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トーニャとニャメリ

婚約解消されたい令嬢と、解消したくない王子の俺

作者: 海伶

「婚約を、……解消されたいのですが、どのようにすればよろしいのでしょうか?」




 ドアを開けようとしたその瞬間、部屋の中から聞こえてきたその言葉に、俺の時間は止まってしまった。



 ……嘘、だろ?



 信じたくない。誰か、嘘だと言ってくれ。


 だって、その言葉は、間違いなく俺の婚約者が放ったものだったから。



 アメリは、俺との婚約を解消したいのか?



 婚約解消という言葉が、頭の中を反芻する。もう何も考えられない。


 心に強い衝撃を受けた俺は、そのドアを開けることなく、踵を返しその場を立ち去っていた。








「どうしてだ!? 俺の何がいけないんだ!?」


 執務室に戻った俺は、愛しの“にゃめり”に涙ながらに問いかける。


「どうして何も言ってくれないんだ? 言ってくれないと分からないよ……くっ、なんだよっ、そんな可愛らしい目で俺を見るなよ」


 可愛すぎて辛い。可愛いは時として罪だ。




「……そういうところじゃないですか?」


 呆れた目で俺を見てくる側近のカイルが、辛辣に言葉を放つ。


「何を言う!! にゃめりはアメリが『私だと思って大切にしてくださいね♡』との手紙を添えて俺にくれた、この世で二番目に可愛い存在だぞ!!」


 もちろんこの世で一番可愛いのは、アメリに決まっている。


 ちなみにその手紙は額に入れて、大切に大切に俺の私室に飾ってある。毎日音読してから拝むのが日課だ。


「だからと言って、猫のぬいぐるみに話しかけることはないでしょう?」

「違うっ! 猫のぬいぐるみなんかじゃない! にゃめりだ!!」


 にゃめりは、愛しの婚約者のアメリに貰った、とても大切な宝物、の猫のぬいぐるみだ。


「アメリだと思って、と言うことは、俺は今、猫のぬいぐる……じゃなくて、にゃめりに話しかけているのではなく、アメリに話しかけているんだ。にゃめりに質問をするということは、アメリに質問をしているのと同義なんだっ!!」

「うわっ、めんどくさっ!!」


 この側近、失礼極まりない。


 けれど、面倒見がいいのを俺は知っている。だからもう一度、きちんと俺に尋ねてくれるはずだ。


「それで、にゃめりの返事は何だったんですか?」

「にゃめり“様”だ」

「……じゃあ、もういいです」


 本当は興味ないですから、という表情で、カイルは執務に戻ろうとしていた。これはまずい。


「すみません、どうか聞いてください」


 放置は嫌だ。寂しい。


 すると、仕方がないな、とカイルはもう一度俺に尋ねてくれた。


「にゃめり様は、何とお答えになられたのでしょうか?」

「分からない。返事をしてくれないんだ」

「ぬいぐるみですからね」


 そんなことくらい俺だって分かってる。俺は誰かにこの胸の内を聞いて欲しかっただけなんだ。


「それで、アメリ様をお待たせしていますが、今日はお会いにならないのですか?」

「会えるわけないだろ……こんな姿をアメリに見られたくない」

「では、アメリ様には、お帰りいただきますからね」

「あっ、」

「何か?」

「……いや、何でもない」


 会いたい。一目でもいいから会いたかった。


 ……けれど、無理なんだ。


 今の俺の目は赤く腫れている。泣いていた顔なんて見せられるわけがない。


「アメリ様にも理由があるのですから、きちんとお話ししなければすれ違ってしまわれますよ? 殿下を嫌っているとは思えませんし。むしろ……」

「むしろ!?」


 聞きたい、その続きがぜひ聞きたい!!


「続きは、今日の執務の予定量が全て終わりましたら、お教えしましょう」


 クイっとメガネを直しながら、聞きたいのなら早く終わらせろ、と脅迫してくる。だから俺は全力で執務をこなした。


 結果、


「終わらなかった……」


 撃沈した。



 決して、俺が不出来なわけではない。明らかに量が多すぎた。確実に通常よりも多かった。おそらく、あれは三日分の量だった。


 あの陰険メガネに謀られた……



「にゃめり、俺はもうだめだ……」


 机に突っ伏しながら、愛するにゃめりに話しかけた。けれど、やっぱり返事はなかった。


「ツンとしているところも可愛いぞ!」


 そう言いながら、俺はにゃめりの額をツンと突く。


 そんな俺を見て不憫に思ったのか、にゃめりの代わりに、……なるはずがないけれど、カイルが俺を慰めてくれた。


「殿下って、色んな意味で残念な人ですよね。でも、とても頑張っていらっしゃったので、特別にご褒美を差し上げましょう。明日、アメリ様とのデートをセッティングしておきましたから」

