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19. 研究者



「出ろ」とイメージすると僕の目の前に現れる、色とりどりのバーや様々な数値が並んだステータス一覧。その半透明の表示板の右下に並ぶ数個のアイコンのうち、ベルのマークをしたそれをタップすると、僕の能力に関する通知の一覧を見ることができる。

『NEW!』がついたいくつかの新着メッセージうち3つはレベルが7から8、9、そして10へと上がった時のものだ。ここまではいつも通り。問題は、この次からである。


「チュートリアルクリア、だって……?」


 僕の言葉を聞いてそう呟いた研子さんがピタリと固まった。よっぽど衝撃的だったのか、数秒経っても研子さんは放心したような表情のまま動かない。


「ど、どうしたんですか?」


「……んん、す、すまない。とりあえず、私にもその通知を見せてくれないか?」


 言いながら研子さんは、かけているメガネのフレームを触った。僕のステータス表示は基本僕にしか見ることができず、ほかの人が見るには特殊な機械が必要になる。研子さんのメガネはその特殊な機械のひとつだ。なんでも僕の戦闘体のシステムに接続して視覚情報を共有する、らしい。


 僕の近くに寄ってきた研子さんに見やすいよう、表示を手元に持ってくる。


「『チュートリアルタスク:プレイヤー出雲春高のレベルを10に到達』達成により、チュートリアルクリア完了。条件達成により『チュートリアル権限:経験値ボーナス』消失、『プレイヤー権限』解放。プレイするゲームスタイルを選択してください。詳細は次の通知を参照……」


 メッセージを読み上げる研子さんの声がどんどん小さくなる。それに比例して目つきは鋭くなり、手を顎に当てて思考モードに入りかけている状態だ。


「あの、研子さん、意味がよくわからない言葉があるんですけど――」


「――わかっている。後でまとめて教えよう。次の通知を見せてくれ」


 研子さんに言われるまま次のメッセージを開く。さっきの文章にもあった、『プレイヤー権限』なるものに関する通知だ。これについても、わからない箇所が多々あった。


「『プレイヤー権限』:プレイするゲームジャンルを選択してください。選択可能なスタイルは以下の三つです。『アクション』、『FPS』……最後の一つは」


「文字化けしていて読めない……か」


 僕の後に続いた研子さんの言葉通り、シンプルな文章が書かれた表示板の末尾は文字化けが発生していて読めなくなっていた。書かれている内容の新しさはともかく、今まで文字化けなんて一切なかったのに、これは一体どういうことなのだろう。ただでさえ知らないゲーム用語(?)ばかりなのに……


 くつくつと、低い音が聞こえた。

 隣を見れば、いかにも楽しそうな顔(ただし表情筋は死んでいる)で喉を鳴らし笑っている研子さん。


「面白くなってきたな春高くん!私はね、こういうのを待っていたんだ。未知の能力が、劇的な変化を迎えるその瞬間を!!さあ、さっそく『プレイヤー権限』とやらに挑もうじゃないか!!――と言いたいところだが、まずはいつも通り増えたステータス表示の検証から始めよう。それでいいかい?」


