伝えられるなら
アカシアは、容姿の変成期に入っているカエデと対面した時、公爵一家に似てない、なんて醜い女の子だろう、大きなアンバランスな角が滑稽だし、自分の方が公爵家に相応しいと思った。
ならばいつものように自分を好きにさせて立場を譲るよう、身を引かせようと考え、いつものように願ったが抵抗された。公爵家を訪ねた時に公爵一家からの抵抗は感じなかった。感じたのは嫌悪感だったが、自分が心の中で強くお願いしたら、その嫌悪感は霧散した。なのに、目の前のカエデは真っ向からレジストしてきた。抵抗などされたことのないアカシアは腹を立てた。
だから、ここぞとばかりにカエデの容姿を貶め、論った。
カエデはアカシアの魔力の質が自分には合わないと思い、抵抗した。一度目の抵抗はうまくいったが、第二波がくるとは思わず、魅了の反転魔法に掛けられてしまった。
アカシアが反転魔法を使ったのは無意識だった。自分を好きにならないカエデが許せずカエデが部屋から出てこれないように願った。願うと簡単にカエデを貶める言葉を彼女に吐くようになった。アカシアが何か言う度に引き籠るカエデ。楽しくて仕方なかった。
魔界では、高位貴族や魔力保有量の多い者は自分が魅了に掛かる筈はないと高を括って油断する。魔力保有量の少ない者を下に見ることが成り立っているから、魅了魔法のように他人の感情を利用しての支配魔法は実力主義の魔族にとっては忌避するものとされている。魅了魔法の担い手の多くは魔界での地位確立のために魔法以外の能力を伸ばそうとするが、一部の者は逆に躍起になって術の精密化をはかろうとする。
前者は魅了魔法を極力使わなくてよい環境作りを目指し、後者は精度によっては対象の感情をコントロールする術まで身に付けてしまう。
それを無意識で行う者もいる。アカシアは幼い頃に魔力が安定し相手の好意を操る術を身に付けた。
掛けられた者は注がれる魔力が弱いなら自動抵抗出来ていると思い込み油断してしまう。
レンリルの語ることに術に掛けられている者以外は息を飲む。
しかし、魔法に掛けられている筈などないと思っているオリバ達生徒会役員は騒いでいる。
「オリバ、以前のお前なら出禁の娘が恋人だとしても連れては来なかっただろう。」
叔父の言葉。
「叔父上、何を言ってるのです!アカシアこそ、レンリル殿下に相応しい真実の愛で、む…すばれ?あ、えっ?」
オリバはアカシアから飛び退く。
「オリバ様?ア、アカシアを信じて下さい。」
アカシアは彼に手を伸ばす。
しかし、寸でのところでオリバは気を失った。
「君に良いものを上げよう。」
レンリルの護衛がアカシアに豪奢な腕輪を着けた。
「な、何?何よこれ!!」
バタバタと倒れる生徒会メンバー達。
「腕輪を箱から取り出したことで、君からの魅了魔法の供給が途絶えたんだよ、彼等の魔力が彼等の精神と体を守り、修復するために強制終了させたってわけ。此れからも君は魅了魔法が使えるけど、今までかけた相手には通じないし、此れから君が新たな者に掛けようとしても、君の魅了魔法のことは多く知れ渡るから相手も必死に抵抗するだろう。」
アカシアは腕輪を外そうとするが外れない。
「それ、私の弟の特別製、君程度の魔力じゃ外れないから。」
このままでは、レンリル殿下の歓迎会は続けられないと第三王子は判断した。
第三王子は、力なくしゃがみ込んでいるアカシアに声をかける。
「この歓迎会の2時間前にあなたの父上と母上の離縁が受理されたそうだ。」
先程席を離れ耳に入れた情報だ。
「えっ?」
