人権派
その日の放課後、翔子はふうかに話しかけた。
しかしふうかは、翔子の話を聞く前に、こんなことを言った。
「翔子、あかりがこの前ふられたって知ってる? 兄貴が、あんな女がくっついている子とはつき合えないって。『あんな女』っていうのはもちろん、翔子のことだよ。
「そうなの? 器の小さい男だねえ。だけど良かったんじゃないの? 『子』だとか『おまえ』だとか、女を子ども扱いするような性差別主義者とつき合うより、女の子を大事にしてくれる人とつきあった方が幸せだよ。もっとも、日本の男ってみんなそんなものだから、外国人とつきあった方がいいかもね。それよりも、今日ふうかの家に行っていい?」
「なんで今の話からそうなるの? わたしの家には翔子の言う『差別主義者』もいるんだけど。」
「ご両親に相談したいことがあるんだ。実は昨日、その差別主義者を土下座させたことをツイートしたら、大炎上しちゃってさ。誹謗中傷がすごいんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「もうひとつあるんだ。ふうかは学食に行っていて知らないだろうけど、今日お昼どき、わたしはみんなに牛や豚が屠殺されている写真とか見せて、肉を食べるのをやめさせようとしたんだ」
「…なぜそんなことをする」
「動物はごはんじゃない。生き物の体を食べるのはやめるべきだ」
「そう考えるのは自由だけど、そんな写真を見せられるのは迷惑だよ」
「なんで? 表現の自由じゃない」
「それを嫌がるのも自由だし」
「日本では、ニワトリは意識があるまま殺されている! それに、商業捕鯨も再開したでしょ! モリを生きたクジラの体に突き立てている! こんなことをするのは日本人くらいだ!」
「そんなことは世界中で起きてるでしょ」
「そんなことはない!」
「自然界では動物たちは、生きたまま食べられてるんだよ。拷問死とおんなじだ。安楽死なんかさせてもらえるのは、ペットくらいだよ」
「牧畜は環境破壊をしている!」
「そうなの?」
「日本人は、中国の工場が二酸化炭素を出してるとか言ってるけど、それよりも、家畜が出す二酸化炭素の方がずっと多い! 牧畜はやめるべきだ! だけどわたしたちが肉を食べている限り、牧畜は続く。わたしだってああいう写真ばかり見せているわけじゃない。『人造肉の作り方』っていうレシピを見せてるんだ! それなのに、望月の奴、どっかり座って、動物たちが屠殺されている写真を見ながら、ビックマックをもりもり食べてるんだよ! あいつには心がないの! これって、教師の生徒に対するいやがらせだよねえ。わたしにさんざんやりこめられたことへの、仕返しだとしか思えない!」
「クラスの他の生徒たちが、翔子に味方するはずがないっていう自信があったんだろうね」
「しかもあかりに、『ただ悩んでるだけじゃどうにもならないぞ。行動に移さなきゃ』とか、先生っぽいこと言ってるんだよ! ロクに人権意識も無いくせに!」
「そういうことか。望月、グッジョブ」
「何言ってるの!」
「性差別とか、外国人差別とか、どこか抽象的だけど、食べ物に関しては、具体的に被害が出るでしょ。そんなことをしたら、嫌われるにきまってるし」
「嫌われ者になってもやらなきゃならないことがあるんだよ。だけど、ネットの誹謗中傷といい、望月のふるまいといい、どう考えても人権問題だ! だから対処法について、ふうかのご両親に相談したいんだけど、今日家に行ってもいい?」
「不法侵入で訴えられたくなかったら、絶対にウチに来ないでね」
「ふうかのご両親って、人権派弁護士だよね。そんなことするはずがないよ」
ふうかが立ち上がった。
「わたしが通報する」