説得
連休、翔子はふうかとともに出かけた。
ちょうどLGBTのデモが行われていたのだ。
女装した男性、男装した女性、男どうしのカップル、女どうしのカップルが数十人にわたって、行列をなして歩いている。
手にはプラカードや横断幕、そこには「マイノリティーを差別するな!」「性的少数者に社会への居場所を!」「同性愛者の就職差別を許すな!」と書かれていた。
「差別反対!」「差別反対!」のシュプレヒコール。
ついていって一緒に叫びたくなった。
その時、そのデモの後ろに、「こんなことが許されているのは日本だけだ」という横断幕がついてきた。
それには、鶏が生きながら頸を切られている写真がついていた。
翌日学校で、ふうかに話しかけてみた。
「昨日は楽しかったね!」
「そうだね」
「ご飯もおいしかったし」
「そうだね」
「話しかけたら、親切な人ばっかりだった」
「うん…」
「それにしても望月の奴、『コンビニに入って店員が日本人だと安心する』とか言いやがって! どう考えても外国人差別だっての! あわてて謝ってたけど、教師がその程度の人権意識しかないことが問題だよ!」
「そうだね」
「どうしたの? さっきから変だけど」
「翔子さあ、兄貴に、あかりに土下座させたって、本当なの?」
「本当だよ。何が『女は料理の勉強をしろ』だ! どう考えても性差別でしょうが! 家事が上手いことを『女子力』なんていうのは日本だけだよ! 男だって料理くらいすればいいんだ!」
「翔子さあ、何だか変な方向に行ってない?」
「変って、どういうこと?」
「あのさ、人権運動とか参加してるみたいだけど、そんなことをしてもお金にはならない」
「当たり前じゃない!」
「将来のことを考えたら、普通に勉強した方がいいんじゃないの?」
「教師とか医者とか、弁護士とか、人権運動に参加してる人はいっぱいいる! ふうかのご両親だってそうじゃないの!」
「そうだね。翔子は死刑制度についてどう思う?」
「すぐに撤廃すべきだね。先進国で死刑制度があるのは日本とアメリカだけだっていうけど、アメリカでさえ、死刑が無い州はたくさんある! だいたい、こんな野蛮な制度があるなんて、とうてい先進国だなんて言えないよ! だいいち、憲法の定めた『残虐で異常な刑罰』に違反している!」
「憲法に違反しているのに、なんで死刑が無くならないんだろうね」
「国民の多くが、死刑制度を存続させたいからでしょ。だから私たちは、啓蒙しなくちゃならない! 裁判なんて、いくら慎重にやったって冤罪の可能性が必ずあることを、みんなに知らせなくちゃならない! だから、全国の教師や弁護士が、死刑制度の撤廃を訴えている!」
「そう。国民の多くが、死刑制度の存続を望んでいる。猿は木から落ちても猿だけれど、政治家は選挙に落ちれば政治家じゃなくなる。だから、政治家はたとえ反対勢力であっても、死刑の撤廃を公約にしたりしない。だからいつまで経っても死刑はなくならない。だけど、病院から飛び出しても医者は医者だし、事務所から飛び出しても弁護士は弁護士だ。人権運動をしたから医者や弁護士になれたんじゃない。勉強して、食べていける資格を取ったから、人権運動なんかしてられるんだよ」
「教師は!」
「教師は、たとえ免許があっても学校から飛び出したら教師じゃなくなる。望月が、翔子みたいな小娘に説教されてもすぐに謝るのは、それがあるからだよ。だから翔子、あなたも食べていけるような資格を取ってから運動すればいいじゃない。今は、学校の勉強に専念した方がいいよ」
何を言ってるんだろう、この子は。
「だめだ! これは絶対にやらなきゃならないことなんだから!」
自分が今こうしている間にも、差別に苦しんでいる人がいるんだ!