17. 奇声系ヒロイン
聞きなれた電子音がぼんやりと聞こえた。
これは目覚まし……いや、電話の音?
ここでパチリと目が覚める。壁の時計に目をやると時刻は午前五時。アラームは午前六時にセットしてあるため、これは目覚ましの音ではない。そして僕が最初に予想した通り、朝っぱらから鳴り響く電子音の正体は、枕元のスマホとそれに連動している指のフォースリングが共に奏でる着信音だった。
まだ画面は見ていないものの、相手は誰なのか余裕で見当がつく。
「やっぱりだ……」
手に取ったスマホに映る『村木研子』の文字に思わずため息を吐きつつ、通話ボタンを押す。
「研子さん、おは……」
「ああやっと出てくれたか春高くん聞いてくれ今朝はちゃんとサプリメントで朝食を摂ったんだ私としてはよくやったつもりだと思うねまあそんなことはどうだっていい大事なのは君の能力の話だ昨日は初討伐お疲れさまとまず言っておくがそれはそれとしてどうして終わった後すぐ私のところに来てくれなかったんだい君のフォースリングから送られてきたデータを見て驚いたよ今までにないほどエネルギー反応の波が大きくなっているじゃないかきっと君が目で見てわかるくらい能力が変化しているんだろういやそうに違いないねさあ早く分析させてくれと言いたいところなんだが生憎午前中は技術会議が入ってしまっていてねえそれがなかったら今すぐにでも君の部屋へ突撃したいところだったんだが運が悪いことに割と大事な会議なもので欠席することができないんだああ口惜しいと嘆いてばかりもいられない会議が終わるのがおそらく13時32分23秒だから13時30分00秒に私の研究室に来てくれないかいやどうせなら今から行って待機しておいてほしいなに心配することはない佐久間には私から連絡を入れておこうということでわかったね約束だよそれでは午後会おう」
……と、マシンガンのようにセリフを並び立てて、電話は切れてしまった。ふと気になって、着信履歴をチェックしてみる。20秒のスクロールののち一番最初の着信の『村木研子 01:02』を見た瞬間、少し鳥肌が立った。研子さんらしいと言えばらしいのだが、朝からこれは少し応えるのが正直なところだ。
とはいえ、研子さんの主張も正しいことは間違いない。昨日のオーガアント討伐直後、僕の能力についてかなり情報量が増えたのだ。
なんとレベルは一気に3つも上がり、7から10になった。そしていつものように新しく見えるようになった自分の情報(ゲーム用語で「ステータス」というらしい。研子さんに教えてもらった)が増えたのもそうなのだが、それに加え明らかに今までとは異なる表示が追加された。しかも、僕一人では判断に困るような内容だったりする。すぐに専門家の指示を仰ぐべきなのは確実。
というわけで、早急に研子さんに会いに行くのが正解なのは確かだし、僕だってそれはわかっていた。
ただ。
Q. そんな今までにないほどに大量の情報を抱えて研子さんのところに行けばどうなるのか?
A. 長時間拘束される。絶対。
研子さんは体の80%が好奇心でできている。興味を持った対象についてありとあらゆる可能性を突き詰めないといられない性分らしく、たとえもう結論が出たとしても事象に対する追求は止まらない。どれほどかというと、ステータスのバーが一つ増えただけで3時間が軽く消えるレベルである。ちなみに情報が増えに増えた今回にかかる僕の予想は12時間。到底気軽に費やせる時間じゃないし、そもそも確保すら難しい。
つまり率直に言ってしまえば、初めての敵討伐のあと、精神的に(正直に言えば肉体的には全く疲れはなかった。戦闘体のおかげである)かなり疲労が溜まっているなか研究分析12時間コースはいくら努力義務だとは言えさすがにキツかった、という話だ。
「でも、連絡ぐらいは入れておけばよかったかなぁ……」
洗った顔を拭きながらそう呟く。
昨日は疲れていたから、任務後教官のところに帰還して、そしていつも通りカウンセリングを受けてからすぐに寮に帰って寝てしまった。寝る前に電話でもしておけば……
「いや、それはそれで面倒なことになってたな、多分」
一旦この話題に関してはとりあえず自己完結させておく。
さて、今日この後どうするか。
電話通りにすぐに研子さんの研究室へ向かうのは少し気が進まない。
理由は簡単、やれることが極端に少ないからだ。
研究室は計測用も兼ねたトレーニングルームモードに設定することもできるが、まず部屋の制御権が僕にない。
となると大人しく研究室の中で過ごすことになるのだが、それはそれで気が滅入る。
単純に退屈だ、というのもあるにはあるが、主な理由は別だ。
研子さんは最高位の研究者である。現在研子さんの研究範囲は僕の能力の分析だけでなく、EDAの最新兵器の開発や未開の能力分野の研究、敵の調査など多岐にわたる。中には僕のような訓練生は存在を知ることすら許されないような特級の極秘事項なんかも含まれていたりするのだが、なんと研子さんの研究室にはそんな最高機密の資料がむき出しでゴロゴロ転がっているのだ。
まあ壊滅的に片付けができない研子さんである。僕としては何度も研究室に通ううちに慣れてしまったのだが、それでも今でも床の資料を避けるときは文字を見ないようにしたり、開きっぱなしのラップトップやタブレットの画面をできるだけ目に入れないようにしたりしている。以前「暇つぶしにこれでも読むといい」と渡された雑誌に『極秘 流出厳禁』と大きく書かれたプリントが挟まっていたときはさすがに驚いたが。
そんなわけで、研究室で一人研子さんを待つとするなら、なるべく周りの風景を視界に入れないようにしながら椅子の上で数時間じっとしていなければならない。さすがにこれはちょっと避けたいところだ。
かといっていつものように訓練に行こうとすれば、研子さんから連絡を受けている佐久間教官に変な顔をされるのも目に見えている。気にせず行くべきか、それともトレーニングルームにでも行くか?でも研子さんの言うことを聞かないであとで何か言われるのも……
「……とりあえず、センター行って朝ごはん食べながら考えるかぁ」
ぼんやりと思考を巡らせながらも身支度を整え、靴を履く。ちなみに今着ているのは僕の私服のTシャツだ。正装の隊服は戦闘体が兼ねているのだが、訓練生はEDA施設外での許可ない換装を基本的に禁止されている。
そして、いつものようにドアノブに手をかけ、いつものようにドアを開ける。
「ギャッ」
「……え?」
……まったくいつも通りではない悲鳴と「ゴンッ」という堅い音、それに手をかけたノブから伝わる衝撃。今の声、もしかして……
一旦引いたドアをそろそろと開ける。
「……衛ノ宮さん、なにしてるの?」
「ふ、ふえぇ、出雲さん、おは、おはようございますぅ……」
そこにいたのは、頭を押さえしゃがみこんだ衛ノ宮さんだった。
ちなみに研子さんの研究室のセキュリティ自体は最高クラスです。侵入者(遠方にいるハッカーなど含む)が秒で細切れになるレベル。