Young:4
雪の積もった獣道を進む。
その先には少し開けた場所があって大きな木がある。
その根本の榁は大人二人が寛げるスペースがあってケイリルの思考部屋と呼ばれている。(ルキリオ命名)
ここはケイリルが新たな魔道具の案を練る場所であり、王家の許可なくては侵入が許されない。
一歩近付いたケイリルは榁の中に人の気配を感じた。
悪い感じはしない。様子を伺っていると榁の中からヒラヒラと小さな蝶の羽をした魔物が出てきた。
時を遡ること数時間前、彼女は空に向かって叫んでいた。
「嘘でしょう!」
叫んだ言葉は冷気に吸い込まれていった。
(おかしい、どういうこと?)
先程まで彼女はこんな所には居なかった。アスファルトで舗装された道路を渡っていたはずだ。
看護師として忙しい日勤を終えたのは十九時過ぎ。
二十時迄に夕飯を終えると言う自己に掛けた縛りのため、夕食は今日も職場の休憩室で摂った。
日々疲れが取れなくなっていた彼女は三十代後半に患った病気のため薬の副作用で食欲が止まらず二十キロも体重を増やしてしまった。
不規則な生活、年齢、何より薬のせいだと言い訳を重ねて自己管理の出来てない体を晒していた。
結婚も子供もいないのに妊娠中と間違えられること多数。
顔で笑って心で泣いていた彼女には家族はいない。仕事にやりがいを感じていたのも遥か昔、今後の老後の心配だけしながら日々を暮らす四十八歳。
大好きな推しのグループの一人がオートファジーなるものをラジオで力説していた。
年甲斐もなく初めてアイドルなるものに嵌まった。まるで自分の息子のような年齢の彼らの人柄やパフォーマンスに撃ち抜かれたのだ。気分は母親だ。
もちろん、勤務の都合でリアタイ出来ない番組もあったし、住んでいる地域のせいで見られない番組もあったが、ファンの呟きを見て彼らが頑張っていると言うことを知れただけで幸せだった。
さて、自分史上最高体重を記録していた彼女は推しの言葉に耳を傾けた。
彼らをこれからも応援するために健康であらねばならない。
そう考えた時、自分の体型を見直した。
そもそも職業柄、これ以上太るのは避けたい。患者への説得力に欠ける気がしていたのだ。
痩せない言い訳の原因の薬は数年前から飲んでいないのにも関わらず、痩せることを諦めていた。けれど、これなら出来るかもと“推し”の影響の大きさを感じながらの一年、誰から見ても痩せた?と言われ体重計に現れる数字に喜びを感じ、駅前のジムにまで通うようになった。
看護師なのに、たんぱく質の重要性無視してたわとプロテインを飲むようになった。
そんな縛りの生活も慣れた今日、食で満たされた腹をさすりながら冷たい風に頬を撫でられていた。今朝はチラホラ雪も降っていた。
(まだ寒いよね、ウルト◯ライト△ウン、最高!)
などと思いながら信号機を確認して一歩踏み出した時、強烈な光の塊と衝撃が彼女を襲った。
(車に跳ねられた?)
全身の体の痛み、目眩を感じながら手を付き体を起こす。
(大丈夫、目、目は見えてる、手も、あ、足も動く……。)
手を頭にやるとぬるっとした感覚。
(頭の傷は血が多く出るんだよなぁ、これ、縫わないといかんのとちゃう?)
ふと気付く。
付いた手の平に感じるのはアスファルトではなく柔らかい土。
(そっか、跳ねられて植え込みに飛ばされたのかな、だから助かった……えっ?)
ハッキリとしてきた頭で目の前の光景に絶句する。
そして、暫しの現実逃避。
確かに寒かった。
しかし、雪など積もっていない。
手の平に感じる土も冷たく凍っている。
(凍った土の上に落ちて無事で済む?てか、何処やの、ここ。)
目の前に聳え立つ巨木。
その榁には人が住めそうだと思った。
音のない世界。
痛みは確かにあるのに夢の中にいるようだ。
コツンと膝立ちした足に当たるもの。
「たまご?」
何ともカラフルな卵が転がってきた。
鶏卵大のそれはプルプルと震える。
(か、孵るの?ちょっ、ちょっと、情報量が大過ぎ!)
パカッ。
「えっ!?」
卵から生まれたのは一匹の蝶。
(な、何で、何で鶏の卵から蝶が生まれんのよ!)
思わず後退る。
『ねぇ、ねぇ、主、』
蝶から聞こえる声にまた後退る。
蝶は羽を広げて飛び立ちながら彼女に近付く。
「ちょ、ちょ、まっ、む、虫、だ、ダメ、来ないで!」
そう、彼女は虫がダメだった。
『………』
明らかにしょぼんとした蝶。
「えっ?な、泣いてるの?」
蝶が泣くとは、是如何に。彼女の罪悪感が疼く。
「えっ、あ、ごめん…なさい?えー、見てるだけなら、蝶なら、だ、大丈夫なんやけど、」
せめて絵本の妖精みたいな体だったらなぁ、虫の羽でも大丈夫かもなんて。
脳裏に過った考えがまさか、目の前の蝶の姿を彼女の思い浮かべるものになるなんて。
『主、これなら怖くない?』
目の前ではためく愛らしい妖精。
「……主って、何?」
蝶は身振り手振りで説明をしてくれた。
「なるほど、ここが本当に異世界なんだと理解したわ。」
ガックリと手を付く。
『主、怪我いっぱい、かわいそう。』
「血は酷いけど、痛くないよ。てか、治ってるよ、ははは……。」
これが異世界チートか。
彼女はライトノベルやなろう系の小説が好きだった。
しかし、あくまでもストレス解消の、娯楽の手段であった物語の中に自分が入ることは想定していない。
「どっかで横になりたいな、」
目に見える傷は消えていたが、身体中に感じる痛みや現状理解へのキャパシティは限界を迎えていた。心身ともに休養を欲していた。
「妖精さん、どっか、安全に眠れるとこない?」
頼られたことに妖精の姿をした魔物がふわふわと飛ぶ。
『あっちよ、ねぇ、ねぇ、わたしの名前付けてよ。』
「あ~?ん~、今じゃないとだめ?だめなのね、」
回らない思考回路をフルで考える。
「ん~と、ん~と、胡蝶、」
ぱぁっと光る胡蝶に何となくほんわかしながら、誘われるようにフラフラしながら大樹の榁へと入って行った。
大人二人が余裕で横になれそうな広い榁だった。
(苔?)
奥の方はフワフワな白っぽい苔が生えていた。
手触りはベルベットのようなもので弾力があった。
「げ、限界……。」
『きゃー!主ぃ!』
胡蝶の悲鳴を聞きながら彼女の意識は苔のベッドに吸い込まれていった。