「君は、母上の籍に入っていたので、2時間前から、あなたは平民だ。なので、高位貴族の多くの子息、令嬢に魅了を使い、学園を混乱に陥れた罪を償ってもらうよ、あーと、魅了魔法は掛けられた方がバカなのはともかくとして、君の行動は余りにも目に余るから、陛下直々に対処する命が下っているから、そのつもりで。」
自失呆然としたアカシアが連れられていく。それを見送るカエデとレンリル。彼の手はカエデの体を支えている。
「彼女は多くを望みすぎた。望み、その望みのために努力する方法を魅了魔法に頼りすぎたんだ。カエデが気にすることはない。」
その後、第三王子に正式な謝罪と何か希望することはないかと尋ねた。
「では、一刻も早くカエデをラーネポリアに寄越して下さい。」
レンリルの答えだった。
「えっ!!」
驚くカエデにレンリルが真剣な顔を見せる。
「ご家族が君を愛しているのは本当だろう。けれど、幼い頃に、あの母親から生まれたアレを君に不用意に近付けた。」
アカシアの母親のことは、親世代の者なら知らない者はいない。
ちょっと調べただけで知ることができた。それも公爵家への罰だった。
公爵家の過去一番の醜聞と言われる事件だった。当時の女王はかの女に更正の機会を与え、魅了に掛けられた公爵家次男に罰を与えた。
単に原因が高位貴族にとって掛けられるのが恥とされる魅了魔法にあったための処遇である。
現女王を貶め兼ねない言動で社交界を混乱させたアカシアの母親。
時の公爵家子息はかの女性を忌避していたが薬品開発中の事故で昏倒したところにかの女の魔法に晒され魅了される結果となった。
「公爵家はアレの母親に慈悲を与えた。女王の命だったのかも知れないけれど、アレの性質を見誤った。アレの母親は魅了魔法の天才を産み出していた。魔法を封じられた腹いせにアレを育て上げた。その執念を明るい将来のために使えばいいのにね。カエデがまだ暫く家族の元で過ごしたいなら我慢するけど、一度たってしまった噂は中々消えないものだよ、王家が否定してもね。君のことを誤解した国で今暫く過ごすより、新たな世界で生活を始めたらどうかなって、今すぐじゃなくても、そうだな、ティエリア姉様の留学終了と共にラーネポリアにおいでよ。」
突然の申し込み。
ティエリアの留学が終わるのは、一年後だ。
「……か、家族と相談を……。」
「うん、いい返事を待ってる。大好きだよ。」
自分だけを見つめる熱を帯びた眼差しに胸の奥がキュッと締まる。
出会った時からずっと思いを伝えてくれていた。手紙でもタマモからの言伝てなどからもレンリルの素直な気持ちはカエデに届いていた。
『カエデが決めたらいい。けど、レンリルの側にはレインがいる。レインがいればカエデをもっと守れる。』
番だと言う管狐のレインがタマモに寄り添っている。
アカシアの策略に嵌まり自信を失っていたカエデをいつも助けて、時に叱咤してくれたタマモ。
“使い魔さん達のお医者さんになりたい。”
もし、レンリルに婚約解消を告げられたら、父に申し出る予定だったこと。ラーネポリアへの予習と合わせて自己学習していた魔獣医のこと。
ラーネポリアは魔族以外にも沢山の種族が暮らしていて、使い魔の研究も盛んだ。レンリルのことがなかったら、是非その道に進みたいと考えていた。
「ラーネポリアで、魔獣医の勉強を許してくれるなら。」
言ってからハッとなりレンリルの顔を覗き込む。
上目遣いのカエデにレンリルが敵うわけなく。
「うん、もちろん。使い魔のお医者さんなんて、カエデにぴったりだ!」
嬉しそうなレンリルにカエデも思わず微笑む。
それを見たレンリルが撃沈したのは当然だった。
(この気持ちを伝えられたなら、いいのにな。)
カエデは胸の中の小さな焔に呟いた。




