知名
そういえばブックマークされててめちゃくちゃ嬉しかったです。
科学的に夢の原理を簡単に言えば、『睡眠が深いか浅いかによるもの』だそうである。
例に違わず睦月大渡もこの夜は睡眠が浅く、夢を見ていた。
無邪気で底抜けに明るかった、小さい頃の夢を。
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「ねーねーおじさん、スペーデア、つぎは勝ってくれるよね…?」
「ああ、心配いらないよ」
…睦月幸太朗。「書店むつき」の店主で大渡の叔父に当たる。隣市ながらも、大渡は頻繁に遊びにお邪魔していた。幸太朗と毎週やっているヒーロー番組の話をするのが楽しかったのだった。
その日はその週の回にて、「四札騎士スペーデア」の主要ヒーローたるスペーデアが新たな怪物に大敗を喫し、主人公が意識不明のままで次回予告に入る……とまあ、よくあるピンチエンドだった。
「でも……倒れてたし……」
「大丈夫だって、絶対」
「おじさんは…どうしてそう思うの?」
「そりゃあね、大渡くん─────」
─スペーデアは、強いからだよ。
子供を諭すに相応しい、それでいて何か確信を持ったようなその一言は、幼い大渡を納得させるには十分な、それでいて深い言葉であった。
無論、当時はそこまでわかっていた訳ではなく、
「そうだよね!スペーデア強いもんね!」
「強いぞ、ヒーローは」
といった受け答えとなったのが思い起こされた。
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「んっぐ………あぁ、朝か……んっ」
ベッドから上半身を起こし、軽く伸びをする。時刻は午前六時ジャスト、いつもの起床時間。布団から出て足早に洗面所へ向かい顔を洗うと同時に冷たさで意識を完全に覚醒させる。
次いで廊下を歩きリビングの扉を開けて入り、
「おはよ、橋月」
台所の親友に挨拶をする。
「おはよう大渡。朝ごはんもうすぐできるから、あとちょっとだけ待ってて欲しいな」
「お易い御用…いや、そのくらいなんて事ないな、いつもありがとう」
と、笑いながら労いの言葉をかけてやると「母の日にお母さんに言うようなこと言われても反応に困るよ」とやや照れ気味に橋月に返された。
こちらも笑い返しつつソファに座り、既に電源の付いていたテレビから流れる朝の情報番組を見ていると、台所から「出来たよー」との声が掛かる。台所へ赴いてお盆に乗った2人分の朝食を取り、落とさないように気を使いつつテーブルへ運ぶ。
本日の朝食は白米のご飯、昨日と引き続きの味噌汁、焼き鮭にぬか漬け。和である。
パン食の日もしっかりとあるのだが、橋月が「朝はしっかり食べないと力出ないよ」という考えなので米食が多い。
加えて、「パンが良かった」などと言おうものならめちゃくちゃしゅんとされるので言い辛いというのもある。
まあそれはそれとして。
「いただきます」
「いただきまーす」
橋月の作る飯を成績のよろしくない俺が言葉で言い表すのは途轍もなく難しく、それでいてどこか悔しいのだが、せめてこの貧相な語彙力から最前にして最低限の言葉で説明しよう。
美味い。
この一言に尽きるだろう。
ご飯は比較的水分量多めに感じるが、噛んでいる感触がしっかりと感じられるという、柔らかさと噛み心地の黄金比でも取ったような硬さ。茶碗一杯でも十二分な満足感が得られる。
味噌汁の味噌は濃すぎず薄すぎず、それに出汁の旨味も生きている。葱はとろりとした食感とシャキシャキしたそれとが上手い具合で、賽の目に切られた木綿豆腐はいい煮え具合。揚げにもしっかりと味が染み込んでいる。
焼き鮭は皮がパリッとして、脂の程も素晴らしい。橋月の家庭科の備考欄には是非ともこれ以上ない評価を付けたくなる。
ぬか漬けは自家製だそうで、口に入れて噛んでいると丹精込めた漬物を作る橋月の姿が目に浮かぶ気がしてならない。
そのような事を思い浮かべながらじっくりと味わい、本日の朝食これにて終了。無論洗い物まで終えた。
その後少しテレビを見て、今現在の時刻は午前七時を少し過ぎた頃。登校完了は8時半、寮から学園まではゆったり歩いて約20分、自転車で突っ走って約10分。後者は危険が伴うので幾ばくか安全な前者で投稿することを決めた。
その間おおよそ一時間程度の時間を如何にして過ごすか。普段の大渡は読書なりレポート纏めなりに専念するが、今日の彼の時間の使いは撮り溜めた特撮ヒーロー番組の鑑賞に当てた。どうやら、自覚症状以上に昨日の鎧の騎士が頭に焼き付いてしまっているらしい。
とはいえ一時間弱では1話と少ししか見られなかったので(橋月が余裕もって登校しようという方針なのもあって)、残りは暇ができたらと踏ん切り付けて止めた。
因みに橋月は週刊誌のバトルアクション物の漫画を読んでいた。
「意外だな…橋月がそんなの読むなんて」
穏やかで優しい橋月と、激しいアクションのバトル漫画とは、些か意外な取り合わせだ。そんな気分の時もあるのだろうか。
◇
時間に余裕を持った状態で登校したこともあって、学園に着いたのは8時10〜15分頃。
足早に教室に入り用意を済ませて橋月とクラスメイトの水原と雑談にしゃれこむ。
「……で、俺は騎士シリーズではコーカサスがトップクラスにかっこいいと思うんだ。ヒーローデザインも、主人公の感じも」
「いいよねぇコーカサス。俺も好きだよ、橋月は?」
「僕は神剣騎士ベルセルクかな」
「ああ、ベルセルク!そう来たか」
「世界観トップクラスにファンタジーでミステリアスだよな」
「うん。それにあの華麗な剣さばきが好きで好きで」
その後は橋月がベルセルクに習って剣術やろうかと思っている事だったり、水原が最近の脚本に対して愚痴っていたりで、そこそこ楽しく過ごしていた。が、そんな中で意外な事がひとつあった。
水原が件の鎧の騎士を知っていたのだ。
ふと何気なく大渡が昨日の出来事を水原に話したところ、水原にその騎士の鎧の色や雰囲気等を事細かに聞かれ、水原も昨日酷似した騎士を見たというのだ。
「ほら、これこれ」
水原がこれ見よがしに差し出してきたスマートフォンには、確かに昨日の騎士の姿があった。
「本当だ……まさか水原もこの騎士を知ってたなんて…」
「え、皆知ってるんじゃねえの?」
「「え?」」
大渡と橋月の疑問の声がハモった直後、
「あ、僕もそれ見ました」
「俺も見たぞ」
「私もー。というか助けて貰っちゃった」
と、大渡らの近くにいた数名の生徒が集まって来た。
「おおぅ……まさかこれ程とは」
「びっくりだよ……」
橋月も目を回している。
「もうこの学校に知らない人居ないってくらいだと思うぞ?このクラスの奴らだって一人につき一回は助けられてるしな」
「「ええっ!?」」
「まーたハモった…ほんと仲良いよなお前ら」
水原は笑ってそう言うが、二人には騎士の存在が周知の事実だったという衝撃が強すぎて届いていないようだった。
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昼食を弁当で済ませ、午後の授業を乗り切って、部活。
尚、水原に言われたように仲はいいが流石にふたりして同じ部活というわけではない。
そういう訳で大渡は特撮同好会(部活と呼べるかすら甚だ謎であるが)の部室へ足を運んだ。
次回は冒頭から部活です。多分。