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ピーク・エンド・ラバーズ  作者: 月山 未来
Cheek Dyed Beginners
3/25

3

 


 目の前にはゾンビ。そして隣には私の腕を掴んで離さない津山くん。

 カオスってこういうことか、と場違いな感想が浮かぶ。いやそんなことよりも。



「津山くん、大丈夫だから。そんなに見てると逆に狙われるよ」



 修学旅行も三日目。朝から大阪のテーマパークを回っていたけれど、あっという間に夕方になってしまった。

 ちょうどハロウィンのイベントで、この時間帯になるとパーク内をゾンビがうろつく仕様になっている。津山くんはどうやらホラー耐性がないようだ。



「下向いてた方がいいよ。あっち行こう」



 もともとみんなで絶叫系かつホラー系のアトラクションに乗るところだったのだけれど、津山くんが辞退。彼だけが乗らないとなると、他のみんなが無理やりにでも連れて行くかもしれないから、私もそれとなく離脱した。


 みんなを待つ間、時間を潰そうと意見が一致したのはいいとして、外には津山くんの苦手なゾンビが発生している。

 確か子供向けのエリアは安全地帯だったよな、と思い出して、私は彼の手を引いた。



「津山くん」



 言われた通り、忠実に俯き続けている彼が何だか可笑しい。余程怖いのか、私の手を離さまいと強く握ったまま。いま彼と私はゼロ距離だ。



「おーい、津山くん。もう顔上げて大丈夫だよ」


「あ……」


「うわ、顔色悪いね。何か飲む?」



 すっかり怯えきった瞳が、ようやく私を映す。ひとまず安堵したのか、彼の肩から力が抜けた。それなのに、手は相変わらず繋がったままだ。



「大丈夫? 飲み物買ってこようか?」


「ま――待って」



 離そうとした手を、ぎゅ、と捕まえられてしまう。そこでようやく「手を繋いでいる」という事実に恥ずかしくなってきて、余計に離したくなった。



「持ってる。さっき、水買ったから……」


「そっか」


「……だから、その」



 行かないで。

 消え入りそうな声で、彼が懇願する。不覚にも可愛いと思ってしまった私を、本当に誰か殴って欲しい。

 何だこの幼稚園児。何だこの男子高校生。しおらしくなった彼は、とっても心臓に悪い。



「うん、行かないよ。大丈夫」



 私が頷くと、津山くんはゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまった。立ち上がらせてベンチまで誘導するのも面倒なので、断りを入れてから彼のリュックを開けてペットボトルを取り出す。

