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長くなりました。
「この度は、私のために、このような会を開いて頂き、まことにありがとうございます。」
まだ幼さの残る青年はにこやかな表情で挨拶をする。
ここは、魔界城の西側にある庭園。
成人したばかりのレンリルとまだ成人ではないカエデのことを考えた魔王は、同年代の子息のいる貴族を中心に招待していた。
大概はラーネポリア王国と取引のある貴族や商人の家族だ。
アカシアの取り巻きとしてカエデをよく思っていない学園の生徒会メンバーも同年代枠で招待されている。
彼等の親達は上位貴族であり、アカシアさえ居なければカエデに害はないだろうと魔王側の事務次官は考えていた。彼の甥っ子が生徒会長であることも関係していたし、何より甥っ子から聞くカエデの悪評もあり、学園にも通わず引き籠りの彼女を一度見てみたかったのもあった。
名門スメラギ公爵家の汚点と学生の中で広まっている噂。公爵閣下及び、実姉である王太子妃はお怒りでだと甥に言ったが真実は自分達にあると強気だった。
問題を起こさないと約束出来るならと同年代枠での参加を認めた事務官は一抹の不安を感じながら催しを見守っていた。
簡単な挨拶を終えた王太子夫妻が引き上げ、魔界側のホストとなったのは、外交を担う第三王子。
レンリルよりも2つ年上である彼はカエデの兄と同級生でアカシアを招待しなかった部下に当然だとした。
義姉は従姉妹であるアカシアの社交界デビューを認めていない。
それはお茶会のようなものでも当てはまるらしい。
第三王子にもアカシアについての報告は上がっている。卒業後の学園の様子がおかしいことも。
客観的に見ても親友の従姉妹であるアカシアの評価は容姿が良いだけの成績の芳しくないご令嬢だ。
学園では人気があり、今日この会に来ている生徒会長等もアカシアの味方らしい。
と言うか、未来の官僚候補が軒並み魅了魔法に囚われているってどうよ?本人達は自分達が魅了されていることを頑なに認めないらしく、解呪のために休学させられている令息もいるらしい。勿論、アカシアの親である子爵には苦情が寄せられていて、その結果のアカシアの軟禁に魅了に堕ちた各子息令嬢の親達はホッとしたものだった。
魅了魔法は、己で気付き解く意志がなければ意味がない。と言うのが魔界の定石だ。敢えて魅了にかかることで円満を歌っている夫妻もいると聞くが、あくまでも一対一である。
アカシアのように一対多数の構図は珍しい。
上層部の中には、魔族をよく思わない人間主義の国にアカシアを送り込めば滅びるのでは?などと言う者もいるほどである。
初めて目にしたラーネポリア王国のレンリル王子は涼しげな目元が印象的な青年で話題も豊富。
将来的には国王となる兄を支えるに相応しい。しかも、まだ少年であった頃から大鎌を使いこなし魔物と戦うことも厭わない剛の者でもあると言う。どちらかと言えば華奢な印象の彼の何処にそんな面が想像できるのかと疑う者もいたがレンリルは一向に気にしていなかった。
第三王子は、彼がスメラギ公爵の令嬢と婚姻するのは国としても僥倖だが、レイブから聞かされていたようなカエデ嬢への悪辣な噂に胸を痛め魔界にきたのだと兄から聞かされた時には、ゾクリとしたものだ。
レイブはあの頃、噂を強く否定していなかった。仕方ない妹なのだと苦笑していたのは魅了されていたからだと今なら理解できる。対してレンリルはカエデ嬢に対する噂でもって己の娘をその地位に置こうと考えた官僚の一人を鼻で嗤い、あなたもある意味魅了魔法に毒されていると言って退けたのだ。第三王子はレンリルの思いを見たように感じた。
カエデ嬢の兄レイブは現在ネガティブキャンペーン中だ。
従姉妹からの魅了魔法に気付かず実の妹を苦しめてきたことを自覚したからだ。
名門スメラギ公爵家の令息が従姉妹とはいえ格下の令嬢の魔法に掛けられていたのだ。
猛省したレイブは己を戒めるため魔物多発発生地帯に遠征に出掛けている。
アカシアに現段階で会ってしまうと再び魔法にかかってしまう可能性があるためアカシアが決して姿を現さない場所に逃げたとも言えた。
アカシアは学園以外に、公爵家、そして王城の一角にある騎士団の鍛練場によく姿を見せていた。王立騎士隊所属の騎士は若い娘に人気があり、見学していたのはアカシアだけではないので珍しいことでもない。
それに鍛練中の騎士は常に若い娘達の魅了魔法に晒されており耐性が強い。レイブは騎士団のエースで第三王子の側近と言う立場だが魅了されたのは主に気を抜いていた公爵家でのことだから騎士団長に呆れられはしても叱責されることはなかった。
王太子の側近であったら、今頃降格であった。
「王立魔界学園の生徒会長をしております。父は外交官として勤めております、カイジンの・タカノが息子オリバ・タカノです。本日は、殿下にお会いできて光栄です。」
側にいる若者も挨拶をしていく。
「ラーネポリアとの交易を今後も続けたいと父が申しておりまして、」
熱意を感じるオリバの言葉。
「つきましては、殿下に是非引き合わせたい者がおります!」
オリバの言葉に反応したのはホストの第三王子の側近だ。
王子は所用で席を外している。
「オリバ・タカノ、突然、そのような申し出は、」
言い切る前に声が遮る。
「わたくしが、殿下にお会いしたかったのです!オリバを責めないで下さいませ!」
生徒会役員の後ろから出てきたのはピンクブロンドの愛らしいアカシアだった。
側近は、アカシアのことは王子より聞いていたが容姿を知らなかった。
しかし、この魔界においてピンクブロンドの髪は魅了魔法の使い手との研究が近頃発表され、王族を守る近衛騎士としての役も兼ねていた側近は理解していた。
(と言うことは、この娘がアカシア・スメラキ子爵令嬢!)
