MIDNIGHT SUN
スコターディノーチェは今日も王国の安寧を祈る。
彼女が見上げる窓には4つの月。うっすら青い月は、キュアノエイデス。紅い月は、エリュトロン。金の月は、クリューソス。銀の月はアルギュロスと言い、天空に住む4人の麗しの女神が各々の月に住んでいると言われている。
4つの月は人々の目には雲に隠れたり、沈んだりするが、スコターディノーチェにとって月の女神は母と変わらない存在で常に空にあるものだ。
たとえ大雨でも曇りでもスコターディノーチェの瞳には4つの月が見えていて彼女を見守ってくれている。
スコターディノーチェはサガン侯爵家の長女として生まれた。
英雄王ハインリヒの後期に魔界より流れラーネポリア王国の現体制の礎となった旧家である。
過去の功績を誇りにするのは良いが、とある頃より、魔族の血が濃く、魔族こそ人類に繁栄をもたらす存在だと言って憚らず魔界王を神の如く崇めるようになっていた。
ラーネポリアを魔界の属国にでもしたいかのような発言まで見受けられるようになった。
ある時代のラーネポリア国王はサガン一族の長に尋ねた。
『面白い噂を聞いた。お前達は、遥か昔、魔界から来た魔族を祖としているためか、魔界王こそ至上の存在と崇めているとな。国への忠誠を誓えぬなら、いつでも今の地位を捨て魔界に行ってよいぞ。我と魔王は知己の仲、お前達一族が魔界門を渡る手助けはしてやろう、しかし、魔界での地位は己の力で得るがよい。向こうは此方以上の実力主義だ、励むが良い。』
国王の言葉に青冷める侯爵。
当時の侯爵は国王のことを舐めていたようで冷汗を掻きながら思考を巡らせ、魔界におけるコネは当の昔に切れており今のような貴族の地位は得られないだろうと考え、ラーネポリア王国での地位を捨てることはなかった。
魔界王とラーネポリア王国は友好関係にあり対等であるとの理解が薄いサガン一族。
彼等は表向きはラーネポリア王国に忠誠を誓っているように見えて魔界王を神格化していることは明白で、ラーネポリア王族から引かれている存在だ。
スコターディノーチェの父親は王太子ショーンがダークエルフの血が濃いことの懸念と、魔族の血の濃いレンリルこそがラーネポリア王国の次期国王であるに相応しいとも囁いている。
その上でレンリルが全く望んでもいないのに、魔界との繋がりを強くしたい者達を集め派閥を作り上げた貴族でもある。
そんなサガン侯爵家に生まれたスコターディノーチェは魔力こそ高かったが、魔族の血より妖精族の血が濃い娘だった。
遥か昔に妖精族と魔族の混血児の妻を持つ当主が居たらしく隔世遺伝的能力の発露だろうと思われたが、侯爵は許せなかった。
妖精族の魔力を多く宿す娘を。
サガン侯爵にとって、妖精族は人族や獣人族よりも忌み嫌う存在だ。彼等は魔力を自覚した時から魔力操作に長けていて、魔族のような角も生えないし、容姿の変容もない。成長すれば魔力に相応しい姿になるとは言え、幼い頃に忌み嫌われる姿だったと自覚していた侯爵はスコターディノーチェの魔力が妖精族寄りなのだと分かると一族の恥とばかりに彼女の魔力を封じた。
侯爵はとりあえず長女が生まれた届けはしたが、病弱で外にも出せないとした。
名前も適当に付けられた。
魔力を封じられた貴族令嬢など何処にも出せずスコターディノーチェは家族にとっての奴隷だった。
「魔力なしの出来損ない。」
容姿変容に苦しんでいた弟妹が魔力を安定させると挙ってスコターディノーチェを罵り始めるのは当たり前のことだった。サガン侯爵は、生まれつきスコターディノーチェには魔力がないのだと弟妹達に説明していた。ラーネポリア王国に住む誰よりも魔力の少ない存在、つまり価値のない、いずれはサガン侯爵から除籍し追い出す存在だとも告げていたた。
スコターディノーチェは、言葉を知らない。魔力を封じた後に念のためと舌を切り取られたのもあるが、何より教育を受けていない。相手の言葉が分からないので、反応が遅いと殴られたり蹴られたりした。
使用人の中にも彼女が侯爵家の長女だと知っている者も少ない。
いつもボロを纏った、汚い子供。
敷地内の隅にある小さな小屋が住まいで、封じられているものの元々のポテンシャルがよいために死ぬことはないが常にひもじく、悲しいと言う感情が根底にあった。
暇あれば憂さを晴らすためにやってくる弟妹達に自分はそういう役目なのだと教え込まれた。
姉と言うのは、弟妹の憂さ晴らしのために存在するのだと。
スコターディノーチェは、言葉が分からないなりにそう理解した。
「魔力がないのは可哀想ね、私達みたいに卵も持てないなんて。」
ある日、妹が掌大の白い卵を見せびらかすように持ってきた。
