30話_サキュバスとサイキョウの姉
天界第2層上層。
その中心に位置するところにソフィアの家はあるらしい。
見るからに大きな家が立ち並ぶ。どこを見渡しても高級そうなところばかりだ。
「結構凄いところなんだな……」
景色に圧倒されて言葉が出てこない。
「ソフィア達は名家の生まれだからね、上層の中でもかなり上に位置しているよ」
「私はこの空気が好きではないけれど…」
「ミュウにとっては良い思い出ではないんだっけ」
「ええ、堅苦しくて偏見ばかりで…とても不自由だったわ」
「そうか……」
綺麗な景色からは見えない裏側もきっとあるのだろう。ミュウのことをあれこれ詮索するのはやめよう。僕は2層の建物を色々と見てみることにする。
しばらく歩くと、人間界で言えば教会のような建物へと辿り着いた。
「着いたよ、シオリくん」
チャミュが立ち止まって振り返る。
「ここが?」
「そう、ソフィアの家だ。そして彼らの家でもある」
「久しぶりに帰って来たわね……」
「へー、ここがあんたの家なんだ」
渋い顔をするミュウ。スカーレットはその状況を面白がっている。
ミュウが言うとおり、如何にも清く正しく、といった雰囲気が前面に出ている家だと思った。
「じゃあ、僕はここで待っているから。頼んだよ」
「博士は来ないんですか?」
「僕が行くとややこしくなるだけだからね」
「??」
「博士は気にしなくていいんだ。私たちだけで行こう」
「私もここで待ってるよ」
スカーレットが鎌をクルクル回し、後ろへと下がる。
「わかった、そしたら博士とスカーレットはここで待っていてくれ」
チャミュに促されて玄関へと進む。大きな柵があり、中へ入ることは出来ない。
横にあったインターフォンのようなものを押す。
リーンリーン。
甲高い鐘の音が鳴り響く。
「はい、どちら様でしょう?」
落ち着いた女性の声がする。
「あの、エレダさんに会いに来たんですけど」
「お約束でしょうか?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
「では、お取次ぎするわけにはいきませんので、お引き取り下さい」
「ちょっと待ちなさい。私よ、ミュウよ。帰って来たから大姉さまに会わせなさい」
ミュウが僕の会話に割って入ってくる。僕の裾をギュッと力強く握っているのが
彼女の緊張を物語っていた。
「………少々お待ちください」
女性はそれだけ告げると、少しの沈黙が流れた。
「エレダ様の許可が降りました。どうぞ、お通り下さい」
ガガガガ
女性の言葉と同時に、重々しい柵が勝手に開いていく。
「……行くわよ」
沈痛な面持ちのミュウ。
柵を越えると、そこにはとても大きな庭が広がっていた。
家の扉までの距離がとても遠く感じる。しばらく歩いただろうか。周りの緑を見ながら歩き、ようやく玄関前までたどり着いた。
玄関が開き、メイド2人が中から出てくる。髪を後ろで束ねてお団子状にした少女だ。2人とも似た姿をしている。クラシックなメイド服、髪はどちらも茶色でお団子の位置だけが違う。顔も似ているが、双子なんだろうか?