一瞬遅れた反応。
アカシアは、前に出た時に少し躓き、レンリルに抱き付いた。
「も、申し訳ありません、殿下。」
上目遣いのアカシアにレンリルは笑みを返す。
「大丈夫ですか?」
「あ、足を痛めたかも、でも、殿下にお会いしたかったのです……。」
「何故?」
見つめ合う二人。
レンリルの護衛と第三王子の側近がアカシアを退かそうと前に出ようとするのをオリバらが阻む。
「何をしている!不敬だぞ!」
アカシアはレンリルの手を取り引き寄せていた。
「えーと、私はどうすればよいのかな。」
気が付けば着替えさせられ転移魔法で登城した先には長姉がにこやかに立っていた。
「モ、モクレン姉様……、はっ、王太子妃様。」
慌ててカーテシーをする妹に頭を上げさせる姉。
「やっと来た。久しぶりに妹の顔を見た気がするわ。」
昔と変わらぬ優しい微笑みでカエデの頬に触れる姉。
「ごめんなさいね、アカシアのこと、レイブのアホのこと。」
「姉様……。」
「私達がアカシアを貴女に近付けさせないようしていたことが誤解させてしまって。」
姉から今までのアカシアの言動について家族が気付いていたこと、いつかカエデから本当の気持ちを言ってくれる機会を待っていたこと、それすらも出来ない程、カエデが幼い頃から悩んでいたのに気付かなかったと謝られた。
「泣かなくていいの。幸せにおなりなさい。」
お茶会の方に目をやるとアカシアがレンリルに触れている。
「再三に渡る本家からの忠告を無視する分家などいらないとお父様は考えてらっしゃるわ。今頃アカシアが屋敷に居ないことにお怒りでしょうけど、分家の解呪によい後押しになるでしょう。本家だけでなく、アカシアの軟禁は王家からの命でもあったから。さぁ、行ってらっしゃい。」
そう言われてもレンリルとアカシア、周囲の雰囲気に飲まれそうだ。
「レンリル殿下を信じなさい。」
とんっと背中を押されてカエデは足を踏み出した。
「君がアカシア・スメラキ子爵令嬢か。」
顔は笑顔だが目は笑っていない。
一瞬アカシアの背筋が冷えたが今日この日のために苦手な魔力操作の鍛練を行ってきた。
カエデへの洗脳は彼女に気付かれてから上手く進まずに終わった。
同じ年に生まれた従姉妹。
何もかももって生まれたカエデ。
初めて彼女に会った夜、アカシアの肩を抱きながら聞かされたのは、
「何故、お父様は子爵なのか、愛するお母様と結婚するためにスメラギ公爵家の後継から身を引いたのだ。」と言う母親の言葉。
カエデの父親よりも優秀だったのに伯母の策略にのせられ後継から外された父親。
確かにカエデは皆が憧れる可憐な姿をしていたし、大きな角が魔力保有量の豊富さを物語っていた。
自分の姿が醜く感じたアカシアは母に泣きついた。
「アカシアは、誰よりも素敵な魔法を持っているわ。お母様と同じ。みーんなアカシアのことが好きになる魔法よ。」
母親の言葉をアカシアは信じた。
父親は、あまり家には居ない存在だったが、美しい父親をアカシアは気に入っていた。しかし、容姿以外はあまり好きではなかった。
幼い頃には感じなかった父からの拒否感を覚えてからは、屋敷に寄り付かない父親への関心は薄まった。
母親の立ち居振舞いを手本にしつつ、自ら美を磨き、いつか高位の令息に嫁ぐためには、父親の言うとおりある程度のマナーは必要だろうと習得への拒否感はなかった。学園に入ると皆がアカシアを讃えてくれた。引き籠りとなったカエデとの関係について、皆の想像力を煽った。
そうしている内にレンリルの存在を知った。
カエデよりも私の方が相応しいと母も友人もカエデの実の兄であるレイブもアカシアを持ち上げた。
しかし、ある日突然屋敷に軟禁された。父は困った顔をするばかりで母の姿もない。レイブとも連絡が取れなくなった。
自分をこの窮屈な生活から助け出してくれるのはレンリルだけだとアカシアは思うようになっていた。
長くなった。




