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ピーク・エンド・ラバーズ  作者: 月山 未来
Cheek Dyed Beginners
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 かんぱーい、と若干やる気のない掛け声に合わせて互いのグラスをぶつける。ファミレスの安っぽいグラスでは、軽い音しか鳴らなかった。



「いや~、長かった。ようやく報われたわぁ」



 向かいに座るクラスメートがため息交じりに嘆き、椅子にもたれかかる。

 私はそんな彼を横目に、つい先程ドリンクバーで注いできた白ぶどうスカッシュを口に含んだ。



「報われたって、それ津山(つやま)くんのセリフじゃなくない?」



 ついでに言うと、私のセリフでもないはずだ。

 しかし当の本人は臆することもなく、「まあまあ」と宥めるように苦笑する。



「俺も色々頑張ったのよ。暗躍者? っていうの?」


「それだとマイナスの活躍しかしてなさそうだけど」


「はは、確かに。間違えたわ」



 間違えた、という割に訂正する気はないようで、彼はそのまま頬杖をついた。ただ面倒なだけなのか、適切な言葉が見つからなかったのか、どちらかは分からない。


 ドリンクバーしか注文していない私たちは、店からしたらあまり歓迎されない客だろう。

 テーブルの上には彼と私のグラスが二つ。それから、学校側から支給されたうちわ。うちの高校の伝統で、毎年文化祭のときに全校生徒に配布されるのだ。



「津山くんのうちわ、メッセージびっしりだね」



 文化祭は二日間の日程で行われる。今日はまさにその二日目で、ついさっき後夜祭を終えたところだった。

 うちわの扇部に友達同士メッセージを書き合うのが、先輩たちが代々続けてきたカルチャーらしい。例に漏れず、彼のうちわにも沢山のメッセージが綴られていた。最早本来の柄が見えなくなるほどだ。



「あー、何か途中から勝手に持ってかれてさー。手元に返ってきた時にはもうこの状態だったんだよね」



 これとかヤバくない? と、真ん中にでかでかと描かれた下手くそなウサギの絵を指し、彼が顔をしかめる。


 卒業アルバムへのメッセージ等もそうだけれど、こういった時、教室内でのその人の価値というか、格差みたいなものが現れるのだと思う。

 いつもクラスの中心にいる人気者はページいっぱいにみんなからメッセージをもらうし、教室の端の方で静かに過ごす者は本当に仲のいい友達くらいとしかそういう交流をしない。


 無論、前者が彼で、後者が私だ。



「ていうか、私とこんなところいていいの?」


「何で?」


「いや、友達と打ち上げとか……」



 津山くんには、友達が沢山いる。

 それは部活の仲間だったり、去年クラスが一緒だった人だったり――友達以上恋人未満な関係の、女の子だったり。



「うーん、別に。クラスの打ち上げもあるし、そこで良くない? ってなった」



 というのは、普通(・・)の友達についてだろう。

 正直私が懸念しているのはそっちではなかったけれど、わざわざこちらから切り出すことでもない。


 さりげなく店内を見回し、同じ制服を着た集団がいないか確認する。

 学校から離れた場所がいいと主張した私の判断は間違っていなかったようで、幸い、顔見知りは誰もいなかった。



「だったら私たちも、クラスの打ち上げで良くない?」



 彼と私は、今年から同じクラスになった。

 一年生の時から何だかやたら髪色の明るい人がいるな、と認識してはいたけれど、いざこうして近くで見てみると、本当に眩しいくらいだ。少し金髪っぽい、明るいブラウン。バスケをやっているからか、毛先はそこまで長くない。



「いやいや。それとこれとは違うでしょ、俺らの絆は」


「絆っていうほど強いものを構築した覚えはないんだけど」


「うわっ、辛辣~」



 だって、本当にそうだと思う。

 クラスのムードメーカー的立ち位置である彼と、決して愛想が良いとは言えない私。本来ならば大した繋がりもなく、あっさりと一年を終えるものだと思っていた。そう、本来ならば。



