STAY
ザ・こじらせ女子
カエデは、幼い頃、角のバランスは悪かったがとても愛らしいと言われる少女だった。
園遊会が終わって、レンリル王子の婚約者となっても“愛し子”と言う付加価値も合わさって周囲からはモテ囃された。
見合いをした年はラーネポリア王国へ数回赴きレンリルと交流をしたが、本格的な淑女教育の始まりや年齢による魔力変化と共にラーネポリア王国への訪問は減り、レンリルも第二王子としての教育の為、魔界を訪れる機会がなくなり、二人の交流は手紙のみとなっていた。
(会ってたら、レンリル様も私に失望したかな。)
14歳のカエデは今日もため息を吐く。
角の大きさが縮まるのと比例して見た目の変化が起こる魔族。その変化は、カエデを悩ませていった。
(自分の容姿がここまで下方修正されるとは。)
カエデは成長するに従ってパッとしない容姿になった。
ふわふわで触り心地の良かった金髪はくすんだ茶色の直毛に。透き通り宝石のようだと言われた緑の瞳は濁ったと言って差し支えない、本人曰く“ドブ色”になってしまった。
モテ期も気が付けば終了した思春期、ちょっぴり意地悪な兄に、可愛い頃にレンリル様と婚約しといてよかったなとか言われたことはカエデの心に小さな傷を作った。
こんな普通になってしまった自分が情けなくレンリルには申し訳ないが、自分は“愛し子”だし、国と国を結ぶための大切な契約の下、成立した婚約は簡単に破棄は出来ない。
この考えは、カエデにしつこく燻るようになる。
レンリルとの婚約がなくなれば、その後の自分が求められる理由は、魔界の有力公爵家との縁か“愛し子”としての本当の政略でしかないだろう。
引きこもった部屋の窓から外を見ると兄弟と従姉妹が楽しそうにお茶会をしていた。
あんなにモテて、ちやほやされていたカエデととって変わったのが従姉妹のアカシアだ。
柔らかなクリームみたいなふわふわの髪に透き通った緑の瞳。
幼い頃にカエデが自慢にしてた容姿をしているアカシア。
『従姉妹に容姿を奪われた憐れな姫。』
さすがにそんな噂があると知った時は意地悪な次兄も憤ってくれたが、カエデはすっかりひねくれた引きこもりになってしまった。
学園の小等部にもろくに通わずにいたが、貴族には14歳になるまで家庭教師による教育を受ければ学園に通わなくてもよい決まりがあるのにはホッとした。
引きこもりの一端を担った兄は後に家族に吊し上げられた。
このまま一人淋しく死んでいくんだと思ってたカエデは、もじゃ男くんことレンリル様の存在を思い出した。
レンリルが、上方修正したとは思ってなかったカエデは14歳になった時に送られてきたレンリルの姿絵を見て驚いた。この男前は誰だ?と。
ばあやに確認すると成長したレンリルで間違いないと言う。
魔族は自分の姿が安定するまで、遠く離れた婚約者に姿絵は送らない風習がある。
幼い頃、お見合いが開かれたのは、ダークエルフの血を濃く受け継いだ第一王子を基準にしているため、魔族の血が濃い王子達のことはスルーされたのだ。
もちろん、魔族の特性については説明されており、カエデとて同条件だとされた。
人は見た目ではなく魔力保有量と心根だとレンリルの姿絵を見た家族全員に言われた時は家出しようかと思った。(あくまでもカエデのネガティブ思考からくる感想である。)
7歳を最後にレンリルとは対面していない。最後に会ったレンリルはようやく背がカエデよりも2cm高くなり、もじゃとした頭から出た角の面積が小さくなったくらいだった。
「とてもカッコいい方ね。」
レンリルの姿絵が届いた時、アカシアが来たと知り咄嗟に逃げたカエデは魔術を使い頬を染めて言うアカシアを盗み見し、嫌な予感がした。
この従姉妹はいつの間に公爵家に居座るようになったのだろう。
気が付けばいつも公爵家にいる。引き籠りのカエデを心配してとのことだが、幼馴染みとは言えそんなに関わりはなかったはずだ。
見た目が代わり始めた頃に公爵家に初めてきた父方の親戚。
同い年と言うことで一緒の部屋で遊ぶように言われたがどうも話は合わなかった。そして気付いたのだアカシアといると気分が、気持ちが落ち込むと。自分が無価値のように思えると。
特にカエデに隣国の王子の婚約者がいると知ってからはあからさまに自分を卑下する言葉を言いながら、カエデを羨む言葉を吐き始めた。
[この子がいる所には居たくないな。疲れる。私が不細工なのは分かってるんだから、そこまで言わなくていいのでは?]
