MIDNIGHT SUN③
ルキリオは、目の前でスヤスヤと眠る少女に目を奪われた。
陶磁器のような白い肌なのに頬は大好きな母親が肌身離さず付けている薔薇の花びらのイヤリングのように柔らかい桃色だった。
黒くて長い髪はつやつやとしているし、睫も長い。
そんな少女の閉じた瞳からじわりと朝露のような雫が零れ落ちた。
涙だとわかった途端ルキリオの胸がキューっと縮んだ。
『どうしたの?ルキリオ』
声をかけてきたのは白蛇のルル。
ルキリオだけのお友達。
「この子が泣いてるの、どうしよう。」
流れ落ちる涙を拭えば起こしてしまう、起こしてよいのか分からないとルキリオはプチパニックだった。
『大丈夫、起こしていいよ』
「わっ、黒蛇さんだ。ルルのお友達?」
自分と似た鱗の小さな蛇にルキリオの心が跳ねる。
『ルルの番だよ』
「つがい?」
2匹は寄り添い尻尾を絡ませる。
『とっても大切な相手のことだよ』
話をしていると少女がゆっくりと体を起こした。
「あ、起きた。」
黒蛇が少女の首にゆるりと巻き付く。
『おはようスコターディノーチェ。』
目はまだ閉じたままで小さく欠伸をした少女の動きにルキリオは目が離せない。
『目を開けて、』
ゆっくりと開かれた瞳の色に息を飲む。
長い黒髪がさらり。
「ロロ?」
少女は目の前にいる少年がロロが人になったのかと思って声をかけた後、自分の定位置とばかりに巻き付いている存在に気付く。
「???」
では目の前にいる黒い鱗に包まれた少年は何者だと考える。
眠る前には月の女神様達の宮で過ごしていた。
月の宮では時が止まるらしくスコターディノーチェの体は火傷そのものは治癒したが体の成長と言う意味では止まり、人としての生を再び得たことで動き出した。
ただ思考だけは三年、いや四年経っており、目の前でキラキラとした鱗と眼差しをしている少年は年下だと認識した。
「は、はじめまして、ボクはルキリオ。ルキリオ・コーク・ラーネポリアって言います。」
幼子特有の高い声で自己紹介するルキリオの首には白い蛇が“良くできました”とばかりに頷いている。
「私はスコターディノーチェ。スコターディノーチェ以外の何者でもない。」
スコターディノーチェの物言いは、魔法の師匠として4人の女神の中で一番長い時を共に過ごしたエリュトロンの影響だった。
他の女神達は可愛いスコターディノーチェに合わないと思ったがエリュトロンが思いの外ご機嫌だったので口に出したりはしなかった。
ルキリオは返事をしてくれたスコターディノーチェに満面の笑顔を返したが彼女の名前が難しく上手く発音出来なかった。
スコターディノーチェは、ルキリオが最後には泣きそうになっているのを見かねて“ノーチェ”と呼んでいいとした。
「えっとね、ノーチェがね、月の女神様に挨拶したいんだって。」
ルキリオとノーチェは手を繋いで部屋の外に出た。もちろん護衛の騎士が立っており、ルキリオが見知らぬ幼女を連れていることに驚きの顔を見せた。
床まで届きそうな黒い髪を緩く束ねた幼女。顔は髪の毛でほぼ見えていない。
駆けつけた侍従がアヤカ妃から部屋で待ち朝食を摂るようにと伝言を預かっていると説明したがルキリオはスコターディノーチェの希望を叶えたかった。
「ノーチェがね、お祈りしたいんだって。ボクね、ノーチェがお祈り出来るところ探したい。」
「ルキリオ殿下、母上様は部屋で待つようにと仰せでしたよ、じきにタクリオ殿下もいらっしゃいます、しばし待てませんか?」
困った顔をする侍従を見てノーチェがルキリオに言った。
「ルキリオ、私、ロロと祈りの場所探しに行く。ルキリオは、ここで待つといい。」
パッと手を放されてルキリオは何だか悲しくなってしまった。
口を歪ませてふるふると涙目で拒否するルキリオ。
大きな黒曜石のような瞳からポロポロと涙を溢れさせるルキリオと少々驚き固まるスコターディノーチェ。
「どうしたんだい?」
侍従も護衛も侍女もどうすっぺと悩んでいるところに声がかかった。
「にいに…。」
2つ年上の異母兄ショーンの登場に大人達は安堵の息を吐いて頭を下げる。
