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ピーク・エンド・ラバーズ  作者: 月山 未来
Cheek Dyed Beginners
4/25

4

 


「……カナちゃん、何で私と(げん)くんが仲直りしたって知ってるの?」



 修学旅行も終わり、またいつも通りの授業が始まろうとしていた。

 狼谷くんと仲直りしたんだね、と切り出した私に、通学バスの中で、羊がふとそんな質問を投げてくる。彼女とは使っているバスも一緒だ。



「あー……いや、えっと、津山くんから聞いた」


「そうなんだ」



 何となく気まずさを覚えながらも返事をすると、羊はあっさりと頷く。


 というのも、羊と狼谷くんは修学旅行の最中、少しぎくしゃくしていた。結局原因はよく分からなかったのだけれど、無事に仲直りできたらしい。

 津山くんがまた狼谷くんから情報を仕入れたのか、私にメッセージを送ってきたのだ。当然、羊はそんなことを知る由もない。


 言ってしまってから、情報源が津山くんだというのは別に公表する必要がなかったな、と少し焦る。裏で内密にやり取りするほど仲が良いのか、と誤解されるのも何だか癪だ。



「……別に、何もないから」



 と、これもこれで言い訳がましい。

 私の苦しい弁解に、羊はきょとんとした様子で首を傾げる。



「津山くんは確かに顔はいいけど、タイプじゃないし。というかそもそも女癖悪すぎるし」


「えっと……カナちゃん?」


「ギャップ萌えだか何だか知らないけど、そんなんでほだされたりとかしないから」



 そう、断じて。ちょっと、ほんのちょっとだけ可愛いとか思ってしまっただけであって、別にやましいことは何もない。

 しっかりしろ、私。津山くんなんて必殺遊び人なんだから。うっかり好きになっちゃった、とか、本当にシャレにならない。女の敵。言語道断だ。


 羊の誤解を解くためというよりかは、最早自分に言い聞かせる目的で言い募る。

 そうしているうちに、バスは学校前の停留所に着いたようだった。


 狼谷くんは毎朝バス停近くで羊のことを待っている、律義な彼氏だ。最初こそ「私の立場は? 私もいるんだけど?」と若干気まずかったけれど、二人のバカップルぶりに当てられたのか、こういうものかと慣れてしまった。


 いつもの如く、バスを降りてそそくさと一人退散しようと思っていた時。



「あ、西本さん。(つくも)さんも。おはよー」



 黒髪の狼谷くんと対比するように、隣には明るい茶髪の彼がいる。

 ひらひらと手を振ってこちらに歩み寄ってきた津山くんに、私はどもりながらも問うた。



「な、何で? どうしたの?」



 狼谷くんがいるのは分かる。というか、いない方が「今日はどうしたのかな」と不安になる。

 じゃあ、一体なぜ。津山くんまでいるのだろう。



「えー、リア充の恩恵にあずかろうと思って」



 へらりと笑って彼が言う。

 意味が分からない。絶対に嘘だ。そんなことのために朝早くからバス停で待ちぼうけていたとは、到底思えない。



「津山くんならそんな必要ないんじゃない?」



 努めて冷静にあしらって、視線を逸らした。


 修学旅行で見た津山くんは、もういない。目の前で薄い笑顔を張り付けている彼は、もういつもの津山くんだ。

 本来の彼はきっとこっちで、でも私はこっちの彼とは仲良くしたくない。ろくでもないのだ。女の子をとっかえひっかえ、そんな人に心臓の一部分さえもあげる気にはならなかった。