アカシアを嫌いながら、彼女のネガティブキャンペーンにすっかり自己評価が低くなってしまったカエデ。
この頃から、公爵家の女子達はアカシアの怪しさに眉を潜め始めていた。
ある日、珍しく部屋から出たカエデは王城に隣接する図書館へと出掛けた。
15歳になったレンリルの魔界訪問が決まったからだ。先日送られてきた二枚目の姿絵は訪問を知らせる前触れだったらしい。こちらは未だに姿絵を送っていないのに何も言ってこないのは、ラーネポリア王国側に自分の不細工さが伝わったいるからだとカエデは考えていた。
引きこもり、暇をモテ余していたカエデはかなりの読書家で、公爵家にある全ての蔵書を読み終えていた。
幼い頃は言葉の意味も難しかったが、辞典を頭に入れれば理解出来るようになった。
カエデは一度読んだ本なら一言一句間違えず記憶出来る。
特殊能力と言っていい力で魔界の高等科を14歳の年には卒業していた。
見た目が残念ならせめて知性を身に付けようとした彼女なりの努力だったが、送られてきた絵姿に自分ではレンリルの横に並べないと考えた結果でもある。
(レンリル様が、王太子でなくてよかったと思うべきかしら。)
きっと義姉になるティエリアやレンリルの弟達の婚約者は見目麗しく王族として広報は任せられるだろう。
同年代とコミュニケーションが取れないカエデは魔界王立学園の卒業資格を父親が権力を駆使して手を回したお陰で得ている。
飛び級が許されていない魔界の学園で公爵がゴリ押ししたのは、学園に入る前から自己肯定感が謎に低くなり、引きこもりになった娘が同じ年頃の子供達を避けるようになったこと、娘の特殊能力を誰に遠慮することなく伸ばすためだ。
自分はとても優秀で価値のあるんだと認識してほしかった親心でもあった。
「何時からカエデは、あのように卑屈に?」
カエデのいないサロンでの家族会議。家族の長である父の言葉にちょっぴり意地悪な兄が答える。
自分がカエデの容姿を揶揄ったこと、学園のサロンでそれを面白可笑しく口にしてしまったこと、それが噂となり、幼稚舎に通うカエデの耳にも入ってしまったことを。
「まだ、変化の途中だったカエデが気にする必要があるか?どのようになるかなんて、誰にも分からないことだ?」
魔族の変化は5歳過ぎから2年程かけて起こる。
ふわふわだった髪の毛が落ち着き始め、角が小さくなってきた自分を何故か悲しそうに鏡で見ていたカエデ。
「引き籠ったカエデを毎日のようにアカシアが訪ねて気を紛れさせてくれているようだったけれど。」
従姉妹のアカシアは、父の弟が継いだ子爵位の令嬢だ。
「あら、そんな毎日来てたの?」
「アカシアは、マジ優しくて、可愛いよな!この間なんか、カエデが会ってくれないって泣いてたんたぜ、」
少し残念そうに語る次男。
「それは、当然でしょう、わたくしがアカシアがカエデを訪ねることを禁止すると皆に伝えてあるのですから。」
「えっ?何で?学園に来られなくなったカエデを心配してくれてるんだぜ?ほら、カエデはちょーっと見た目がアレだから、可愛いアカシアが皆から守るって、一緒に登校しようって言ってくれて……、」
次男の言葉を冷たい笑顔で見守る母と姉妹。
「えっ?」
視線がかなり冷たい。
公爵家の嫡男は苦笑しているが、次男はわかっていないようだ。
「カエデの何がアカシアに劣ると言うのだ?それに、カエデは頭がいいからな、学園はとうに卒業しているぞ、お前と違って。」
父の公爵が呆れたように言う。
「レイブ、あなた……よもやアカシアに魅了されたりしてないわよね?」
姉の言葉に次兄の頭の中に疑念が生まれる。
「もしかかっているのなら自分で抵抗出来なかったマヌケだぞ?周囲にバレる前に処理しろよ。」
兄の言葉に次兄は顔色をなくす。
カエデにとっては姉である次妹の言葉に母はコロコロと笑い、父と兄は苦笑している。
「とにかく、カエデとアカシアを会わせる予定は今後もないと理解して頂いてますわね、あなた?」
夫人と娘からの圧に頷くばかりの公爵だった。
しばらく、リアルのライブに備えてお休みします。