「まあいいですけど……」


 知りたかったゲーム用語(?)の意味を知れるのが数時間先になるのが確定し、思わずため息が出そうになったのは秘密の話だ。


 ~~~


 今回のレベルアップで増えた表示は2つ。『防御力』と『スピード』だ。

 いつも通りだったら7から8、8から9、9から10へと三回分レベルアップしているわけだから新しい表示は3つになるはずだが、結果は2つだけ。推測だが、やはりレベル10が特殊なのだろう。それか、『チュートリアル』なるものがレベル10になったことにより終わったのと関係があるか。


『出雲春高 Lv.10  HP(250)███████ スタミナ(500)███████ 能力E(23万)███████ 攻撃力:220 防御力:250 スピード:300』、これが今の僕のステータスだ。

 HPやスタミナなど既存の項目の数値はわずかではあるが上がったレベルの分だけ増えており、それが少しうれしい。

 そして今回追加された2つだが、読んで字のごとく『防御力』も『スピード』も僕の防御力、スピードを表している。ただ、細かい基準はいろいろあるようで、例えば防御力だが、僕の身にまとっているもので数値が変わるみたいだ。何もつけていない戦闘体の数値が250で、僕がいつも使っている軽アーマーを装備すれば450に、そして重アーマーを装備すると650になる。スピードもまたそのときどきによって値が変わる。防御力ほど大きな変動はないが、動きにくくなればなるほど数値が少しずつ下がっていくのだ。これは前に上がった攻撃力も同じで、持つ武器が強いほど数字が大きくなる。

 また、防御力は僕の体の部位の最硬の部分の値、つまり一番厚いアーマーを身に着けたところの数字ということらしい。関節やアーマー以外の部分は対策をしなければ弱いままだ。そしてスピードは走力、瞬発力、空中機動力など、アクション全般に関する数値であることも、とてつもなく長い時間をかけて丁寧すぎるくらいに行われた計測、分析によってわかった。


「つ、疲れた……」


 体力的には全く疲れていないのに、精神的には激しく運動したとき特有の疲れが残っている感覚には未だ慣れない。

 書類やタブレットをどかしたソファにへたり込む僕に、目の前のデスクに座る研子さんがエナジードリンクを放り投げた。


「お疲れ様だね、春高くん。さあ、ステータスについてはあらかた調べ終わったわけだが……」


「はい、いろいろ教えてください」


「……なあ、君かなり疲れていないかい?少し休憩を入れてもいいんだがね?」


 パソコンのホログラムモニターを睨む研子さんが、ちらりとこちらを見て言う。


「よっ……ふう、そんなこと言ってられませんよ。教えてほしいって言ったのは僕ですから」


「――ふむ、君が気にしないというのなら別にいいんだがね……。それなら説明を始めようか。まずは、一番最初に君が尋ねた『チュートリアル』からだ」


 横たえた体を起こしながら研子さんの言葉に答える。

 研子さんはキーボードで何かを打ち込む手を止め、くるりと僕の方を向いた。


「チュートリアルとは、ゲームでよく使われる用語の一つだ。初めてゲームをプレイする人に対し、一番最初に簡単なステージや弱い敵を遊んでもらうことで、ゲームの操作や特徴に慣れてもらうことを指す。基本はチュートリアルの後がゲームの本番で、本格的なギミックが登場したり応用的な機能が解禁されたりするのが定番だな」


「えっと……つまり、今まで僕の能力はチュートリアルの状態で、これから機能が拡張される。その一つがプレイヤー権限、ですか?」


「おそらく。仮説という形でしか口にできないのが悔しいところだがね。ちなみに、ゲームのチュートリアルでは、何かの形で補助が付くことも多い。『チュートリアル権限』は多分それだ。正直、銃を撃つだけでレベルが2アップ、オーガアントを一匹倒すだけで3アップはぬるいとは思っていたが、補正がついていたのなら納得がいく」


「あれでぬるいんですね……」


 淡々と考察を語る研子さん。しかしその口ぶりはどこか楽しそうだ。――そして、若干の影もある、気がする。


「そして『プレイヤー権限』だな。先ほど春高くんが言ったように、多分これから始まる本番の要素の一つだ。君は今3つの選択肢を提示されている。『アクション』、『FPS』、そして文字化け。最後のは一旦置いておくとして、前二つはゲームのジャンルのことだ」


「ゲームのジャンル……。本格的なゲーム用語ってことですか」


「そうだな」


 研子さんは頷きつつエナジードリンクの缶を傾けた。


「そして、どれかを選ぶことで君の能力は大きな変化を遂げるはずだ。これも仮定の話にはなってしまうが、おそらく選んだゲームの特徴が君の能力にも現れる……おそらくな」


 言葉を切り、研子さんは大きく息を吐く。


「どうしたんですか?」


「いや、なに……今のところ、全てを仮定の話でしか語れていないのが悔しくてね……。今日私は何回『おそらく』と言う言葉を使っただろうか……」