「にゃに!!」


 机に突っ伏していた俺は、一気に立ち上がった。


 アメリとデートなんて、いつぶりだろうか。わくわく、ドキドキ。


「以前、殿下が行きたいと仰られていた湖なんていかがでしょう?」

「ああ、あの湖か。恋人の聖地……」


 一緒にボートに乗ったカップルは幸せになれるという噂がある湖。


 アメリと一緒にボートに乗りたくて、以前からずっと頼んでいたデートスポットだ。


「でも、どうして、このタイミングなんだ……」


 アメリは今、俺との婚約を解消したいと思っている。俺と一緒にボートになんか乗ってくれるはずがない。


「このタイミングだからこそ、ゆっくりとお二人でお話しをする必要があるのですよ。ボートで二人きりも、きっと楽しいと思いますよ」

「アメリと二人きり……」


 俺の脳内では、あはは、きゃはは、とボートを漕ぎながら笑いあう、俺とアメリの楽しそうな姿が鮮明に思い浮かんでいる。


 妄想は、大の得意分野だ。



「アメリ、君は湖の妖精のようだ……」


 妄想の中のアメリが可愛すぎて、知らぬうちに俺は言葉を発していた。


「気持ち悪っ!!」


 相変わらず、俺の側近は失礼極まりない。








 俺の目の前には今、湖の妖精ーーアメリがいる。今日も可愛すぎて直視できない。


「……」

「……」


 沈黙が俺たちを支配する。昨日の今日で、何となく話しかけづらい。


 俺とアメリは、カイルたちの後押しがあって、なんとか二人でボートに乗ることには成功した。


「あの、殿下……」


 ぷっくりとした可愛い唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。


 その声は小鳥の囀りかと思うほど、とても耳に心地良い。思わず聞き惚れてしまいそうになる。


 可能なら、その愛らしい声で「殿下」ではなく「トーヤ」と呼んで欲しい。


 トーヤと呼んでくれれば、コンマ一秒かからずに返事をするのに……


 もちろん決してアメリの言葉に被せたりはしない。アメリの紡ぐ愛らしい声は全て聞き取りたいから。


 そして今も、せっかくアメリが呼びかけてくれた言葉を、俺が無視するわけがない。全神経を集中させて返事をする。


「なんだ?」


 ああっ!! どうして俺は、アメリの前だとうまく喋れないのだろうか。全てはアメリが可愛すぎるせいだ。


 今もなお、水面が太陽の光をキラキラと反射して、湖の妖精ーーアメリをより一層輝かせている。


 ここはきっと、心の清らかな者しか足を踏み入れることの許されない、妖精の聖地に違いない。



「……殿下は、本当に私でよろしいのでしょうか?」


 気付けば、伏し目がちにアメリは呟いていた。


「どういう、意味だ?」


 まさか、婚約解消の件か!?

 私でいいのか、というか、俺はアメリでなければだめなんだ。


 けれど、その言葉を俺は飲み込んでしまう。


「殿下は、私とはあまり楽しそうにお話ししてくれません。けれど……」

「けれど? ……!?」


 アメリの頬に涙が伝った。



 誰だ!? アメリを泣かせた不届き者は!?



 今ここは湖のど真ん中。ボートには俺とアメリの二人きり。故に、俺しかいない。



 ……俺か!?



 途端にあたふたしてしまう。どうしよう、俺はどうすればいいんだ? 