「これはね、使い魔の卵よ。未だに卵があんたの所に来ないのはやっぱり魔力がないからなのね、ホント、お隣のゼノア国にでも行けば?」
スコターディノーチェの視線は卵に向けられていた。妹は迎えに来た兄に彼女が卵を奪おうとしたと嘘をついた。
スコターディノーチェは弟の火魔法で全身を焼かれた。
悲鳴を上げて転がる彼女を見て弟妹達は嗤い声を上げた。
「そんな姿になっても生きてるのね、ざーんねん。」
そう言って弟妹達は去って行った。
全身が焼かれ、髪の毛も失くなった。皮膚の焼ける臭いがした。
封じられても身の中に宿る魔力がスコターディノーチェを死なせてくれない。
こんな姿をさらしたら、あの父親とか言う男が更に酷いことを自分にしてくるに違いない。
彼女は這うように小屋の裏へと移動した。
『何をしているの?』
草むらに倒れていた彼女は声がしたので目を開けた。
目の前に浮かぶ球体。少し縦長のそれは星空のような深い青色に金や銀の粉をふりかけた美しいものだった。
『その腕輪がやっと壊れたから、あなたを見つけられたのに、』
スコターディノーチェは、自分に填められた魔力封じの腕輪にヒビが入っていることに気付いた。
(壊したら怒られる、どうしよう……、)
腕輪を見てまず思ったことは、侯爵からの体罰である。
『怪我のことより、腕輪の心配なの?』
球体にヒビが入る。
中から出てきたのは小さな黒い蛇。
蛇はクネクネと体を揺らして小さな少女の焼けただれた頬を舐めた。
痛みが引いた。
『魔力の使い方も知らないあなたに私が教えてあげる。ずっと一緒にいてあげる。』
(どうして?自分と居ては、あなたも痛い目に合わされる。)
自分はそういう役目なのだと思っているからスコターディノーチェには耐えられるが、この闇色の月の光でキラキラ輝く美しい鱗が傷付くのはイヤだと思った。
『あなたの瞳が私好みなの。大丈夫、私と女神様達が守ってくれるわ。』
女神様と蛇が言った瞬間、か弱い少女の姿は小屋の裏から消えた。
優しい手が頭を撫でる感触に目覚めた。目の前にはとても美しい女性がいた。
うっすらと青い髪をした女性がニコリと笑う。
「目が覚めたかしら?」
白を基調とした殺風景な広い部屋だったが少女は優しい風を頬に感じ、何故かポロポロと泣いてしまった。
「おいおい、泣かすなよキュアノエイデス。」
少し勇ましさを感じる声がした。
紅い髪につり目の美しい女性がいた。
「エリュトロンったら、声が大きい。びっくりしたよね、泣かなくていいのよ?」
左側から声がして振り向くと金髪の可愛らしい感じの女性に頬を撫でられた。
「クリューソス、診察するので離れなさい。」
「えー、アルギュロスのけち。」
見事な銀髪の美女が涙を拭う。
「スコターディノーチェ、何があったのか覚えているかい?」
知らない名前に首を傾げた。
「私達が付けたあなたの名前よ、スコターディノーチェ。」
「な……まえ?」
名前ってなんだろうと少女は思った。声も出た。思わず喉を押さえた。
「舌は治したわ。ほんと、酷いことをする。」
「にしても、そうか、なるほど、そこからか。」
ガシガシと頭を掻きながらエリュトロンが近付く。
「人として学ぶべきを学び、楽しむべきを楽しみなさい。」
女神の言葉に答えるようにスコターディノーチェは多くを学び吸収していく。封じられていた力は魔族の持つものでも妖精族のものでもなかった。
「女神様の力?」
掌を見つめる。
あかぎれや泥で汚れていた手はもうない。焼け爛れていた体も痛くない。女神の力で癒された。
『月の乙女、巫女の力よ。』
頬に擦り寄ってきたのは小さな黒蛇。
「ロロ。」
スコターディノーチェは、黒蛇に名前を付けた。
女神達の母である常闇の女神の眷属である黒蛇に“ロロ”と。
そのロロが選んだのが今にも死にそうな少女だった。
『スコターディノーチェ、私はあなたの清らかな魂が好き。だから、守ってあげる。』
「私もロロが好き。だから、私もロロを守るよ。」
そんな二人を暖かく見守る女神達。
「可愛すぎる。」
「もうすぐスコターディノーチェは地上に帰るのよ?」
「私達の加護があれば、大概のことは大丈夫だけど、」
「生涯を通じてスコターディノーチェを守ってくれる存在が必要よ。」
女神達は考える。
ふと地上を映す水鏡を見てみるとラーネポリア王国の城が見えた。
「ラーネポリアの国王の所には息子がわんさかいたな。」
長男、四男、六男、七男、九男、十男の元には卵が現れていた。
「王家の元に我らの眷属であり、ロロの番を送ろう。」
「ちょうど、年の頃も合い、エリュトロンの眷属の子孫の血を引いた者がいたはずよ。」
こうしてスコターディノーチェの相手として選ばれたのがルキリオ第三王子だった。