 顔を上げた彼が手を伸ばしてきたけれど、やんわり押しとどめて、蓋を開けてから手渡した。



「はい、どーぞ」


「……ありがと」



 何となく、小さい子にするみたいに接してしまっている。弟がいるから、余計にそうなってしまうのかもしれない。

 そう考えてから、ああそっか、弟みたいだからか、と腑に落ちた。こうして弱っていると、津山くんはただの男の子なんだな、と当たり前のことを思う。



「マジでごめん。ちょー情けないわ、俺」



 落ち着いたのか、彼はいつもの口調を取り戻した。

 あ、さっきの方が可愛かったんだけどな。少しだけ残念に思ったのは、心の中に留める。



「いやいいよ。苦手なんでしょ」



 正直、かなり意外だったけれど。でも、誰にだって苦手なものの一つや二つはあるだろう。情けないとか、そういう問題じゃない。


 しかし津山くんは釈然としない顔だった。物凄く、落ち込んだ様子で。



「うん、まあ……そうだけど。くっそカッコ悪いじゃん」


「ははっ」


「ちょ、何でそこで笑うの? 酷くない?」



 今度は眉間に皺を寄せて、失礼な、とでも言いたげに彼が口を尖らせる。



「だってさあ……そんなん今更だなって」


「今更?」



 首を捻った彼に、私ははっきりと告げた。



「正直言うと、津山くんのことかっこいい〜って思ったことないんだよね」



 そもそも、津山くんにカッコ良さとか求めてないし。

 思ったことを忖度せずにそのまま伝えれば、彼は「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。



「いきなり辛辣すぎない? 親しき仲にも礼儀ありって言うよね?」


「これくらいの冗談許してくれる仲だと思ったんだけど違う?」


「違くないけど……」



 む、と不機嫌そうに顔をしかめた津山くん。やっぱり今の方が幼くて、可愛くて、ずっととっつきやすい。


 だって、本当にタイプじゃないんだよなあ。と、自分の立場もわきまえずに失礼千万なことを思う。

 目尻がほんの少しだけ垂れていて、鼻が小さくて、唇も薄い。笑えば人懐っこいし、しょげている顔は思わず手を貸してあげたくなるというかなんというか。



「な、なに?」



 あまりにも凝視していたからか、津山くんがそう尋ねてきた。



「うーん……まあ、確かに顔はかっこいいよね。顔は」


「俺、泣いていい?」


「冗談だって」



 さっきから、冗談だと言えば何でも許されるような気がしている。それを彼にも悟られたのか、津山くんはすっかりご立腹だった。


 だけれど、そのまま怒ってなよ、と思う。津山くんの笑った顔しか、私はあんまり知らない。



「もう立てそう?」


「あ、うん、だいぶ楽になった。さんきゅ」



 二人で立ち上がり、体を伸ばす。


 灯からメッセージが入っていて、もう終わりそうだということだった。その旨を津山くんにも伝えると、彼の表情が曇る。



「……どうしたの?」


「あ、いや……そっか、またあっち戻んなきゃだよな」



 みんなと合流するには、またゾンビの蔓延るエリアを通らなければならない。きっとそう思って、彼は憂いているのだろう。


 大丈夫だよ、と私は首を振った。

 津山くんにホラー耐性がないと察してから、こっそり灯には告げ口してある。こっちに迎えに来てくれるらしい。



「こっち来てもらうように連絡したから。多分ホテルもね、ゾンビいるエリア通らないで帰れる道あると思う。そっちから行こう」



 言いつつ彼の背中を軽く叩いてから、流石に気安く触りすぎただろうか、と後悔する。また弟と重ねてしまった。

 しかしそんな私の心配とは裏腹、津山くんは「西本さんさぁ」と舐め腐った口調で話し出す。



「包容力すげえって、言われない?」


「藪から棒にどうしたの」


「いや、ほんと何から何まで……さーせん」



 あーあ、可愛くない。本当に可愛くない。さーせん、とか、もういつもの津山くんに元通りだ。



「津山くんはさぁ」



 わざとらしく語尾を伸ばして、さっきの彼の口調を揶揄う。



「もっとかっこ悪くなっても、誰も文句言わないと思うよ」


「……は、」



 まあこれは、八割くらい私の願望だけど。

 カッコつけたいというのがプライドなら、それはどうしようもないし、ご自由にどうぞ、という話で。だけれど、それが彼自身を窮屈にしているのなら、もう少し他人の目に鈍感になっても罰は当たらない気がするのだ。



「人って意外と自分のことしか見てないらしいよ。他の人のことはね、次の日には忘れてるもんらしいし」



 人気者の津山くん。遊び人の津山くん。それ以外の感情を知らないみたいにへらへら笑って、気を遣って消耗して。

 疲れないのかなって、時々思う。私みたいに、愛想を振りまく相手を取捨選択すればいいのにって、思う。とはいえ、彼にとってのアイデンティティーとプライドがそこにあるなら、譲れないし変えたくないのだろう。


 津山くんにとっては、いきなり何の話だ、とさっぱり意味が分からないかもしれない。でも、一つだけ覚えていて欲しいのだ。

 カッコいい津山くんより、カッコ悪い津山くんの方が、何倍も人間味があって面白いということ。



「だから私も、津山くんがこんな風になってるの明日には忘れてるなあ。ってね」



 怖いものが苦手。カッコ悪い。それでいいよ。

 少なくとも私は、津山くんがダサくなったところでどうだっていいんだよ。



「西本さ――」


「あ、いたー! お待たせ!」



 もう日が落ちたというのに、朱南は元気いっぱいなようだった。その声に応じようとして、そういえば津山くんに呼ばれた気がしたな、と振り返る。



「なに?」


「あ、いや……何でもない」



 ありがとう、と。そう付け足して照れ臭そうに俯いた彼に、こっちが恥ずかしくなってしまった。


 みんなでホテルまでの道を歩きながら、秋の風を顔に受ける。

 アトラクションの感想を興奮した様子で交換する灯たちの後ろで、私と津山くんはなぜか二人並んで歩いていた。まあ私たちだけ乗っていないし、話に加われないのだから、当たり前といえば当たり前だ。



「西本さん」



 不意に名前を呼ばれて、彼の方に視線を移す。返事の代わりに首を傾げれば、「何でもない」と言われてしまった。


 そのまま特に会話もないまま歩き続けて、時々、事故のように僅かに手が触れて。だからといって、重なることはない。私たちは、そんな関係ではない。


 でも外が薄暗くて良かったな、と思った。

 手を繋いでいた時のことを思い出して、ほんの少し、顔が熱かったから。



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