「アメリ……」

「申し訳ありません。大丈夫です。お気になさらないでください」


 俺の言葉を遮って、涙を拭って笑顔を浮かべるアメリに、俺はそれ以上何も聞くことができなかった。


 不甲斐ない、なんて俺は女々しい男なんだ。アメリを泣かせた上に、無理に笑顔を作らせるなんて……








「どうしたんだ? 言いたいことがあるなら何でも言ってくれ」


 けれど、返事はなかった。だから俺は仕方なく、カイルに縋るような目を向ける。


「はあ、どうなさいましたか?」


 明らかにため息をつかれた。けれど、そんな些細なことは気にしない。


 アメリとのデートを終えた俺は今、馬車の中でにゃめりと向かい合っている。急なデートだったため、残念ながらアメリとは別の馬車になってしまったから。


 故に、先程の質問は、にゃめりにしたものだった。返事などあるわけがない。


「俺は一体、アメリに何をしてしまったんだ?」

「……何もしないから、ではないのでしょうか?」


 さも当然のように、カイルは言う。


「どういうことだ?」

「殿下は、アメリ様の前では、どうしてか、いつものバカっぷりを発揮せず、ダメっぷりを発揮してしまいます」

「ダメっぷり? 俺はアメリの前では粗相をしないように、気を付けているだけだぞ?」


……というか、どう考えても、今度こそは失礼極まりない発言だろう。



 ちなみに俺はバカではないはずだ。


 学校では、成績も上位をキープしているし、運動もそこそこにできる。


 アメリに人気者で優しい人だと思われたいがために、アメリの友達やクラスメイトにも、もはや王子とは思えぬフレンドリーな交友関係を築き上げているのだから。



「確かに、殿下は喋ると大バカを露見してしまうので、粗相をしないために喋らないという選択は一見して有りのようにも思えます。が、果たしてそれが正解だとは限りません。女性にとって、喋らなさすぎる男性は、何を考えているのか分からなくて逆に不安に思ってしまうものです。ましてや、自分以外の女性に親切にしているのならなおさらです。自分は嫌われているのではないか、と思ってしまいますから。それがダメダメの理由です」

「な、何と!?」


 目から鱗が落ちた気がした。


「アメリは、俺に嫌われていると不安に思っているのか?」


 だから、婚約解消を?


「よし! 今から行ってくる!!」


 君が好きだと伝えたい。俺は一気に立ち上がった。けれど、今は馬車の中。


 もう一度座り直して、アメリの家に行き先を変更してもらった。


 もちろん、先程別れたばかりのアメリとは、事前の約束はない。突然訪ねるということは、失礼なことだとは十分に分かってはいる。


 それなのに、俺はアメリに会わずにはいられなかった。








「トーヤ殿下、どうなさいましたか?」

「いきなり来て申し訳ない。アメリにどうしても会いたくなってしまって」


 さっきまで会っていたはずなのに、とは聞かないでいてくれる。アメリの家族は優しい。


「アメリは今、部屋にいます。呼んで参りますので、少々お待ちください」

「いや、俺が直接向かいたい」



 俺は、アメリの部屋の前に立った。その時、


「……ーニャ様、大好きです。一度だけでもいいので、私のことを抱きしめてください」

「!?」



---バサッ、ドカッ、



 その瞬間、俺はアメリに渡そうと途中で買った花束を落としてしまった。


 同時に、部屋の中から聞こえてきた言葉に驚き、ドアに頭をぶつけてしまった。心だけでなく、物理的な衝撃までくらってしまった。



 まさか、この部屋の中には、アメリ以外の誰かがいるのか!?



 そんなはずはないと思いたい。けれど、バタバタと、部屋の中で慌てる音がする。



 間違いない、黒だ。終わった……



 けれど、この目で確認するまでは信じない。俺はアメリの部屋のドアを叩いた。



「トーヤだ。アメリ、中に入っても良いか?」

「は、はい。どうぞ」


 俺はドアを開けた。目に飛び込んできたのは、天使のようなアメリの姿だった。



 可愛すぎる、いきなり訪ねたのに怒るどころか、この笑顔。天使が舞い降りたのか!?



 だめだ、今だけは惑わされてはいけない。きっと、アメリの浮気相手が、この部屋のどこかに隠れているに違いないのだから。


 俺はキョロキョロと部屋の中を見回した。



 いない。敵は手強いぞ、死角になるところに隠れているのか?



 ぐるりと部屋を一周する。やはり誰もいない。俺の気のせいだったのか?



 ……まさかっ!?



 俺はおそるおそるアメリのベッドに近寄った。近付いてはいけないことは分かっている。


 神聖でいて、禁断の、そのベッドの上には……猫のぬいぐるみが寝ていた。


 にゃめりによく似てるけど、少しだけ凛々しいその姿に、なぜか親近感を覚えてしまう。



 可愛いなあ、って違う違う。今は浮気相手を探さなければ!!