「だって共有できるの、西本(にしもと)さんしかいないじゃん。今のこの高揚感を抱えておくには、一人じゃ虚しいんだよ」



 高揚感、と言っていいかは定かではないけれど、達成感にも似たものは、確かに私も感じている。

 だからこそ、彼の誘いに乗ってのこのことファミレスまで来てしまったのだ。



「ほら、もっかい乾杯しとこ。親友の明るい未来に、かんぱーい」



 半ば強制的にグラスをぶつけられ、ため息が漏れる。

 暗躍したというだけあってか、津山くんはまるで自分の手柄でもあるかのように上機嫌だった。



「……明るいかどうかは、明日本人に聞いてみないと分からないよ」


「え~、あれはもう確定っしょ。逆にくっついてなかったらびっくりなんだけど」



 彼と私が交わることになったそもそもの原因は、私たちの親友にある。


 津山くんは、二年生になってから一人の男子生徒――狼谷(かみや)くんとずっとつるんでいた。その人は遅刻早退欠席常習犯、というなかなかの問題児で、みんな彼を多かれ少なかれ恐れている。


 一方で私は、一年生の頃から部活もクラスも同じである親友がいて、彼女はすごく穏やかな性格だ。


 そんな私の親友――(よう)と狼谷くんが同じ文化委員会になってしまったことが、全ての発端だった。



「まあ、確かにあれは……誰がどう見ても両想いだったんだけどね」



 お察しの通り、正反対の性格とも思えた二人は、いつの間にかイイ感じになっていたわけである。

 後夜祭の最中、羊が狼谷くんを連れて走っていったから、きっと告白なりなんなりして上手くいったんだろう。お幸せにどうぞ、というメンタルだ。



「いや~~~、俺もなかなかいい仕事したと思うんだよね。もうじれったくてじれったくて、こっちが禿げそうだったからさ~」



 禿げたらどうなるんだろう、と勝手に妄想してしまい、口元が緩みそうになる。唇を噛んでこらえながら、私はさも真面目な顔で頷いた。



「まあ、お疲れってことで」


「うぃー」



 今度は直接ぶつけることなく、グラスを掲げて労い合う。


 私たちの仲は、何とも奇妙だった。

 友達にしては浅すぎるし、ただのクラスメートと言うにも言い切れない。同じ親友の幸せを願う立場として、謎の親近感みたいなものが生まれそうだったけれど、だからといって特にどうということもなく。


