流星群
幾分魔力が復活したジュンリルを連れて王子達は王城へと戻った。
出迎えた侍従長の案内で入った部屋には父親であるラインハルト国王を始めとした家族が勢揃いしていた。
「ジュン兄、」
まだ顔色の悪いジュンリルに近付いたのはタクリオとケイリルだ。
すかさず魔力回復のための魔法陣の書いた札を額に張り付ける。
「痛っ、もちっと、丁寧に。」
緊急の場合以外で回復魔法や魔力の譲渡は兄弟間で禁止している。
先程ルキリオがジュンリルに魔力を渡したのは緊急避難処置として許された。
「心配させた罰だと思って。ジュン兄、何があったか教えてくれる?」
聖女とのやり取りは魔道具で見ていたが細かいやり取りまでは分からなかった。
「ショーセが、あの女から嫌な気配を感じるって言ったんだ。」
ジュンリルを座らせ、ケイリルが彼の手首にケーブルの付いた腕輪を付ける。
ケイリルの発明した魔力の異常を測定する魔道具だ。
よく見れば、座っているショーセの顔色も悪い。
彼は、人の感情に敏感だ。
嫉妬や恨みなどの悪感情に特に過敏で幼い頃は能力をコントロール出来ずによく倒れていたものだ。
通りすがりにショーセの頭を撫でるショーンも指定の席に座った。
「無理をしてはダメだと先程叱ったばかりです。」
レンリルの言葉。
弟達への教育方針として、ショーンとレンリルで飴と鞭を担当している。
「あれが、気持ち悪い気配を纏って国境を超えてきたから、」
ディック王子と聖女がラーネポリア王国に来ると分かった日からショーセは、何かモヤモヤしていた。
そのモヤモヤをショーセにだけ打ち明けていた。
双子のショーヤと違い、ショーセは5歳になるまで病弱でよく寝込んでいた。
枕元に現れた卵に彼の魔力が吸われていることが原因だと分かったが、卵を害するとショーセにどんな悪影響が出るか分からないため、親、兄弟達は彼と卵を見守るしかなかった。しかし、卵が孵って生まれてきたのが魔物ではなく、精霊だと分かると別の意味で騒がしくなった。
卵から精霊が生まれるなど文献レベルのことだったからだ。
母ミライア妃は、その文献を調べあげた。特に実家である妖精界を何度も訪ね、文献を読み漁った。
精霊は、普通使い魔のように卵では生まれない。
妖精界の最奥にあると言う神泉で生まれるのだが、生まれる時に運命の神が稀に試練を与えることがある。
それが、神泉以外からの誕生だ。
神泉以外から生まれる場合、周囲の魔力や人々の愛情がなければ精霊は死んでしまう。なので、精霊とは知らなかったがショーセは自分の枕元に卵が現れた時、物凄く嬉しかった。大事に大事に育てたいと心から思っていた。
ショーセにとって、自分の卵は、誰の卵よりも美しくて特別に見えた。
「大っきくなりますよーに、元気に生まれてきますよーに!」
どんなに体調が悪くても毎日抱いて寝ていたし、流れ星に願ってみたり、声をかけていた。そして、精霊もショーセの愛情に答えよう、元気に生まれようと思った。
お互いが、無意識に魔力を送り、吸い上げていた。
卵が孵ると同時にショーセの体内の魔力が安定しはじめたことに家族、特にミライア妃とショーヤは喜んだ。
しかし、ショーセの体調不良は中々改善しなかった。
人の感情に敏感なショーセは、精霊と心を通わせたことで“さとり”と言う能力を手に入れていた。
貴重な能力にラインハルト国王は彼の安全を第一に“さとり”を秘匿することにした。
病弱な王族、人の血が濃すぎるからではないのか、本当に国王の息子か、生命力をショーヤ殿下に奪われたのではないか、幸いにも殿下方は他にも10人いる。一人死んだところで問題はなかろう、沢山の人の特に悪意は彼を苦しめた。
好き勝手言う者達からミライア妃はショーセを遠ざけた。
せめて、醜い声が聞こえないところを探さねばと。
ミライア妃を始めとした親達は、彼のメンタルが壊れぬよう、“さとり”と呼ばれる力のコントロール方法を見つける必要を感じた。
人が口から発する言葉と違う言葉が同時に脳裏に入ってくることは、幼い体に負担を強いるからだ。
母ミライア妃は、ショーセの能力に誰よりも早く思い当たり、妖精界から“さとり”の力を持つ者を呼び寄せ、彼にショーセの師になって欲しいと願った。
「私は、殿下ほどの“さとり”ではありません、それは、私の使い魔が魔物だからです。けれど、」
ショーセの師匠となったエルフは、人の感情が穏やかな土地での修行が大切だと言い、幼いショーセは5歳から10歳までの5年間、家族と離れて過ごすことになった。
人の心を悟ってしまう幼いショーセに、“気持ち悪い”“こわい”と言う感情を向けた大人達がいた。その感情はショーセに『この力は忌むべきもの、人の感情を悟っても言葉にしてはいけない、』と思わせた。
だから、家族と離れて妖精界で修行すると言われた時は、とうとういらない子になってしまったとショックを受けたが、家族から流れてくる感情はショーセを気遣う優しいものばかりだったので、何とか飲み込むことが出来た。
旅立ちの前夜は、悲しくて泣いたが、その夜は、母を独り占め出来たし、皆を心配させたくなくて歯を噛み締めた。
けれど、妖精界での生活はショーセにとって思っていたほど、寂しくはなかった。
当時、既に存在していた通信用の魔道具で毎日家族とは顔を合わせて話が出来たし、やんちゃな兄弟達は、暇あれば妖精界に着てくれていたからだ。
皆の優しさがショーセに余裕を持たせた。
特に双子のショーヤ、同い年のカインとジオンは長期の休みになると必ず妖精界のショーセの所にお泊まりに来ていた。
お兄ちゃん達も忙しい勉強の合間によく来てくれた。
特に実兄のショーンは、王太子として誰よりも忙しい身であったにも関わらず、ふらっと現れショーセを喜ばせた。
“悟り”の力をコントロールするには、自分の感情に素直になること、思いを言葉に出すことが大切だと教わってからは、ちゃんと『淋しい』と言えるようになった。
10歳を越えた頃、ケイリルがこれまたふらっとやって来てショーセに一つの魔道具をプレゼントした。
放置すれば、周囲のあらゆる拾ってしまうショーセが少しでも楽に暮らせるようにと家族一丸となって開発した耳当てだった。
「戻っておいでよ、ショーセ。一緒に遊ぼう。」
ケイリルの本音。
10歳の誕生日。ショーセは師匠と別れ、ラーネポリア王国の家族の元に戻ったのだった。
そんな経緯のあるショーセがゼノア国の聖女が怪しい魔力とも言えない物を纏っていることに気付いた。そのことをショーヤに伝えて、相談した結果、何を考えているか探ってみるつもりだと語り、ショーヤは、危険じゃなければ、やってみようとショーセの行動を止めなかった。
「こーら、勝手に動いて。報連相大事だよ。」
ショーンの叱っていないような言葉にレンリルがため息を吐く。
「で?聖女は、何か言ってましたか?」
レンリルの言葉にショーセが言い淀み、チラリとルキリオを見た。
「どした?ショーセ……。」
何となくイヤな予感がするルキリオ。
「あの聖女、ろくでもない女だよ。ルキ兄、狙われてる。って言うか、ジュン兄にも、キャーキャー言ってた。ワケわからん。」