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ピーク・エンド・ラバーズ  作者: 月山 未来
Cheek Dyed Beginners
5/25

5

 


 お店の前でいつまでも話しているわけにもいかず、暖簾をくぐって店内へ足を踏み入れる。



「あら、岬くん、久しぶりやねえ。いらっしゃい」



 すると私たちを視界に入れたお店の人が、ゆったりとした口調で声を掛けてきた。

 どうも、と会釈した津山くんは、どうやら顔見知りのようだ。



「今日は友達と……あ、ちゃうか。彼女さんと来はったん?」


「えっ!? や、違います、友達で……」



 ありがちなやり取りをまともに受け取る津山くんに、内心苦笑する。彼なら冗談で「そうです」と笑って流しそうな気もしたけれど、大人相手となるとそうはいかないようだ。


 なぜか私の機嫌を窺うようにこちらへ視線を寄越してきた津山くん。

 もしかして、私がこういうことを言われてすぐに怒るタイプだとでも思っているのだろうか。



「知り合い?」



 細々とした話は置いておいて、私は彼にそう問いかける。

 津山くんはあからさまにほっとしたような面持ちで、ゆるゆると首を振った。



「前にめっちゃ通ってて……仲良くなっちゃっただけ」


「へえ」



 それはすごい。やっぱり彼はコミュニケーション能力の塊だ。

 いや、まあそれもあるんだろうけれど、彼の纏う雰囲気は人を寄せ付けやすい。どこか人懐っこくて、比較的誰とでも仲良くなれてしまう。



「岬くんは、チョコクリームでええの?」



 唐突に飛んできた質問は、味を問うものだった。

 女性はにこやかに、まるで自らの子供を甘やかすようなトーンで首を傾げる。



「チョコ……?」



 壁に貼ってあるメニュー表をちらりと見れば、あんこ、カスタード、チョコ。三種類のラインナップだった。



「いや、普通にあんこでいいです……」



 弱々しい声で津山くんが申告する。

 なんだ。チョコのたい焼きを食べる津山くんも、なかなかに可愛いと思うけど。


 その後に私も注文を聞かれて、あんこでお願いします、と答えた。


 会計の時にまた津山くんが私の分まで払いそうになったから、今日は断固拒否する。奢られる理由がない。

 すると彼は少しだけ萎れてしまった。仕方なく、「じゃあ先に座ってるから、できたら私の分も受け取って」と託す。津山くんの調子が復活した。


 お店の中は特別広いというわけではなくて、昭和の空気が漂う簡素な椅子が数脚置いてあるだけの、シンプルな空間だ。



「ほい、どーぞ」


「ありがとう」



 ぼんやりと店内を眺めていると、津山くんが戻ってきた。

 手渡されたたい焼きはじんわりと温かくて、冷え始めた外の空気に丁度良い。


 津山くんは、頭と尻尾、どっちから食べる派なんだろう。

 そう思って彼の方に視線を移せば、私をじっと見つめる瞳にぶつかった。どうやら、私が先に食べるのを待っているらしい。


 いただきます、と小さく呟いてから、鯛の頭をかじる。



「美味しい」



 気の利いた感想なんて何一つ言えないのだけれど、本当に、美味しい。生地もあんこも甘くないから、すんなり食べられそうだ。



「はは、良かった。うまいよね」



 私の薄いリアクションに文句を垂れるわけでもなく、彼は満足そうに笑った。それから自分も大きく一口かじって、黙々と咀嚼する。


 津山くんは意外にも、食事中にやかましく話しかけてくるタイプではなかった。

 というよりも、今日はずっとそんな調子だ。今なら彼と美術館に行っても周囲の迷惑にならなさそうなくらい、静かである。



「西本さんさー」


「なに?」


「いま彼氏いるの?」



 うわ、始まった。内心、悪態をついてしまう。

 せっかく今日の津山くんとは穏やかに過ごせるな、と思ったのに。


 学校での彼と同様、間延びした口調で薄っぺらい質問をしてきた様子に、私は努めて平然と返した。



「いないよ」


「ふうん」


「ふーんって。聞いてきたのそっちじゃん」



 何なんだ、その舐め腐った態度は。

 暇つぶしに私を選んだのだとしたら、彼のチョイスは間違っている。私は模範的な生徒で、面白みも何もない。だから、気を遣って面白い回答を寄越してやろうとも思わない。


 残念だったね、ざまあみろ。私は絶対に、みんなの人気者・津山岬を可愛がってなんてやらない。



「俺はいると思う?」


「えー、知らない。いるんじゃない?」


「西本さんも興味ないじゃん」



 違う。興味がないのではなくて、彼に彼女がいないことなんて知っているのだ。

 だって、津山くんはそういう人だった。彼女じゃない女の子に、平気で優しくできるから。


 勘違いはしたくない。しない。

 私がこうして彼と二人でいるのは、私が私だったからじゃない。たまたま、彼の友達と私の友達が付き合ったから。だから、くだらないメッセージのやり取りをしたし、ファミレスでかんぱいもしたし、たい焼きも一緒に食べた。