「ミュウ様、お帰りなさいませ」
2人とも、息ぴったりに声を揃えて挨拶をする。
「挨拶はいいわ。大姉さまに会わせて」
ミュウはインターフォンで話してからずっと、僕の裾を掴んでいる。いつものように
僕を誘った表情ではない、無意識のうちにそうしているのだ。
メイドは黙って僕たちを案内してくれる。
「ミュウ、お姉さんってどんな人なんだ?」
「自分にも他人にも、とても厳しい人よ…」
「そうか、無理するなよ。僕が話すから」
「馬鹿言わないで。あなたが言ったところで無理よ。知らない人の話を聞く人ではないわ…」
「ミュウ様、こちらでございます」
メイドが2人、また声を揃えてミュウに話しかける。
「開けてちょうだい」
ミュウの一言で、メイド2人が左右の扉を開ける。
扉の先には、髪の長い女性がティーカップを持って座っていた。
◆◆◆◆◆
ちょうど、その頃の博士とスカーレットというと―――。
2人は家の外でぼんやりと立っていた。
博士に一切興味を示さないスカーレット。鎌をチアリーディングのように回しては飛ばしている。
「……来たみたいね」
スカーレットはそう言うと、上に放り投げていた鎌をキャッチし、前の草むらに向かって投げる。
鎌は大きく弧を描き、草を一刀両断にしていく。そこには、隠れていた天使兵達がいた。
奥にラムとカゲトラの姿も見える。
「邪魔者を足止めしないとね?」
スカーレットは戻ってきた鎌をパシッと受け取り、博士に向かってウインクする(営業スマイル)。
「な、なんでバレちゃったのよ!!」
完璧な尾行だと思っていたのがあっさりバレて焦るラム。
「なんでですかね、バレないように隠れてきたと思ってたんですが」
「ここから先は行かせないわよ」
「ぼ、僕は戦闘要員じゃないんで、後ろで応援させてもらうよ」
スカーレットの後ろの草むらへと隠れる博士。
「しょうがない、こうなったら実力行使よ。あの男をとらえるのよ!!」
ラムの掛け声で、スカーレットに向かっていく兵士たち。
「させないんだから!!」
◆◆◆◆◆
スカーレットがラム達と戦っている中、家の中ではエレダと僕、チャミュ、ミュウの4人が対峙していた。
前髪を横に流し、如何にも切れ者といった雰囲気を漂わせているソフィアの姉エレダ。
色気がたっぷりで、女王様とでもいうのか、そんな空気すら漂わせていた。
「勝手に天界を抜け出して、今頃帰ってくるとは。なにしに来た?」
久しぶりに帰ってきた妹に対する言葉なのか、僕は少しムッと来ていた。
「別に…帰ってきたかったわけではないわ…」
ミュウは僕の裾を握ったまま、懸命に声を振り絞る。普段聞くような声とは違う、かすれるような弱々しい声だ。
目の前の姉の威圧にだいぶ押されているのがわかる。
「言うようになったな。姉に対する敬意すら忘れたか?」
冷たい視線。ギロッとした目がミュウを睨みつける。
「……大姉さまはそう、人を見下すことしかしない。ソフィア姉さまがどうなっているかは知っていて?」
「ソフィアが?私が知るはずがないだろう」
「姉さまは……天帝にさらわれたのよ……」
「……それで。だからどうしたというのだ?」
その言葉を聞いて、僕は気付けば声を荒げていた。
ここまで我慢できないことは生まれて初めてだったと思う。怒りと単純な疑問が、僕の口を突いて出た。
「あんたの妹だろう!!?なんでそんな言葉が返せるんだ!!!」
拳を強く握り、僕は震えていた。ミュウは驚いた顔をして僕を見ている。
「お前は誰だ?」
エレダは動じず、冷たい視線を僕へと向ける。
「天寿シオリだ。ソフィアを助けに来た」
僕も負けじとエレダの目を見つめ返す。この人は何故ここまで妹に対して冷たい言葉が吐けるのだろう。僕には兄弟はいないが、大事な人を放っておくようなことだけは許せなかった。
「あんたが第3層へ行けるチケットを持っていると聞いた。ソフィアを助けに行きたい、力を貸してくれ」
「出来ない話だな、私にも立場がある。人間がここにいることだけでも重大な規律違反だ。この場でお前を捕らえてやってもいいんだぞ?」
「妹が天帝にさらわれているんだぞ!!」
「言っただろう、私にも立場があると言った。天帝ならなお更だ。逆らえるはずがない」
「そんな…そんなのってあるかよ……」
僕はエレダの非情な返事に言葉を失くす。姉妹なのに、こんなにはっきりと関係ないと言えるのか。怒りと同時に悲しさがこみ上げてきた。
