88話_サキュバスと大泣きお姉さんと傲慢男5
夕方、街が紅に染まる頃
シェイドとチャミュ、ネツキの3人は仕事帰りの夕食でパスタ屋を訪れていた。
「本によると、どうやらここが美味しいらしい」
テーブルに座って2人に端末に映った店の情報を見せる。
「あんさんもすっかり人間らしゅうなったんやねぇ」
「シェイドがこういうところに興味があるなんてな」
「興味はない」
きっぱりと言い切るシェイド。
「じゃあ、なんでここに?」
メニューに目を通しながら、横目でシェイドを見やるチャミュ。
「シオリが喜ぶかと思ってな」
「主人想いの守護天使やねぇ」
「そのまっすぐさが羨しい…」
「え?」
「ん?」
ため息をつくチャミュの方を見る2人。
「えっ、あっ、そういうことじゃなくてね!」
「じゃあ、どういうことなん?」
ニヤニヤしながらチャミュを見るネツキ。
最近はチャミュが慌てる様子を見て楽しむSッ気が目立ちつつある。
「な、なんでもないってば!」
顔を真っ赤にして反論するチャミュ。
「この話は終わり!店員さん、注文お願いしまーす」
「そうからかってやるな」
「ええやん、チャミュの色気話なんて今までなかったんやから。あ、ウチはカルボナーラで」
「私はボンゴレ・ビアンコ、食後に紅茶を。そうだ、今度、邪帝・ザ・ギャングROXというバンドのライブに行くんだがチャミュも一緒にどうだ?」
「私はきのこのスパゲッティを。はい、以上で。…邪帝、か。名前は聞いたことがあるが…」
「へぇ、邪帝の。ようチケット取れたなぁ。女性にえらい人気のバンドやないの」
「そうなのか?詳しいことはよくわからん」
「せっかくやし、ウチは連れて行ってもらおうかなぁ」
チラリとチャミュの方をみるネツキ。
「な、なんだこっちを見て」
「チャミュはどうするんかなぁって」
「私は遠慮しておこうかな、人混みが多いのはあまり得意ではないし……」
「そうだ」
シェイドが思い出したように言葉を続けた。
「言い忘れていたが、シオリ達も一緒だ」
ニヤリとチャミュの方を見るネツキ。チャミュは観念したという顔をしてシェイドの方を見て答えた。
「……行く」
◆◆◆◆◆
「しっかし、本当に僕そっくりだなー」
端末越しの僕にそっくりな男性、邪帝は驚いたように声を上げた。
「こっちが邪帝さん。じゃあこっちは?」
「だからシオリだって言っただろ?」
「じゃあ本当に邪帝さんじゃないんだ!!」
ヘルはようやく僕の話を聞く耳を持つようになったようだ。
「すげぇな!まさか僕と瓜二つの奴が存在するなんて。なぁ、今度直接会えないか!やってみたいことがあるんだ!」
邪帝は喜々としている。
「まぁ、機会があれば」
「何言ってんだよ!邪帝さんのお誘いなんて滅多にないんだぞ!」
「いや、今日は君の話を聞きに来ただけだからさ」
「ハハッ!おもしれぇな!他の奴らならすぐ食いつくのに!流石、僕と同じ顔してるだけはある」
端末の向こうの邪帝は愉快だという風に笑い転げている。
「なぁ、せっかくだ今から言うところにヘルと一緒に来い。わかったな?あと、外では僕のことは邪帝って呼ぶなよ、すぐバレちまうからな。マーリンって呼べ」
そう言って一方的に切ってしまった。
「電話、切られちゃったけど……」
「すげぇ!あんたすげぇよ!邪帝さんにこんな短時間で気に入られちゃうなんて!!」
ヘルは興奮気味に立ち上がると僕の手を握った。
「行こう!邪帝さんが待ってる!!」
◆◆◆◆◆
場所は変わって、庭を見て回るソフィア。庭師のネネが丁寧に説明してくれる。
「ネネさん、あなたはここでずっと庭の手入れを?」
「えぇ、サマァさんに拾われてここで手入れの仕方を教わって。あとはずっとです」
くるりとカールしたピンク色の髪にオーバーオールを着た女性、ネネは自分が庭師であることを誇りであるように語った。
「綺麗な庭でしょう?」
「ええ、とても綺麗だと思います」
「この庭は私の存在価値です。サマァさんは身寄りのいなかった私を引き取って育ててくれたから、その恩を少しでもお返ししたいんです」
「サマァさんはネネさんの他にも身寄りのない子を引き取ったりしてるんですか?」
「えぇ、私以外にも数人います」
「ミミさんもその1人?」
「そうですね。ただ、ミミは……」
表情を曇らせるネネ。
「何を考えているかわからないんです…。だから、少し怖くて」
脅えるネネの手を取るソフィア。
「大丈夫、あなたはこんなに優しく育っている。ミミさんも、きっと」
「ソフィアさん……そうですね。そうですよね」
「えぇ」
その時、金髪の少年とシオリが屋敷の入り口から出てきたのが見えた。
シオリと、もう1人はミミという少年だろうか。
2人ともこちらに向かってくる。
「シオリ、どうしたのですか?」
「今から、邪帝のところに行ってくるよ」
◆◆◆◆◆
ネネに庭を案内してもらった後、ソフィアは屋敷に戻りサマァに一部始終を説明した。
「そうですかぁ、ミミちゃんいつの間に屋敷を……」
「シオリが一緒なので大丈夫だとは思いますが。私もこの後シオリの方に行ってみます」
「私の話は一切聞いてくれないので、どうかよろしくお願いしますぅ」
深々と頭を下げるサマァ。
そこに、爺がなにやら不思議そうな顔をしてやってきた。
「サマァ様、ミミ様宛のお荷物が何やら届いているようなのですが。それがとても大きな物でして」
「あらぁ、何かしらぁ。どこに置いてあるのぉ?」
「今、入り口まで運んでおります。ですが、差出人が聞いたことのない名前でして」
「どなたぁ?」
「地獄の使い《エビルクラウン》と」
「変な名前ねぇ、まぁいいわぁ。通してちょうだい」
サマァの命令で屋敷に移動してくるミミ宛ての荷物。その時、ソフィアの心の中でリアの声が囁いた。
「(危ない。避けて)」
「(どういうこと?)」
「(嫌な気配がする…)」
屋敷の入り口で止まるトラック。その方向に歩いていくサマァと爺。
ソフィアは反射的に叫んでいた。
「離れて!!」
ボォォォォオン!!!