 もう一度、俺は部屋の中を見回した。



 ……あっ、



 とうとう俺は気付いてしまった。窓が開いているということに。俺は急いで窓に駆け寄った。



 チッ、窓から逃げたか……



 アメリの部屋は三階だ。木などの飛び移れるようなものは何もない。けれど、逃げようと思えば逃げられなくはない。……と思う。



 俺は窓から覗き込み、見下ろした。ごくり、と息を飲む。



 高い、高すぎる。落ちたら死ぬ。



 もちろん俺には無理だ。というか、人間には無理だと思う。



「殿下、どうなさいましたか?」


 キョトンとするアメリ。いちいち可愛すぎるんじゃ!!


「アメリ、俺に言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれ」



 本当は聞きたくない。言わないでくれ!!



 けれど、言われなくても分かってしまった。アメリの顔が真っ赤に染まっていたのだから。



 やっぱり黒だ。真っ黒だ……



 泣く。アメリが目の前にいなかったら、俺は号泣していただろう。



「あ、あの、殿下、どの辺りから、その、お聞きになって……」


 明らかに狼狽えている。だめだ、俺はもう耐えられない。


「いい、やっぱり聞きたくない。突然訪ねたりしてすまなかった」


 くるり、と俺は半転して部屋を出ていこうとした。瞬間、


「ちょっと待ってください!!」


 アメリが俺の手を掴む。



 俺の手を!? 俺、一生この手を洗いたくない……



 今もなお、アメリの手は俺の手をぎゅっと掴んでいる。


「ア、アメリ、その、」

「……ひゃあっ!? も、申し訳ありません!!」


 パッと手を離された。



 くそっ、なんてことだっ!!



 俺は心底後悔した。話しかけないで、もう少しアメリの手の温もりを堪能すればよかった。




「ああっ!! 焦ったい!!」


 突然、俺とアメリの間に割り込んできたのは、カイルだ。



 いつからそこに? ……は? まさか、いつの間にか、そこにいたのではなく、ずっといたのか?



 だが、カイルは俺と一緒に馬車で来たはずだ。それはあり得ない。



 はっ!? 俺が正面から入ってアメリの家族に挨拶をしている間に、窓からよじ登って、アメリの部屋の中に!?



 だから窓が開いていたのか、と納得せざるを得なかった。


 カイルなら、三階までだって登ることができるかもしれない。


 カイルは不可能も可能にする男だ。だてに伊達メガネをかけているわけではない。



 あのメガネにはワイヤーが仕込まれていて、それを引っ掛けてよじ登ったのか?


 はっ!? もしや、あのメガネが頭の上でプロペラがわりに回って飛べるのか!?


 恐るべし、メガネ!!



 俺の頭の中には嫌な想像が膨らむ。こんな時ばかりは、俺の妄想癖を心底悔やむ。



 浮気相手は、カイルなのか……



……と思っていたら、いきなり俺の顔面を目掛けて、猫パンチが繰り出された。その犯人は


「にゃめり!!」


 馬車の中でお留守番しているはずのにゃめりがここにいる。


 その瞬間、俺はアメリとにゃめりを交互に見てしまった。



 うわっ、うわぁ、うわぁぁああっ!!



 俺は気付いてしまった。この空間には今、アメリとにゃめりが夢の共演を果たしているではないか!!



 やばい、ここは天国か。



 この世で一番可愛いアメリと、二番目に可愛いにゃめりが、お互いの可愛さを相乗し合っている。



 可愛いが過ぎる!! 俺の心臓が持たない。



「アメリ様はこちらをどうぞ」


 俺のことなど気にもとめずに、カイルはアメリのベッドに寝ていた猫のぬいぐるみをアメリに手渡した。


「トーニャ様!!」


 手渡された猫のぬいぐるみを、満面の笑みでぎゅっと抱きしめるアメリ。俺、悶絶。



 ああ、あの猫のぬいぐるみになりたい。って、今なんて?



「トーニャ様?」


 それが、猫のぬいぐるみの名前なのか?



 すると、アメリがモジモジと恥ずかしそうに教えてくれた。その姿に、悶え死にそうになる。


「実は私、さっきも、トーニャ様に向かって予行練習をしていたんです」

「さっき?」



 さっきということは、さっきのことだろう。



『……ーニャ様、大好きです。一度だけでもいいので、私のことを抱きしめてください』



「浮気相手!?」


 トーニャ様、と言っていたのか!!