「シオリ、もういいわ。あなたの気持ちは充分わかった」
ミュウは僕の裾を引っ張ると、僕より一歩前に出て、膝をつく。
「大姉さま、先ほどの失言お許しください。私はソフィア姉さまを助けたい、そのためにお力をお貸しください」
「ミュウ……」
頭を突いて、懇願するミュウ。それを見て、僕も同じく頭をついた。ミュウの姿勢を見て、もうなりふり構わず言っていられないと感じたからだ。
「お願いします……!!!力を貸してください!!」
「……いくら頼まれたところで無理だ。さぁ、もう時間は終わりだ」
エレダはメイド2人を呼び出し、僕とミュウは外へと連れ出されていく。
◆◆◆◆◆
結局、エレダは相手にしてくれなかった。
「2人とも……他の方法を探そう」
立ち上がれない僕とミュウに、声をかけるチャミュ。
「このままいても、チケットは手に入らない。残念だが他を当たろう」
「あぁ……」
エレダに全く相手にされなかったことに、疲れと怒りが溢れてくる。
「外までご案内致します」
メイド2人は変わらず声を揃え、通ってきた道を逆に案内する。とぼとぼと後ろを歩く僕とミュウ。
その時メイドの1人が、小さな声で話しかけてきた。
「シオリ様、第3層行の列車は最後の便が到着した時のみ、2分間だけ警備が全くない状態がございます」
「……えっ?」
「えっ……」
メイドの思いがけない言葉に顔を上げる僕とミュウ。
「エレダ様はお立場がございます。どうかエレダ様の苦悩をご理解ください」
もう1人のメイドが言葉を発する。2人揃ってではない。
「エル、アル……」
ミュウは、瞳からこぼれる涙を袖で拭い取った。
◆◆◆◆◆
「あーっ!!!もうしぶといわねー!!!」
業を煮やして、雷撃の攻撃を立て続けに放つラム。
スカーレットのすばしっこい動きに、イライラが溜まっているようだ。
「主人、それ以上使うと体力が」
「うるさいわね犬!!!こいつ、ちょこまかと目障りなのよ!!」
放電が辺りを飛び周り、仲間の兵士も巻き込んでいく。
「随分とまたヒステリックなのね、上司がこれだと下も大変じゃない!!」
「よくわかってらっしゃる」
「なんか言った!!?犬!!?」
「いえ、なんにも!!!」
雷撃をかわしながら、スカーレットに攻撃を繰り出すカゲトラ。ようやく蹴りがスカーレットの体をとらえる。
「もらった!!」
「ぐぅっ!!」
転がるスカーレット。それでも多少のダメージを受け、疲れの色が見えてきている。
「やるじゃない犬、もうその女は置いといて、ターゲットを捕まえにいくわよ!!」
その時、2人の足元に槍が2本飛んできた。
「誰よ!!?」
ラムが振り向くと、そこにはメイド2人が立っていた。
「シオリ様、ミュウ様、ここは私たちが引き受けます」
「エル、アル!!」
「さぁ、ここは私たちに任せて先をお急ぎください」
「すまない…ありがとう!!」
僕は2人に礼を言い、スカーレットの腕を取り走っていく。
「──エル、珍しいじゃない。あなたが誰かの肩を持つなんて」
「ソフィア様をあれほど熱心に救おうとしている人を見捨てるほど、落ちぶれてはいなくてよ?」
「ふふっ、そうね」
メイドは2人顔を見合わせると、敵を見据えて槍をクロスさせる。
「ここから先は、私たちを倒してからにしなさい!!」
◆◆◆◆◆
「大丈夫かな、あの2人」
メイド2人が心配になる。
「エルとアルなら心配することはないわ」
信頼があるのだろう、特に心配することなく前を走るミュウ。
「シオリくん、それでチケットは手に入ったのかい?」
「いや、ダメだった」
「えっ!?それじゃあ」
「でも、第三層に渡る方法は教えてもらえた、あとは作戦を練るだけだ」
「そうね、それで充分だわ」
「そうか」
走りながら、ミュウの方を見る。ミュウも僕の視線に気づき、僕の方を見る。
「ミュウ、ありがとな」
「なによ」
「いや、だってあの時」
「言わないで…あんな姿、恥ずかしいんだから」
ミュウはうつむいて顔を真っ赤にする。
「でも…あなたのこと、もっと好きになったわ……」
ミュウがボソッと呟く。
「え、なんて?」
「な、なんでもないわ!!さ、急ぐわよ!!」
「(姉さまに対して、あんなに真剣になってくれる存在が現れるなんて。姉さまが羨ましいわ)」
ミュウは耳を真っ赤にしたまま、僕を置いて先に行ってしまった。