「ヤーヌが夜と月の気配を感じるって言うから見に来たんだ。」
頭1つ分背の高いショーンがノーチェの視線に合わせてしゃがむ。
「やぁ、はじめまして。ルキの兄のショーンだよ。」
右手でノーチェ、左手でルキリオの頭を撫でる。
「とりあえず、お腹、空いてない?」
にっこり微笑む兄にルキリオの涙は引っ込んだ。
兄の誘導で王子達の食堂に向かう。
今日は王妃達がいないと言うことあり、各々の王子と乳母、護衛も一堂に会していた。
一番下のイゼインは生まれたばかりでまだ乳母の腕の中だ、1歳から2歳になる4人の王子達は乳母の膝の上で半分はまだ夢の中。
紅い鱗のタクリオはやって来たルキリオに笑顔を見せたが他の王子同様彼に手を繋がれて入ってきたノーチェをじっと見ていた。
「るきにいに、おはよ、だぁれ?」
「ほんとだ!だれ?」
タクリオの言葉に重なるように声をかけてきたのはルキリオと同い年のジュンリル。
地声の大きいジュンリルがちょっと苦手だったりするルキリオ。
ルキリオは兄弟にノーチェを紹介する。近くまで来たタクリオは前髪の奥にあるノーチェのラピスラズリのような瞳にニパっと笑う。
「ボクね、ボクね、タクリオだよ、」
外見から来る偏見に幼心を傷付けられたことのある王子あるあるで人見知り傾向の高いタクリオがノーチェに笑顔を向けていることに驚く周囲。兄のルキリオの態度を見たことと常闇の女神の加護があるノーチェのオーラがルキリオやタクリオ兄弟には心地よいものだった。
各々席に着き食事が始まる。
マナーの教育が始まっている長男、次男は静かに。いつも兄達の食事風景を見ながら見よう見まねで食事を始める三男、四男ではあるが、ルキリオはノーチェが気になって仕方ないらしい。
食事の後、長男と次男は帝王学の授業のため退室し、ルキリオ、タクリオ、ジュンリル、ケイリルはノーチェの求める祈りを捧げる場所探しの冒険に出かけることにした。
広い城内を探検する楽しさに当初の目的を忘れていく弟達。同い年のジュンリルも同じようにはしゃいでいる。ルキリオはハラハラしながらもノーチェの様子を伺い見る。
「どう?ノーチェ、ロロ。」
月の女神への祈りを捧げるに相応しい場所。ノーチェの長い髪は結っていても床に付きそうだったのでルキリオの肩に掛け、2人は手を繋いでいる。ノーチェの髪の毛が床に落ちないよう使い魔となったルルが髪の毛を体で捕まえている。
「もう少し、高い所に行きたい。」
ノーチェが指差したのは、西の塔と呼ばれる貴族牢のある場所だった。
現在は誰も使用されておらず廃墟同然となっている場所だ。
護衛として側にいた騎士の説明。
「あの塔は、何に使うの?」
「罰せられた貴族を、えーと、罪が確定するまで留めておく場所です。今は誰も収監、罪を犯していないので、」
簡素な言葉で説明しようとする護衛。
「お掃除はしてるの?」
「罪の大きさによって掃除方法や設備を変えていると聞いてます。」
あまり詳しくない騎士に代わりお目付け役として付いてきたルキリオの侍従が答える。
「あそこがいいの?」
ロロが答える。
『月の女神からの光が一番最初に差し込む場所じゃないかとノーチェは思ったのよ。』
現在、手入れもされずに放置されている西の塔は物置と化している。
侍従のアルジャンは管理人への許可を貰うべく王子達に言い聞かせる。
「よいですか、私が戻るまで大人しく、そうですね、そこの東屋で待っていて下さい。」
すぐ近くの中庭にある東屋。
王子達は元気よい返事をして東屋へと我先に走り出す。
「走らないで下さい!」
アルジャンの言葉など聞いちゃいない。
「ルキリオ殿下、殿下が王子殿下方の中で一番年上です、頼みましたよ!」
同い年のジュンリルは彼の中ではルキリオの弟らしい。
本日の探検に付いてきたのはジュンリル、ケイリル、タクリオの3人の王子達。
「うん、分かったよ。」
自分がショーン兄の立場になるのかとやや緊張しているルキリオにノーチェがギュッと手を握ってきた。
「大丈夫、ロロがいるから。」
『自信満々に言われても困るわよ、ノーチェ。私は、子供が苦手なのだから。』
ロロの呟きは無視された。