 ただ、それだけ。



「津山くんさ」



 それだけなのに、私は免疫がないから、いつも困っている。



「私のこと、好きなの?」



 静かに落とした問い。


 津山くんは瞬間、盛大にむせて咳き込んだ。

 彼にとって私のこれは、突拍子のない発言だったらしい。まあ、それもそうか。だって、そんな概念がないんだもんね、津山くんには。



「いや、そんなわけないのは分かってるんだけどさ。何ていうか……こんなこと、色んな子にしてるんだなあと思って」



 普通はこんなことしないんだよ。好きでも何でもない女の子を、必死に引き留めて二人で出掛けたり、そんなの、しないんだよ。



「悪いよねえ、ほんと。優しくするのだめとは言わないけど、こんなんじゃ勘違いされても文句言えないんじゃない?」



 いらいら、むかむか。急に膨らんできた感情が、私の中を覆いつくす。


 適当で、だらしなくて、八方美人。

 やっぱり、嫌いだ。嫌いになりたい。私は早く、津山岬に失望したい。



「好きじゃないのに期待させるって、津山くん見かけによらず残酷だよね」



 そういう人が、一番狡くて卑怯だよ。

 でも、その罠にまんまとはまりかけている自分が、一番みっともなくて情けなかった。


 だって、本当に嫌いになりたくて、本当にどうでも良かったら、こんなこと言う必要はない。私はどうでもいい相手に労力はさかない。

 どこかできっと、期待している。本当の津山岬はこうじゃないって、何も知らないくせに思っている。


 馬鹿げたことはやめて、彼の中のまっとうな人格を取り戻してくれないだろうかと、どこまでも勝手に願っている自分がいた。



「……津山くん?」



 彼は何も言い返してこなかった。それが不気味で、恐る恐る視線を向ける。

 伏せられた彼の目は今にも零れ落ちてしまいそうで、血色の良かった頬もすっかり白くなっていた。


 ――やってしまった。

 途端に息が詰まって、後悔の念が襲ってくる。


 私の悪い癖だ。ある程度仲良くなった相手には、時折きつくなってしまう。



「ごめん」



 素直に謝ると、津山くんの顔が上がった。



「……ちょっと言い過ぎたね」



 目が合った彼は、想像よりもずっと弱っている。それを見て、ますます申し訳なくなった。

 彼が私にとって気に食わないからといって、それが彼を貶めていい理由にはならない。


 津山くんなら「酷いよ」と笑い飛ばすかと思ったけれど、想定していた反応とは真逆だった。



「いや……謝んないで。その通りだと思うし」


「流石に謝るよ。気にしなさそうだなって思ったから言ったけど、絶対気にしてるよねその顔」



 ごめんね、と最後にもう一度付け足して、それとなく目を逸らす。



「……私、津山くんにはいつも馬鹿正直に言っちゃうから。反省は、してる」



 売り言葉に買い言葉、ではないけれど。

 へらへらと津山くんに向かって来られると、どうしても突き放したくなる。結果的に冷たい言葉や態度で返すことでしか、私は彼に抗えなくて。



「何か分かんないけど。痛い目見て欲しいからかな?」


「えっ? 待って。俺、西本さんに恨まれるようなことした?」


「いや、全く。何となくだから気にしないで」


「理不尽!」



 きゃんきゃんと吠える津山くんに、安心して頬が緩んだ。



「何かやっぱり、こっちの津山くんの方が好きだな」



 その言葉は多分、自然と零れていた。

 嫌いになりたいのに嫌いになれないのは、いま感情をさらけ出している津山くんが好きだから。嫌いになりたいのは、好きになりたくないから。


 私はまだまだ、抗うと思う。負けたくないのだ。

 これを恋と定義するには早計過ぎるし、私のプライドも許さない。



「こっちって何……?」



 戸惑ったように眉尻を下げる彼の顔が、耳が、赤かった。



「んー、普段の津山くんはへらへらしててむかつくけど、落ち込んでる津山くんは人間味があるっていうか」


「それ褒めてなくない? 褒めてないよね?」


「褒めようとしたつもりはなくて」


「辛辣ぅ……」


「まあとにかく、」



 不服そうに下からジト目で私を非難する彼を、宥めて言う。



「必死になってる津山くんは、嫌いじゃないよ」



 そう告げた途端、津山くんは大きく目を見開いた。


 饒舌じゃなくて、うまく話せない彼が。お洒落なカフェじゃなくて、たい焼き屋さんに来る彼が。そんな彼の方がずっと、私の心臓を揺らしにくるのだと思う。


 あまりにも彼がじっと私を見つめたまま動かないから、気まずくなって顔を背けた。



「西本さん」



 津山くんの視線がこちらに向いているのが分かる。



「……ありがと」



 どういたしまして、と。ぶっきらぼうに返すのがやっとで、自分はつくづく可愛げがない女の子だった。



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