 だって、彼と私じゃ、あまりにも平行線すぎる。

 それは教室内での役割だとか元々の性格だとか、そういったことを抜きにしても、だ。



「……あ、ごめん。ちょっと電話」



 津山くんが軽く詫びて席を立った。

 それを視線だけで受け流して、私は窓の外を眺める。



「もしもし? あ~、いやごめん、ちょっと友達と話しててさ……」



 彼の声が徐々に遠ざかっていって、ようやくほっと胸を撫で下ろした。

 狼谷くんは問題児だけれど、津山くんだって、私にとっては問題児なのだ。


 人当たりが良くて、明るくてユーモラス。そこだけ切り取れば、彼がとても輝いた人に思えるだろう。

 だけれど実際のところ、津山くんは女癖が悪い。もう本当に、いっそ清々しいほどだらしない。


 へらへらとチャラついた笑顔で女の子を誑かし、関係を持った人数は一体いま累計で何桁いったのか。

 特定の彼女をつくるわけでもなく、彼は「必殺遊び人」としてその名を馳せていた。



「やー、ごめんごめん。俺、腹減ってきたな~。ポテト頼んでいい?」



 早々に電話を終え、津山くんが帰ってきた。言いつつ呼び出しボタンを押そうとするので、私はすかさず口を挟む。



「もう帰ろう。私も普通にお腹空いたし、家帰ってから食べるよ」


「まじ? おっけー、そしたら帰るか」



 二人して立ち上がり、荷物を整理する。

 伝票を抜き取ろうとしたところで、彼の手が素早くそれを攫っていった。



「じゃ、今日は気分いーから俺のおごりで!」



 ひらひらと紙切れを揺らし、津山くんが朗らかに宣言する。

 気分の良し悪しで財布の紐の緩さを操るのはやめた方がいいと思うけれど、私がそれを言っても余計なお世話だろう。


 それに、そんな不確かな条件で人に借りを作るのは、私が嫌だ。



「いいよ、払う。どうせ二百円くらいでしょ」


「俺が誘ったんだし、いーよ。こういう時は素直に奢られておくのが吉!」


「当てにならなさそうなおみくじだね」



 結局、彼のおみくじ通り、素直に奢られることにした。

 あんまり認めたくはないけれど、こういうことをさらりとできてしまうから、津山くんはモテるのだと思う。いや、慣れているだけかもしれない。


 店を出ると、外は既に紺色だった。



「西本さん、どこまで歩くの? 駅?」


「うん」


「おっけー」



 当たり前のように、彼が私の横に並ぶ。ちらりと横顔を見上げて、尋ねてみた。



「津山くんは、どこまで?」


「俺も駅」


「いつも、バスで来てたっけ?」



 私はバス通学だけれど、彼はどうだったか。まあそこまで興味のある話題というわけではなくて、単なる時間つぶし、気まずさ解消だ。



「えー、いや違うけど……さすがに、夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかないでしょ」



 うわ、と思わず呟いてしまった。

 しっかり彼にも聞こえてしまったのか、「うわって何、傷つくわー」と大袈裟に眉尻を下げられる。



「いいよ、すぐそこだから。彼女にも悪いし」


「え~、彼女って? いないの知ってるでしょ」


「さっき電話してたの、彼女でしょ?」


「いやさっきのはマミちゃん」


「それは知らない」



 誰だ、マミちゃんって。心底どうでもいい情報を得てしまい、うんざりする。

 津山くんはもう通常時の笑みに戻っていて、「いーから送らせてよ」と押し切った。


 駅へは本当にすぐ着いて、ほんの僅かな非日常だった。

 津山くんが車道側を歩いてくれたり、歩幅を合わせてくれたり、そういったことをされる度に何だかむず痒い気持ちになったし、いちいち気が付く自分にも嫌気がさす。



「じゃ、また明日!」


「……うん。ありがとう」



 一応お礼を述べれば、津山くんは「どーいたしまして」と肩を揺らし、手を振りながら背を向けた。


 バスに乗り込んだ後、彼からメッセージが届く。



『報告! 二人、無事に付き合うことになったって!』



 きっと狼谷くんから連絡が来たのだろう。分かりきってはいたけれど、こうして文面で見ると安心した。


 長い一日だったな、と静かに瞼を閉じ、窓に頭を預ける。

 すると、再びスマートフォンが振動して、新着メッセージの存在を知らせた。



『ところで、西本さんってキノコ派? タケノコ派?』



 一体何の話だろう。連投してまで続けるような話題でもなさそうだけれど。



『送る相手間違えてるよ』


『いや俺、ちゃんと西本さんって打ったよね!? めんどくさいからってスルーしないでよ』



 そんな言葉が続いて、写真が送信された。コンビニでも寄ったのか、チョコ菓子のパッケージが二つ映されている。

 キノコかタケノコか、という質問は、そういうことだったらしい。



『タケノコかな』


『俺もタケノコ! ってことで買って帰りまーす。西本さんも帰り気を付けて!』



 結局、私に聞いた意味は皆無に等しい気がする。中身なんてない、すっからかんなやり取りだった。

 だけれど、この他愛もないやり取りは今に始まったことではない。彼と連絡先を交換して以来、親友の恋路を応援するべく情報交換をしていた。津山くんはその終わりに、いつも下らない話を投げていく。



『今日は色々とありがとう』



 知らずに絆されていたんだろうか。

 自分の指先はそんなメッセージを送信し、今度こそ私は目を閉じてバスに揺られた。



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