 先ほどから研子さんに感じていた違和感の正体はこのことだったようだ。研子さんは根っからの研究者気質で、わからないことがあれば徹底的に追求しようとする。そして自他ともに認める最高の研究者であり、地味にそのことに誇りを持っている研子さんは、人に自分の研究を披露するとき、確定した結果しか話さないという癖がある。その研子さんからしてみれば、僕の能力について話すとき、何重にも仮定を交えてしか話すことができないのがつらいのかもしれない。

 もう一度エナジードリンクの缶を口に当てる研子さん。何かを吹っ切るように残っていた中身を一気に飲み干し、勢いよく缶をデスクに叩きつけた。


「まあ、私がうじうじしていても仕方がない。先に進もう。これから春高くんはゲームのジャンルを選ぶことになるわけだが、何か目星はついているかい?」


 気持ちを切り替えた研子さんに対して、未だ僕は何も決めることができていない。何せ、知らないのだから。


「……正直、何も。そもそもゲームのジャンルとか言葉の意味も知りませんしね……。アクションはなんとなく想像はつきますけど、なんですかFPSって」


 幼いとき、伯父さんが一つゲームを買ってくれたことがある。次第にやらなくなってしまったため結局ゲームを買ってもらったのはそのときの一つだけだったが、あれが確かアクションだったはずだ。横スクロールアクション、とかいう感じだった気がする。あれは面白かった。

 ただまあ、逆に言えば、僕はそれ以外ゲームをまったくやったことがない。


「FPSとは、シューティングゲームのジャンルの一つだ。英語の『First・Person・Shooting』の頭文字をとったもので、日本語訳は一人称視点シューティング。君にも分かりやすいように言えば、フィールドの敵を銃で撃って倒すゲームだな」


「一人称視点ってなんですか?」


「なんと言えばわかりやすいかな……。プレイしている人が見る画面とゲーム内のキャラクターが見る景色が完全に一致していること……かね。すまない、説明が下手で」


「いえいえ、大丈夫です」


 ゲームの内容については、最初の説明の『フィールドの敵を銃で撃って倒すゲーム』で十分伝わった。

 今の僕の課題は火力不足の改善だ。もし、FPSの銃で敵を倒す力が身についたなら、相当戦いやすくなるに違いない。


「それで春高くん、君はどれを選ぶ?」


「FPSですかね。これで銃の扱いがうまくなれたらいいなぁくらいのイメージです」


 僕の答えを聞いて、研子さんは首を縦に振った。


「うむ、私もそれがいいと思っていたところだ。現在私が想定している『アクション』を選択したときの効果は身体能力の上昇なわけだが、正直君には今のところ必要ないからな。それに、仮にジャンルを選択した結果マイナスの効果が発現したとしても、FPSのほうが軽傷になる可能性が高い」


「……マイナスの効果って何ですか?」


 思わず漏れた僕の言葉を聞いて、研子さんは真顔で答えた。


「君がゲームジャンルを選択したときに発生する可能性のある悪影響だよ。今のところ一番可能性が高いのは、アクションだと『出雲春高の雑魚敵キャラ化』、FPSだと『出雲春高の弱体化』だな。前者は補足なしでもわかるだろう?後者について付け足すなら、耐久力が生身の人間レベルまで落ちる、といったところだな。鉛の銃弾一発で吹き飛ぶ戦闘体も見てみたい気はするが」


 ニヤニヤ笑う研子さん(口角が1度ほど上がっている)。


「それ、わりと笑い事じゃない気がするんですが……」


「あらゆる可能性を想定し、考えうる最悪を前提としてそれに備える。研究者とはこうあるべきだと、私は勝手に思っているわけだ。まあ気にするほどでもない。あくまで仮定の話だし、そもそもまず能力は神からのギフトだ。悪いようには作用しないさ」


 研子さんは左目を瞑りながらそう言った。もしこれがウインクのつもりなら、無表情なところが残念ポイントだ。顔はきれいなのだから、何かもったいない気分になる。


「信じますよ、それ」


「保証はできないがね」


「……それで、文字化けですけど」


「ああ……」


 今一番気がかりな、謎の文字化け。僕が触れると、研子さんは目を細めて、


「とりあえず今はパスだ。いち研究者としては、隅から隅まで調べ尽くしたいところだが、いわばこれは君の人生をかけたステータスビルドだからな。最優先は君自身だ」


 力強く言い切るその姿に、なんとなく嬉しくなる。EDA最高の研究者である研子さんなら、必ず謎を解いてくれるだろう。焦って危険な道を行く必要などない。今選ぶべきなのは、安全ルートだ。


 ステータス画面を呼び出し、通知一覧から『プレイヤー権限』ページへ。そして、『FPS』の項目に手を伸ばす。


「――それじゃあ、いきますよ」


「ああ、データをとるのが楽しみだ」


 僕の隣で画面をのぞき込む研子さんの顔を見る。実に嬉しそうだ。新しいおもちゃを目の前にした子だものように、目が光り輝いている。

 すっかり忘れていた。能力に新しい変化が出れば当然、研子さんの計測タイムが始まる。

 また数時間が測定の彼方に……


 気が抜けた僕の右人差し指は、そのまま『FPS』ボタンの上に落ちたのだった。

この話の蛇足エピソードをTwitterに上げたので、よければそちらも是非。

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