 浮気相手ではなく、猫のぬいぐるみだったことに安堵しそうになるけれど、今度はトーニャという人物に疑いの眼差しが向く。


 だって、予行練習と言っているのだから、きっと本番があるはずだ。



 俺だってまだトーヤと呼んでもらっていないのに!! トーニャ、許すまじ!!



「浮気? 浮気なんて、私はそんなこと絶対にしません!! それに……」


 明らかにアメリの顔が青褪めた。今にも泣き出しそうなくらい震えている。けれど、アメリは必死に伝えようとしてくれた。


「……以前、殿下の執務室をお訪ねした時、中から聞こえてきてしまったんです」




『……にゃめり、今日も可愛いよ。抱きしめてもいいかい?』




「……と仰られていて、私、殿下には愛している女性がいらっしゃるのだと思って……」

「うわっ、殿下、一人でそんなことをしていたのですか? 相変わらず気持ち悪っ」


 カイルの冷めた視線が俺に突き刺さる。けれど、今はそんなことよりもアメリが心配だ。


「それで、私は殿下に幸せになって欲しくて、カイル様に婚約解消の方法を教わろうと尋ねたんです。教えてはくださらなかったのですが」


 そこで、ふと疑問が浮かぶ。


「カイル、お前は全てを知っていたんだな」

「だから言ったじゃないですか。言葉が足りないって、それに、にゃめり様をきちんと紹介すればいいだけの話ですよね?」


 カイルの言葉に、アメリの肩がびくりと跳ねる。


「まさか、殿下の愛するにゃめり様を、ですか? お会いするなんて無理です、私……」


 アメリが今にも泣きそうだ。早く訂正、というか紹介しなければ!!


「このお方が、にゃめりだ。以前アメリから貰った猫のぬいぐるみだ。覚えていないか?」

「もちろん、覚えています、けれど……」


 アメリは、意味が分からない、と首を傾げている。


 だめだ、アメリはまだ泣きそうな表情で、とうとう顔を俯けてしまった。


「殿下、それだけでは伝わらないですよ。もう一声!」


 カイルが応援してくれている。



 そうだ、俺がきちんと伝えなければならないんだ! 男を見せろ、俺!!



「以前アメリが『私だと思って大切にして』と言っていただろう? だから、にゃめりをアメリだと思って、……いつも話しかけているんだ」


 恥ずかしい、今になって、日頃の自分の行いが非常に恥ずかしいものだと思い知らされるなんて。


 男を見せるどころか、正反対な気がしてならない。



 俺は今、何という辱めを受けているんだっ!!



「……ってことは?」


 アメリは、ぱっと顔を上げた。



「にゃめり、今日も可愛いよ。抱きしめてもいいかい? は、アメリ、今日も可愛いよ。抱きしめてもいいかい? と同義らしいですよ」



 痺れを切らしたカイルが、とても分かりやすく説明してくれた。


 瞬間、アメリの顔が真っ赤になっていた。もちろん俺の顔も。


 そんなアメリが、俺からにゃめりを奪って、自分の顔をにゃめりで隠しながら呟いた。


「いいです」

「えっ?」


 この可愛らしい呟きは、にゃめりが呟いたのか、はたまたアメリが呟いたのか。


「だから、いいですよ!! にゃめりちゃんの代わりに、私が返事をしました!! だから、トーヤ様もトーニャ様の……」


……ということは、にゃめりを、アメリを抱きしめてもいいということ。


 俺は、アメリが言葉を言い終える前に、アメリのことを抱きしめた。


 一度だけじゃない、何度だって抱きしめてやる。


「アメリ、婚約者はアメリがいいんだ。アメリの代わりなんてどこにもいない。俺はアメリのことが好きなんだ。愛してる」

「はい、私も、トーヤ様が大好きです」


 俺が抱きしめるアメリの腕の中では、トーニャとにゃめりも抱きしめ合っていた。







 後日、俺は衝撃の事実を知ることになる。


 アメリの部屋で起きたあの日の出来事は、あの陰険メガネの手によって、全て録画されていたのだという。恥ずかしい……


 あの伊達メガネには録画機能がついているらしい。やはり伊達じゃなかった……


 恐るべし、メガネ!!






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― 新着の感想 ―
[良い点] 馬に蹴られるがよい 呆れるほど下らないけど微笑ましい 陰険メガネが甘すぎる空気の中和剤でした
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