騎士
お久しぶりです…
「…………なんだ、これ……?」
大渡はただ目の前を呆然と見つめることしか出来なかった。
それもそうだろう、魔物に捕らえられ、もうダメだと諦めかけた所、正体不明の鎧の騎士…いや、馬に乗っていないから騎士とは言えないのだろうか?…とにかく、その騎士のような人物が自分に背を向け魔物と対峙しているという、何とも混乱してしまいそうな状況に置かれているのだから。
「──!────!!」
「…………」
呻き声に似た声で威嚇する魔物と対照的に、件の騎士は慌ても怯えもせず、拳を握り戦闘の態勢を取り、
「……!」
騎士は地面を蹴り駆け、魔物との距離を数瞬で詰め、一切の無駄の無い動きでの拳の連撃を繰り出した。
「………………やば、すげぇ………」
思わず語彙力を失う程に、その戦い方には目を奪われる。
あの格闘のセンスから察するに、中身は格闘家か、警察官、それとも軍人か。
生憎大渡には格闘技の経験がないので、技量の程は詳しくは分からないのだが、恐らくはそういった戦い慣れた職種の人間だろう。
「───!────!」
魔物に的確に拳を突き込み、魔物が攻撃する素振りを見せればその部位を叩き、魔物が拳を繰り出せばそれを捌いて攻撃を返す。
正しく「己のペース」に相手を落とし込み、全くと言っていいほど隙を与えずにダメージを与え続ける。
それに加えて、魔物に対し有効的な攻撃手段である魔法を唱えずにここまで持ち込んでいる、という事も大渡には驚愕すべきことだった。
魔物には低級な物を除けば、普通の武器…ナイフや銃の類はほぼほぼ有効打を与えられない。
故に他国の軍等では魔法を纏わせた弾丸を放てる銃火器等の配備が進んでいると、如月から聞いたことがある。
「─────!!」
数十手叩き込んだ所で魔物がよろめき、恨めしそうな声を上げ、騎士を睨み吸えて呼吸を荒らげる。
「……………」
全く意に介さない様子で騎士は空中に魔法陣を展開、そこから長剣を召喚。
刃は日本刀などに見られるような片刃だが、柄はRPG等で見るような西洋風なそれのようだ。
「……ふっ!……はっ!」
肩部、胴、牙、手、脚部を手馴れた速さで斬り裂き、斬撃を漏らさず受け止めた魔物は体制をやや崩してしまう。
正直、あれは痛そうだ。
「…たあっ!」
そして騎士はその崩れを見逃さず、
「【拘束せよ】」
魔物の胴部に剣を突き立て、魔力を流し込んで拘束魔法を唱え、動きを封じ─────
「せいっ………はあっ!」
───魔法を付与した長剣での重厚な袈裟斬りを叩き込む。
「──!──!!──────」
断末魔を上げ終わる前に魔物の身体に亀裂が入り、その亀裂から魔物の身体が粒子になって消滅していく。
騎士はそれを見届けると、長剣を魔法陣にくぐらせて収納し、大渡へ向き直り近付いてくる。
「あっ……えっと………その」
不味い、すっごく不味いし気まずい。
そうだよな、普通ああいう場面ではまっすぐ逃げるべきだもんな……どうしよ…
黙ってじっくり観察してた事をどう説明付けるべきかと考えていると
「君、怪我や体の不調は無いか」
と、まあ優しい声色でそう問いかけてきた。
「………あ、はい、特に無いです、大丈夫です。ありがとうございました」
思わず早口で礼を言ってしまい、内心とても申し訳ない気持ちになり、大渡は直立不動…というよりほぼほぼガチガチの棒立ちで騎士を見据える。
「そうか…なら良かったよ」
騎士は安堵したようにほっと息をつく……ような素振りを見せる。
何せ装甲を纏っている物だから、瞳の色すら見えない。
ふと今一度騎士を見てみると、西洋風な甲冑の雰囲気がありながらも、どこかSFアニメというか、近未来的な外装甲の印象もある。
なんとも不思議としか言い様がない………と観察所見を脳内で纏めていると
「あのー…ひとついいかな」と騎士。
「なんですか?」
「君の家はこの近くかい?」
「ええ、まあ…すぐそこですけど…」
「なら心配ないね、すぐに帰って欲しい。申し訳ないが私はここで失礼するよ…では」
