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深海魚とクジラを思い出し、白い蛇にあう夜

作者: sas

寝つきの悪い夜だった。豆電球だけが灯る薄暗い畳の部屋の中、布団に横たわり仰向けになりながら、右手をかざしていた。特に意味もなく無意識の行為だった。


手は輪郭が朧気に見える程度だったが、ここまで自分の手をよく見たのは久しぶりだった。私は自分の指が想像以上に細くなっているのに驚いた。そこで「歳とったんだな」と感じた。


歳のことを考えていたら本当に幼い頃よく見ていた魚の百科事典のことを思い出した。表紙は忘れたが、深海魚とクジラのページだけは今でも思い出せた。そして、ページは思い出せたが、あの時の「感覚」は思い出せなくなっているのに改めて気付いた。

何というか、自分が新しい存在として、この世界に参加している。この世界から多くの知識を得ている。すべてが初めてな、そういった新鮮さだ。

目の前の手は、まるでいよいよ枯れ始めそうだ。


私は散歩に出た。もう夜の12時を過ぎていたけど、このままでは寝ることができなかった。

普段全くかけない眼鏡をかけて散歩にでかけた。


ふと見上げたら月があった。


その日の月は、とても明るかったので、空は薄ら明るかった。眼鏡のおかげで雲と空の切れ間がよく分かった。


雲は小さなものが、ちょうど月を中心にして、まだら模様に渦巻いていて、それが視界で確認できる果てまで続いていた。


そんな夜空を見て、やはり「夜空を見たのは久しぶりだな」と思った。今日は自分の手も、夜空もまるで子供時代のようにしっかりと見えた。


前にこんなまじまじと夜空を見たのはもう10年も前のことだ。台湾にいた時のことだ。

あの時は、建物も、更には木も生えていない一面の草原で見た月だった。


あんな星空を見たのはあれきりだ。どこを見ても星が輝いていて、空が近く感じた。


今回はやけに空が遠く感じた。星が一つも無いせいかは分からないが、月明かりに照らされたまだら雲は、昼間の何倍も遠くにあるように見えた。


多分もうこんな夜空には二度とお目にかかれないと思い、スマホのカメラで夜の大空を何枚も撮った。何でかは分からないが、こんなに壮大な夜空を拝めるのは、一生で今だけなような気がした。


夢中でシャッターを押し続けた。普段カメラなんて一切使わないのだが、この景色を一生残しておきたいと思った。


次第に月の周りの雲はまだら模様でなくなり大中小それぞれ塊になっていった。その内の一つが月を覆ったので、撮影を終えた。


早速撮った写真を確認したのだが、そこには先ほど私が見た景色はどこにもなかった。ただ月があるだけで、月明かりにぼんやりと発光するまだら雲はどこにもなかった。

私は撮った写真を全て削除した。


その後しばらく空を眺めていたら、足元から気配を感じた。

視点を足元に移すと、3mくらい先にあるマンホールの僅かな隙間から蛇が顔を覗かせていた。

綺麗な白色の蛇だった。蛇はこちらをじっと見つめていた。思わず私も見つめ返し、10秒ぐらい見つめあっていたんだろうか、蛇はまたマンホールに戻っていった。


蛇と言えば小学校の時、遊具の近くに青大将が現れて、その時は皆大興奮だった。何とか捕まえて3人くらいで蛇を持ちながら、教室に持ち帰った。教室につく頃には蛇は弱っており、それを見た先生に怒られ、蛇を茂みに返したのを覚えている。蛇は弱々しく茂みへ消えていった。

あの蛇は、あの後死んでしまったのだろうか?


きっとこんな風に、あれやこれやと思い出したりするし、いつもと違うような体験をする今日は特別な日なんだろう。

それとも無理やり私が特別にしたいだけなのだろうか?


ただ、今日はとても悲しいことがあった。とても悲しいことだ。


だから色々思い出すんだろうか?

特別だと思いたいから普段見ないものを見ようとするのだろうか…


帰っても寝付けないのは分かっているが、それでも朝はいずれ訪れるし、もう私は感傷的になるにも老いが来ているみたいだ。

感傷的になるにも若さが必要だったなんて、老いて初めて知ることだ。


今日はもう帰ろう。そして4時間もすればもう朝だ。


ただ私は今日、久しぶりに色々なものをよく見ようとした。そして色々思い出し、特別な日にしようとした。だから今日はあなたのために特別にした日なのだ。


また逢う日まで、さようなら。


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― 新着の感想 ―
[一言] また逢える日には、こんな夜空には二度とお目にかかれないというほどの夜空を見たんだと、そう伝えられたらいいですね。 特別な日が。 特別な日があったんだと。 それまでに多くの特別な 楽しい思い…
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