翔子
「凜として風に抗い-西宮翔子の受難」
ふうかは、放課後の教室で、自分の椅子に座っていた。体をねじって、背後の翔子の席の方を向いている。翔子は、机の天板に顔を伏せている。翔子がだるそうに声を出した。
「いいねえ、ふうかは」
「何なの、藪から棒に」
「勉強ができて」
「いや、勉強がちょっとできたからって、そんなに得はないし」
「それって、アイドルが『ちょっとくらいかわいくても仕方がない』とか、スポーツ選手が『スポーツだけできたってしょうがない』とか言ってるのと同じだよ!」
「祥子はわたしが、スポーツもできないし、かわいくもないって言いたいの?」
「わたしなんか、勉強もできないし、スポーツもできないし」
「スルーしやがった、こいつ…」
「小さいころピアノを習わされたけど、全然弾けるようにならなかったし」
「一体何が言いたいの?」
「ふうかは、オタクでアニメばっかり観てるけど…」
「特撮も見るよ。今ハマってるのは初代仮面ライダー。『出たな、ショッカーの改造人間』って。おまえもそうだろうが! ってツッコミを入れながら観るのが…」
「そんなに勉強してるようにも見えないのに」
「またスルーしたな」
「テストはできる」
「そんなことはないよ。人並にはやってるよ。だけどオタクって読書好きだから、読解力はあるんじゃないかな」
「自慢?」
「めんどくさいな…」
「ふうかのご両親って、二人とも弁護士なんでしょ。勉強できるのはその血を継いでいるんじゃないかと思って」
「そんなことはわからないけど」
「いくらわたしだって定期テストの前くらい勉強するけど、いくら教科書を読んでもまるっきり頭に入ってこない! 運動なんかそれ以前の問題! まったく体が動かない! マラソン大会の次の日なんか、筋肉痛で学校休んじゃったし! 小学校のころ体育が本当にイヤだった! 何がイヤだって、出席番号順で二人組にさせられるのがいやだった! 体育の時間のたびに友達にイヤそうな顔をされるのがたまらなくイヤだった!」
「まあ、何でもいいけど、翔子にしかできないことを見つけてみたら?」
「わたしにしかできないことってなに?」
「わたしに聞かれてもわかんないけれど」
「じゃあ、意味ないじゃん!」
「まあ、お互い若いわけだし、ゆっくり見つければいいよ」
「まったく、ガッコのセンセみたいなことを言って…」
翔子はいきなり立ち上がってカバンをつかむと、そのまま出て行った。