「うーん、まあその必要性が出てきちゃったんだよねー……」



 苦笑じみた声で、津山くんは語尾を弱める。

 彼女を作る気になった、ということだろうか。まあその方が健全でいいと思う。



「ねえ羊ちゃん、キスしていい?」



 そんなとんでもない発言が聞こえてきて、私たちは会話を打ち切った。振り返れば案の定、羊と狼谷くんが人目も憚らずにいちゃついている。



「えっ⁉ だめだよみんな見てるよ!」


「だってもう三日もしてないよ?」



 胸やけがしそう。意図せず顔をしかめたのは、津山くんも同じだったらしく。



「……何あのバカップル。俺平和主義者なんだけど一発入れてきていい?」


「許可する。但し狼谷くんの鳩尾で頼んだ」



 彼と謎の団結が生まれたところで、無事にこの学校の治安は守られた。





 ***





 秋から初冬になり、朝晩はぐっと冷え込むようになった。

 その日は久しぶりに羊と放課後出掛けるということで話がまとまっていて、柄にもなく浮かれていた。


 割り当たっていた理科室掃除を終えて、クラスメートと解散する。そこまでは、普段と何ら変わりないはずだった。



「西本さん」



 呼び掛けに振り返れば、学級委員の坂井(さかい)くんが近付いてくる。

 真面目で温厚なクラスメート、という以外に特に目立った印象はない彼だけれど、なぜだか今は生き生きとしていた。いいことでもあったんだろうか。


 首を傾げて続く言葉を待っていたら、彼が突然顔を寄せてきたので驚いた。

 しかし坂井くんは視線を左右に振り、周囲を確かめるような仕草を見せる。どうやら内緒話があるらしい。



「白さんが、用事できたから先に帰っててって言ってた。なんか、玄関で西本さんのこと待ってる人いるらしいよ?」


「え?」



 あまりにも急すぎる事態に、ますます謎が深まる。

 羊が坂井くんにわざわざ伝言を頼むのもよく分からないし、大体、用事って何だろう。せっかく約束したのに。

 というかそもそも、私を待ってる人とは一体。羊以外と約束した覚えはない。


 仕方なく玄関まで下ったところで――いた。物凄く見覚えのあるシルエットが。



「もう、羊の馬鹿!」



 思わずそう独り言ちて、踵を返す。と、私の存在に気が付いた彼が慌てた様子で腕を掴んできた。



「えっ、ちょ、ちょっと待って。何で逃げんの? 酷くない? 俺待ってたんだけど」



 津山くんが言い募り、必死に私を引き留めてくる。



「知らない! どうせ羊が変な気利かせたんでしょ!」



 そうでなきゃ彼がここにいるわけがない。他人どころか自分の恋愛にも鈍そうなのに、よくもまあこんなセッティングをしてくれたものだ。


 やっぱり、あからさまに津山くんを突っぱねすぎたのが逆効果だったんだろうか。

 彼がなぜか毎朝バス停で私を待ち構えるようになってから、どうにも上手く話せない。意識している、というのは認めなければならない事実だ。


 でもそれは彼のことが好きだからとかではなくて、むしろ逆で。嫌いになってしまいたいから、距離を取っている。



「え? 白さん? なに、どういうこと?」



 私の腕を捕まえたまま、津山くんが首を捻る。



「……今日は羊と出掛ける予定だったの。でもさっき急に先に帰ってって言われて……」


「あー……そういうこと」



 彼は数秒宙を仰ぎ、苦笑した。実はさ、と気まずそうに話し出す。



「授業終わった後、坂井に『西本さんが玄関で待ってて欲しいって言ってた』的なこと、言われて……」



 私は断じてそんなことは言ってない。というか、言うわけがない。

 羊も羊だけれど、坂井くんも坂井くんだ。二人とも悪ノリが過ぎる。



「そんなの、言ってないよ」


「うん、今ので分かった。……そっかー、ああもう、俺だっさ……」



 なぜだかダメージを受けているらしい彼に、「腕離して」と抗議した。そろそろこの距離から解放されたい。



「私、帰る」


「えっ」



 話は終わった。至極当然のことを述べたつもりだったのに、津山くんは焦った様子で問うてくる。



「西本さん、帰るの?」


「帰るよ。だから離して」


「え、あ、えっと……あっ、そうだ! 白さんの代わりにさ、俺と遊んでよ」



 名案だ、とでも言いたげな彼の口調に、意図せず顔をしかめる。やだ、と端的に拒否すれば、津山くんは私の腕を掴む手に力を込めた。



「お願い! いいじゃん、どうせ遊ぶ予定だったんでしょ? 俺を白さんだと思っていいから」


「それはさすがに羊に悪いからやめておくけど」



 謙虚なんだか図々しいんだかよく分からない懇願に、気が抜けそうになる。慌てて気合を入れ直して、再度断りを入れることにした。



「別に私とじゃなくてもいいでしょ。暇なら他の人誘って遊びなよ」



 最近の津山くんは、やたら私に絡んでくる。ああ、こんな風に数多の女の子を誑かしてきたんだろうな、という薄っぺらい言葉を駆使して。

 そのノリが嫌いだ。私が見つけた、幼くて可愛い津山くんじゃないから。へらへらして適当にぬるま湯を揺蕩っている彼は、好きじゃない。



「……いま俺が誘ってるの、西本さんなんだけど」



 む、と眉根を寄せて、彼が拗ねたように文句を垂れる。

 そんな顔をしたいのは、私の方だ。どうしてこっちが悪いみたいな空気になっているのか。



「お願い。……だめ?」



 私の顔を覗き込んで、上目遣いで乞う男の子。この手法は、十八番なのだろうか。それとも自然発生的な何か?