突如トラックが爆炎を上げた。
激しい衝撃音とともに、破片が辺りに飛び散る。
屋敷の入り口は、騒然とした空気に包まれた。
◆◆◆◆◆
邪帝に呼ばれてから数十分後、僕とヘルは天界第二層の外れを訪れていた。サマァの屋敷とは打って変わって、お世辞にも治安が良いとは思えないような場所だった。
「天界にもこんな場所があるんだな」
「ここは天界の生活に馴染めずあぶれた者が集まる場所なんだ。邪帝はここの出身で売れた今でもこの場所に住んでる。反骨心を忘れないためなんだってさ」
「歌の原動力になっているって事か」
ゴロツキやいかにも屈強そうな柄の悪い天使たちを横目に僕とヘルは奥へ歩いていく。
そこに、僕の2倍は身長がありそうな男が目の前に現れた。
筋肉隆々でスキンヘッド、それでいて背中には翼がある。どうやら天使らしい。
「よぉ、邪帝さんに会いに来たんだ」
ヘルはその天使に向かって軽く挨拶をする。
天使はヘルと僕を一瞥すると、黙って振り返り歩き出した。
「無口な奴で誤解されやすいけど、根は良い奴なんだ」
「へぇ、(見かけによらないものだな)」
のっしのっしと歩く天使の後を追いかける。そのうち、金属の塊で出来たような一軒家の前までたどり着いた。幾重にも柵で囲まれた厳重な場所だ。
「着いた。こっちから入るからついて来てくれ」
「驚いた、地下に行くのか」
筋肉隆々の天使はマンホールの蓋を開け、僕達にそこに入るように促す。言われるままにマンホールの中に入ると、そこには奥につながる一本道があった。
「この先に邪帝さんがいるよ」
一番奥までたどり着くと、髑髏マークがでかでかと書かれた扉が姿を現す。
「邪帝さーん、来ましたよー!!」
大声をあげるヘル。すると、その扉がゴゴゴゴと音を立てて動き出す。さながら冥界の門が開いたかのようだ。
開いた扉の奥には、テーブルに腰掛ける男性の姿があった。
「よおー!!よく来たなー!!」
勢いよく跳ねたその男性は、こっちに向かって悠然と歩いてくる。
「ハッハッ!本当に同じ顔とは愉快なもんだ!」
「びっくりするくらい同じ顔だね」
僕と邪帝は顔を見合わせて笑う。
「まぁ座ってくれよ」
邪帝に促されて近くにあった椅子に座る。
「ここは僕のアジトなんだ。イカすだろ?」
音楽のスタジオのように広々としたスペースに、自分ではわからない機器がいくつも並んでいる。
「邪帝さんはここでいつも曲をつくってるんだ。スペースもあるから、動画もここで撮れる」
確かに大きな撮影機材も置いてある。
「にしてもホントそっくりだな、ブラザー」
「ブラザー?」
「兄弟ってことだよ。こんなに似てるのはもう兄弟だろ。歌は歌えるか?」
「多少なら…」
「よし!今僕の中にいくつか構想があるんだ。それをやろう」
「歌えるって言っても、そんな大したことではないけど…」
僕の言葉は意に介さず、邪帝はノートになにかを書き殴っている。
「いいな、インスピレーションがどんどん沸いてくる!!」
嬉々としてペンを走らせる邪帝。ヘルも楽しそうにそれを見ている。
そこに、ソフィアからの連絡が入った。
「シオリ!!」
「ソフィア、どうした。随分慌てて」
「サマァさんの屋敷で爆発があったんです。ミミさん宛ての荷物が大爆発を起こして」
「なんだって!?皆無事なのか?」
「えぇ、屋敷は少し壊れてしまいましたが私もサマァさんも大丈夫です。ミミさんになにか危険は及んでいませんか?」
「いや、特にはなにもないけど」
「そうですか。こちらが落ち着いたら私もそちらに向かいます。気をつけてくださいね、シオリ」
「わかった、ソフィアも気を付けて」
「はい、それと荷物の差出人は地獄の使い《エビルクラウン》と書かれていました。
ミミさんに心当たりがないか聞いておいてください」
「地獄の使い《エビルクラウン》……わかった、じゃあまたあとで」
電話を切りヘルの方を見る。
「なにかあったのか?」
「ヘル宛に届いた荷物が爆発したそうだ」
「なんだって!?かあさ……ババァは!!?」
「大丈夫だ、皆無事らしい」
「そうか…」
ホッとするヘル。
「地獄の使い《エビルクラウン》という名前に聞き覚えはないか?そこから送られてきたらしい」
「いや、聞いたことはないが……」
その時、邪帝の表情が少し曇った気がした。
「なにか心当たりがあるのか?」
邪帝は椅子から立ち上がると不快そうに言い放った。
「心当たりもなにも、地獄の使い《エビルクラウン》は今のバンドを結成する前の
バンドネームだ……」