「はい、ありがとうございま……」
言い終えて礼をし、頭を上げるとそこに既に騎士はおらず、気配も全く無くなっていた。
「…………格好良かったな…………」
ヒーローとは画面の中だけの存在かと思っていたが、まさか本当にいるのだろうか。
無駄無い華麗な戦い方、余裕のある雰囲気……あれはまるで
「……甲虫騎士コーカサス…!」
違うわ。なんですぐに特撮ヒーローに当てはめたんだ俺は。
自分で自分に呆れつつ、その場から踵を返して帰ろうとすると
「大渡ー!」
という聞き慣れた元気な声がする。
「あっ…橋月!橋月ー!!」
「やっと追いつけたよ…もうすぐの距離だけど、帰れたらなって思ってさ」
聞けばどうやら学校方面の用事が先刻終わったらしく、一緒に帰れないかとかなり急いで来たという。
「………そこまでして帰る価値あるか、俺って」
自分ても言ってて悲しくなるセリフだが、自覚している分にはそう思うことはそれなりにある。
「そんなことないよ、一緒に帰れるだけで嬉しいからさ」
と満面の笑みで返してくる。聖人か君子か神かなにかだろうか。
「俺にはお前が神の使いに見える」
「もー、急にどうしたの?」
「いやあ……俺ってそこまで面白い奴じゃないから…帰れるだけで嬉しいってのは言い過ぎじゃないか?」
「言い過ぎかな?友達は大切にするべきだって言うじゃん。そこまで言うのが僕にとっては普通だよ」
いやもうほんとに………ありがとうございます。
──────────
「ただいま」
「ただいま帰りました」
大渡と橋月は学園寮の同部屋住まい。原則学園寮は2人1組の体制が取られており、お世辞にも余裕がたっぷりあるとは言えないものの、それでも学生が住むにはそこそこなものだ。
予想外の寄り道で少しばかり時間を食ったが、まあそこは臨機応変にというやつで、さっさと洗濯物を放り込み、夕食の準備を行い、2人揃って食卓についた。
因みに夕食は白米に葱と豆腐と揚げの味噌汁、焼き鯖に野菜の煮物だった。とめどなく和である。
「……だからさ、やっぱり料理はできた方がいいと思うんだ」
「あー分かる、結構言われてるもんな、料理出来るとモテるって」
「だからこういう寮暮らしってすごく有意義だと思うんだよ」
「一理ある。…でもそうすると橋月は既にモテモテってことになるぞ、料理だって洗濯だって掃除だって出来るしさ」
「そうかな?…なら嬉しいに越したことないね」
「もっと誇っていいと思うんだけどなあ」
…とまあ、こんな話をしながら夕食を食べ終え、洗い物をしていると不意に橋月が声を掛けてきた。
「大渡、帰り道大丈夫だった?警告来てたし、一人で帰ってたみたいだけれど…」
「ん?ああ………大丈………夫……………」
よくよく考えれば大丈夫じゃあないのだが、言ってしまった手前引き込む訳にも行くまいと言い切った。
「…………ほんと?」
────絶対見透かされてる。
「……一悶着ありました」
正直に言う他ない。
「やっぱりー…早く帰りなよ?危ないんだから」
「お母さんかよ…ありがとう」
それからは本日の一切の出来事を包み隠すことなく話した。
放送を聞かずに飛んで帰ったこと。
魔物に遭遇してしまったこと。
すると鎧の騎士に助けられたこと。
あと甲虫騎士コーカサスに似ており、素晴らしく格好良かったと熱弁したところ、橋月からは苦笑が返ってきた。まあ当然か。
「………………ヒーロー、かぁ」
「大渡、やっぱり今でも思ってる?ヒーローになりたいって」
「思うことはあるかもだけどさ、なれやしないよ。自分の身一つも守れないような奴が、ヒーローになんて」
「諦め切っちゃダメだと思うけど…」
「まあ、いつまでも子供みたいな事言ってちゃダメだってこった」
というような事を言いつつ、自室でレポート十数枚を書きながら甲虫騎士コーカサスの好きなエピソード(当時物DVD)を数周していた大渡には、言葉では誤魔化しつつも未だ強いヒーローへの憧れが見て取れた。
次からはもっと…早く!