機を見るに敏
「エロイーズ・フォクシー公爵令嬢! 我が愛しのファニーへの数々の嫌がらせ、到底看過出来るものではない! 貴様との婚約は解消する!」
兄であるゲイリーがそう言い放ったのは、おばあ様の誕生パーティーでの事だった。
若くして亡くなったおじい様の後、父上が成人するまで中継ぎとして女帝となり、父上がまた若くして亡くなった為に、再び中継ぎの女帝となったおばあ様は、六十歳を迎えた。
その為、国中の貴族を集めて誕生パーティーが開催されたのだが、その目出度い席で何をやっているのか、この兄は?
因みに、ファニーと言うのは、最近兄上の恋人となったケトル男爵家の令嬢で、異性とばかり仲良くしていると評判だ。
「本気なのですか、ゲイリー殿下?」
エロイーズの顔色は、青褪めている。
彼女が本当にファニーに嫌がらせをしたかどうかは、私には判らない。
「本気に決まっているだろう! 貴様のような性悪女と結婚など出来るものではない!」
「騒がしいですよ」
威厳のある女帝の声に、皆一斉に彼女に向かって跪いた。
しかし、兄とファニーだけは立ったままだった。
パーティーを台無しにしておいて主役に頭を下げないとは、流石である。
「ゲイリー。貴方、その子と結婚したいの?」
「はい。おばあ様! ファニーは、聡明で思い遣りもあり、皇族の妃として申し分ない女性です!」
兄は、目を輝かせておばあ様にファニーの長所をアピールした。
思い遣りのある人間が、婚約者のいる男と知っていて付き合うだろうか?
「殿下……」
ファニーは、兄が結婚の意思を公に示した事が嬉しいのか、顔を輝かせている。
「そう。では、エロイーズとの結婚式の計画を変更して、より盛大にしないとね」
我が国では、結婚準備が計画段階に入った以降に婚約相手を変更した場合、より盛大なものにしないと新たな婚約者に無礼だと考えられている。
但し、結婚式の費用は、折半である。
「当初の予算が3000万リブ(約30億円)だから、5000万リブで良いかしら? では、慣例通り、費用は折半で」
「おばあ様?! ケトル男爵家に2500万リブを用意しろとは、何故、そのような無理難題を! ファニーと結婚させる気が無いんですか!?」
何故って、おばあ様の言葉を聞いていなかったのか?
「まあ。ゲイリー。貴方、まさか、不名誉な結婚をするつもりなのですか?」
結婚式の費用を半分出せない相手との結婚を、我が国では不名誉な結婚と言う。
何故なら、折半出来る家には相手にされなかった駄目人間と、思われてしまうからだ。
裏を返せば、結婚式にかける金さえ用意出来れば良いのだ。
「真に思い遣りがあるのならば、皇子に不名誉な結婚をさせたいとは思わない筈。そうでしょう?」
おばあ様は、ファニーに優しく微笑んだ。
「わ、わたし……」
「おばあ様! 費用は全て此方が払います! しかし、それで、不名誉な結婚と言われる事は無いでしょう。何せ、婚約破棄の正当性は此方にありますからね!」
振られたのではなく、振ったのだと言いたいのだろう。
しかし、他の同格の貴族ではなく折半出来ない相手と結婚すると言っているのだから、相手にされなかったんだなと思われても仕方ない。
そもそも、女帝が不名誉な結婚だと言っているのだから、それを誰が否定すると言うのか。
「ゲイリー様」
ファニーは、自分が1リブも出す必要が無くなったからか、嬉しそうに兄を見詰めている。
出せる分は出すと言わない辺りも、思い遣りが無いと言う評価を補強する。
「そう。なら、好きにしなさい」
「恐れながら、陛下。私もお願いがございます」
私は、この機を逃すまいとおばあ様にそう声をかけた。
「ホレス。何ですか?」
「どうか、エロイーズ・フォクシー公爵令嬢を私の婚約者にしてください」
何人かが驚いて息を呑む音が聞こえる。
「兄上の婚約者だからと諦めておりましたが、最早、遠慮する理由はありません。お願い致します!」
おばあ様は、兄の願いを聞いたならば、私の願いも聞いてくださる筈だ。
これまでの経験から、そう信じている。
「フォクシー公爵」
「はっ」
「エロイーズをホレスの婚約者にしたいのだけれど」
「光栄に存じます」
期待通りにエロイーズとの婚約が成立した。
駄々を捏ねた兄に感謝しなければな。
三年後。
私と兄の何方を皇太子にするか、選挙権を持つ貴族による投票が行われた。
我が国では、皇帝や皇太子を選挙で決めるのだ。
「何故だ! 何故、私が負けたんだ!?」
結果は、私の圧勝だった。
「兄上が思う以上に保守的な者が多かったと、言う事ですよ」
不名誉な結婚をせざるを得なかった皇子を皇帝として頂きたいと、誰が思うのか。
二人が愛し合っていると言うのは、どうでも良い。
問題なのは、ファニーの分の結婚式の費用を兄が払う以外の方法で用意する手腕を示せなかったと言う事だ。
『ゲイリー皇子の能力はその程度だ』と、底が知れてしまったのだ。
「それに、女帝であるおばあ様が、結婚式費用を払えなかった義姉さんを皇族と認めませんでしたし」
夫婦として対等ではないから、皇族扱いは出来ないと言う事だった。
だから、ファニーが『妃殿下』と呼ばれる事は無い。
兄が皇太子に選ばれれば皇族の称号を授かれたかもしれないが、彼女を皇族と認めたくなくて兄に投票しなかった者もいるかもしれない。
「それ以前の、エロイーズとの婚約を破棄した事も影響していますね。フォクシー公爵は、兄上を支持する派閥のトップだったんですから。まあ、それ位解っていて、それでもエロイーズに我慢ならなかったんでしょうが」
フォクシー公爵に倣って鞍替えした者もいる筈。
兄は、そこまで考えていなかったのか、目を泳がせていた。
その後、私を手に入れようとしたファニーがエロイーズを陥れようとしたので、ファニーは処罰された。