだ。
私的な理由で王都と獣人族の集落を結んだラインハルトだが、王妃マルティナは、交易のためなら、許可さえあれば誰でも魔石転移門を使用してよいとした。この決定は、ラーネポリア王国の端にある獣人族の集落と隣り合う(かなりの距離あり)エルフの住人町を豊かにした。
ゼファー領の住人にとっては、王都に行くよりも獣人集落の方が近いが、如何せん砂漠がネックなのと、獣人の村に行くと言う行為が彼等の自尊心を刺激するのである。
因みに、正妃、第一、第二側妃はベヒモスの魔石にはノータッチである。
総務長官は今日も溜め息を吐くのだろう。
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「両陛下、並びにショーン殿下、並びに殿下方、お久しゅうございます。」
謁見の間にて頭を下げ、見事なカーテシーを見せる少女。
煌めく銀髪に紫色の瞳をした少女はまだ幼さの残る17歳。
第一王子ショーンの婚約者だ。
ショーンは、国王に視線を送る。
国王は少しばかり呆れた顔をして頷いた。
隣に座るミライア妃も呆れたような笑顔を浮かべている。
「ティエリア、おかえり!短期留学で得たことを国に還元してくれ。で、また、話を聞かせてくれたら嬉しい。」
嬉しそうなショーンに少女の頬が僅かに染まる。
二人は幼馴染みでお互い好ましく思い合っている。
王族として、高位貴族としての義務を果たし、国民のために真摯に努めることを良しとしている二人は似た者同士でもあった。
何処か冷たい印象のあるティエリアもショーンと一緒にいるとほわほわとした雰囲気になる。
ラーネポリア王国の氷雪華と呼ばれるティエリア(王国の広報部は二つ名を付けたがる)は、人にも厳しいが自分にも厳しい性格で思いつめてしまうこともあり、ショーンはその辺りもよく分かっておりティエリアを旨い具合にストップさせてくれる。
また、真面目で優しいショーンは、少々天然な所があり、よく弟達にツッコミを受けているが、ティエリアはそんなショーンの天然ぶりにいつもニコニコと微笑んで彼を幸せな気分にしてくれるのだ。
この二人のやり取りを見ていると弟達は“自分達がしっかりしなければ”と自然に思うようになっていた。
「お前達は、しばしの間、庭園散策でもしてまいれ、甘ったるくてかなわん。」
国王の言葉にきょとんとする二人。母親や兄弟に勧められて二人は首を傾げながら謁見の間を出ていく。
もちろん、ショーンがエスコートしてだ。
「陛下のお気に障ることがありましたか?」
恐る恐る尋ねるティエリアにショーンも首を傾げた。
「うーん、気にしなくていいんじゃないかな?俺の方から尋ねておくよ。」
にっこりと微笑まれてティエリアも微笑み返した。
「あれで、ダンス以上の触れ合いをしてないなんてな……。」
ぼつりと溢した国王ラインハルトの言葉。
「本当に我が息子は可愛いわぁ。」
長男のデートを覗き込む親達。
「そんな覗き込んでいたら嫌われますよ。」
呆れた声を出すのはレンリル。
その後ろにはルキリオ、ジュンリルも揃っている。
「…お前達の相手はどうだ、ちゃんと交流してるんだろうな。」
急に話を振られて王子達の頬に朱が差す。
彼等の相手はショーンも含めて皆政略によるものだが、ショーンが7歳の時に集団見合いが行われ其々が相手を選んだ結果だった。
ほぼほぼ年子の王子達であったが、見合いをしたのはケイリル迄で、タクリオ以降の王子達の婚約者はまだ決まっていない。
それは、彼等が何れは臣下に降りることが決まっているからである。
ラーネポリア王国は、先のスタンピードのせいで王子達の親世代とその少し下の世代の男女が数多く亡くなった。
名家の当主を亡くした家も多く、その家を守るために王家が臣下に降りることになった。
当主が亡くなり後継ぎである子供がいない家に二名、後継ぎが娘しか居らずこのままだと家自体が親戚筋からの乗っ取りの憂き目に合いそうな家が四つあり、其々の年に見合った王子が臣籍へと降りる予定だ。
そのため、年下の王子達にも当主としての教育が施されているのだが、如何せん脳筋の王子達が多く、学園以外の勉強の場から逃げ出すことも多いのだ。