 もっと強気に、偉そうにしてよ。弱り切った表情でお願いしないで。



「だめ……では、ないけど」


「ほんと? よっしゃ、ありがと」



 結局負けた。負けてしまった。後からやっぱり悔しいし、もはや憎たらしい。

 それなのに、津山くんは途端に表情を明るくするから、ますます気に入らなかった。


 目的地は全く決めていなかったけれど、彼が適当に見繕ってくれたらしい。

 知り合いに会いたくないから街中はやめて、と申告したら、俺も嫌だからそっちには行かないよ、と返された。自分から誘っておいて、失礼すぎる。



「西本さん、甘いの好き?」



 並んで歩きながら、津山くんがそんなことを聞いてくる。


 街中には行かないという言葉は本当だったようで、私たちは駅に繋がっている学校前のバス停とは反対側に、ひたすら向かっていた。


 男子と二人で放課後出掛けるなんて、私にとっては一大イベントだ。でも津山くんにとっては、何十回も何百回も繰り返してきたことなんだろう。

 そう考えると無性に苛々して、会話に乗り気になれなかった。無愛想に一回だけ頷いてから、私は口を開く。



「……でも、甘すぎるのは好きじゃない」



 テンションの低い私を補うように、彼はいつも弾丸トークを繰り広げる。私はいつも、それを適当に聞き流している。

 今日も今日とて、そのルーティンが始まると思っていた。



「そっか」



 返ってきたのは、そんな素っ気ない音だけで。

 拍子抜け、というか、前から来ると思ったら後ろから押された、みたいな。彼にしてはあっさりとした返事に、思わず瞬きをぱちぱちと繰り返す。


 そこで初めて、隣の顔を見上げてみた。

 適当に笑っている彼はいなくて、代わりにどことなく硬い表情の津山くんがいるだけだ。具合でも悪いんだろうか、と少し心配になった時。



「あ、あー……前から思ってたんだけど、さ。西本さんの髪ってさらさらだよね」


「は?」



 心の準備ができていなかったせいで、遠慮会釈のない声が漏れてしまう。

 私の低い威嚇が耳に入ったのか、津山くんは慌てたように両手を振って言い募った。



「や、違くて。いや違くないんだけど! その、綺麗な黒髪が大和撫子? っていうの? なでしこジャパン、みたいな?」


「…………何言ってるの?」


「ごめん。俺もよく分かんないわ。忘れて」



 自身のこめかみを沈痛に押さえて項垂れる彼に、訝しみながらも一度会話を打ち切る。

 本当に、今日の津山くんはどうしたのだろう。めちゃくちゃつまらないギャグを言うくらいなら通常運転だけど。


 そこからしばらく無言のまま歩いて、商店街に着いた。

 店先で立ち話に花を咲かせるおばさんたちや、威勢のいい店主が客を呼ぶ掛け声。一度も来たことがない癖に、懐かしいという感想が浮かぶ。


 でも、こういうところは結構好きだ。素朴で温かい匂いがする。


 ここに来るまであまり喋らなかったこともあってか、心は静かで、凪いだ水面のように落ち着いていた。



「どこ行くの?」



 私の数歩前を進む背中にそう投げかければ、津山くんは振り返って緩やかに立ち止まる。



「あー……っと、ここ」



 彼の指先は一つの看板を指していた。その文字をなぞるように目で追いかけてから、口に出す。



「……たい焼き?」



 白い背景に、黒文字で大きく「たいやき」の四文字が連なっている。ところどころ剥がれているのが、年季の入ったお店であることを教えてくれた。



「ここのあんこそこまで甘くないし、大丈夫だと思うけど……ごめん、嫌いだった?」



 不安げに問いかけてくる津山くん。

 あんこ、という響きが妙に可愛くて、頭の中で反芻する。あんこ。男の子が言うから、可愛いのかもしれない。


 返事をするのを忘れて、そんなくだらないことを考えていたからか、津山くんの眉尻がどんどん下がっていく。

 私は慌てて首を振った。



「あ……いや、そうじゃなくて。意外で」


「え?」


「津山くんも、こういうとこ来るんだなーって……」



 SNS映えとか、何とか。女子みたいにそんなのを気にして生きていそうなイメージが、何となく勝手にあったから。

 長ったらしい横文字の名前のジュースや、写真を撮りたくなる綺麗なスイーツ。彼女が行きたいと言ったら臆せず自分もついて行って、一緒にはしゃいでそうな感じ。



「もっとお洒落なカフェとか行ってるイメージあった」



 津山くんと、たい焼き。たい焼きと津山くん。

 どうしてもその二つが繋がらなくて、そうしたら、何だか笑えてきてしまった。さすがに失礼だと思ったけれど、耐え切れずに吹き出してしまう。


 津山くんはそんな私を見て、気恥ずかしそうに目を逸らした。



「わ、悪かったですね、洒落てなくて……」



 あ、今の、可愛い。

 やっぱり私は、津山くんの焦ったり困ったりしている顔が好きだ。それだけいうと変な人に聞こえるかもしれないけれど、彼の本質的な部分が垣間見えるようで、悪くない。



「ううん。いいと思う。私も好き」



 気分が良かった。率直に述べれば、津山くんが「えっ」と僅かに頬を染める。

 その反応に、今のはちょっと誤解を招く発言だっただろうか、と反省し、「たい焼きね」と付け加えた。



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