84.デート
今日は朝から休みを取った。
半日ほどなら、という許可をアリッサとダグラスからもらわなければならない状況がツライが、なんとか了承を得られたので、以前にマヤと約束した甘い物を食べに行くのだ。
ダグラスとカルティアからお勧めの店を聞き出して、フェーレン市街のカフェへと向かう。
中心地には広場があり、そこから少し離れた場所の大通りからは一本中に入るひっそりとたたずんでいるような小さな店だった。
焼き菓子やケーキと飲み物を選ぶことができるらしい。
ちなみにダグラスのお勧めは愛すサンドで、カルティアのお勧めはらぶっとケーキだ。
名前からはどんな味がするのか想像できない代物だな。
だが、カランと店の扉を開けた瞬間、鋭い声が飛んできた。
「今すぐに出て行って!」
俺は、今来たところなのだが、ダメだったのだろうか。
驚きつつ、店内を見回せばケーキが並んだ棚の向こうにいた店員らしき姿をした少女が、並んだ菓子に手を伸ばそうとしていた男たちに怒鳴っているようだった。
入ってきた俺に一瞥を寄こしただけで、すぐに視線は戻る。
「勝手に商品に触らないでよ」
「おいおい、客に向かっていい態度だな」
「嫌がらせに来てるんでしょう、何が客よ!」
「クロ、ケンカ?」
「なんだろうな、取り込み中か?」
俺の後ろからついてきていたマヤがひょっこりと顔をだせば、少女がぎょっと顔を向けた。
「え? お客様? こいつらの仲間じゃなくて?」
どうやら、入ってきたときの俺の人相が悪すぎて男たちの仲間が来たと思われたようだった。
心外だ。
甚だ、遺憾である。
「ここで食べられるとも聞いたんだが」
「そうです、こちらの棚から商品を選んでもらって、飲み物はこちらからお好きなものを一つどうぞ」
男たちの前に並んだ商品を示して、少女が打って変わって愛想よく笑う。
「おいおい兄ちゃん、やめとけよ。ここの菓子なんてまずくてくえたもんじゃないからな」
「そうだ、そうだ。それよりもっとおいしいとこ紹介してやるよ」
口々に文句を言いだした男たちに、マヤが鼻をひくつかせながら首を傾げた。
「すごくおいしそうないい匂いだよ?」
「引っ込んでろ、いぬっころが!」
「ガキが生意気いってんじゃねぇぞ?」
いきり立った男たちに向かって俺はおもむろに歩き出すと、がしりと男たちの首を引き寄せるように腕を回した。二人の男たちの間に俺が挟まっている状態だ。
「な、なんだ?」
「おい、はなせっ?! びくともしねぇ」
「ははは、面白いことを聞いたな、俺の可愛いペットがなんだって?」
「はあ? この犬っころの獣人がペット?」
「おいおい、凶悪な顔のお兄さん、アンタ奴隷商人だったのか?! それともロリコン?」
これは言葉で説明しても無駄だと悟った俺は、脇を締めて二人の男たちの頭を勢いよくぶつけ合った。
「うっ」
「ぐあっ」
男たちは盛大に呻いてそのまま床に伸びる。
「邪魔だったら、どっかに運んでおくぞ?」
「じゃあ、店の外にでも転がしておいてくれる?」
両肩に俵担ぎをして、そのまま店の外へと投げておく。
戻ってくると、マヤが嬉しそうにしっぽを振りながら店員の少女からお菓子の説明を受けていた。
「こっちは少しすっぱくて、こっちは甘い。こっちのはチョコレート、こっちは果物だよ」
「クロ、たくさんすぎてムズカシイ!」
うんうん唸っていたマヤが、背後から覗いていた俺を見上げながら、金色の瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうにふんわりと笑う。
なんだ、コレ。
抱きしめてもいいかな。
いや、それよりもお持ち帰りしよう。
「食べたいだけ、食べろよ。余ったら持ち帰ればいいしな」
ふわふわの銀髪のてっぺんを撫でれば、ピンと尖った耳が、へにゃりと垂れた。
相変わらずの極上の手触りと温かさだ。
「じゃあ、これと、こっちのチョウダイ?」
「はーい、お兄さんはどうしますか?」
「俺は甘い物は苦手だから、甘くないものをもらおうか」
「うっ、甘い物好きに悪人はいないって信じてたけど、甘い物キライな人なら微妙じゃない。顔は怖いし小さい子ペット扱いだしやっぱり悪い人なの?」
少女が顔を背けてつぶやいていたが、俺の耳にはばっちりと聞こえている。
彼女には人を見かけで判断するな、と教えてあげたい。
「甘いのがだめなら、こっちのクッキーがおすすめかな。こっちがこしょうで、こっちがデルの実が入ってる」
「じゃあ、その二つで」
「飲み物はどれにする?」
「コーヒー」
「マヤはお茶クダサイ」
マヤは甘い物を食べるときにはジュースを飲んでいたが、アスモデルから虫歯になると叱られてからはお茶にするようになった。だが、不本意なのか表情はしかめっ面だ。
それはそれで、可愛いけれど。
「ではお会計が2000Jになります」
俺が白銅貨二枚出すと、少女はお好きなテーブルにどうぞと言いながら、奥へと引っ込んでいった。
一番近い席に座ると、マヤが足をブラブラさせながら、耳を左右に動かしている。
獣人は身体能力が優れているので耳がいい。
外の会話も聞こえているのだろう。
どうやら男の仲間が来て、状況を聞いているようだ。今にも店に怒鳴り込んできそうな勢いだが、俺にあっさりと気絶させられたことでひとまず様子見となっているようだった。
「クロ、なんだか大変そうだよ?」
「ううん、まあなあ。だが、状況がよくわからないんだが…」
「アイツらは市内で一番大きな菓子屋に雇われた連中なんだ。うちのお菓子が人気なのが気に入らないらしいんだけど、それは自分たちの腕を磨けって話だよね」
注文したものをテーブルに並べながら、少女が嘆息する。
おいしそうなケーキにマヤはしっぽをフリフリさせながら、目を輝かせていた。
「見た感じ冒険者のようだったが?」
「冒険者ギルドを通してないよ、闇仕事でしょ。だから、相手に抗議するしかなくて。一度、冒険者ギルドにも相談に行ったんだけど、闇仕事の管轄は市長館のほうだって追い返されちゃって。受付のお姉さんは冒険者雇って護衛にすればいいって言ってくれたんだけど、そんなお金もないしね。でも、市長館に行ったらそれは冒険者ギルドの管轄だからって言われたんだよね」
少女の話に、俺は若干青くなりつつ二人の人物に思い至る。
まさか、あの冷戦状態の案件の弊害がここにあるとは。
だから、ダグラスとアリッサになんとかしろと言っていたのだが。
闇仕事―――冒険者がギルドを通さずに直接依頼人から仕事を受けることを指す。フェーレン市では条例でこの闇仕事を禁じている。他の市ではギルドを介さずに冒険者が雇われることなど多くあるのだが、一番の懸念は犯罪率の上昇だ。
表に依頼できないような仕事など、ほとんどが犯罪にかかわるような仕事になる。冒険者が悪事に手を染めることが多いので冒険者の地位向上のためにもいち早く設けた条例で、おかげで冒険者の犯罪率が下がっているのも事実だ。
闇仕事を依頼したほうも受けた冒険者も双方ともに条例違反のための制裁を加えているので今ではほとんどみかけなくなったが。
そのため、フェーレン市では冒険者がそこまで忌避される職業ではなくなっている。
だが、市長館の職員からは条例違反の制裁や取り締まりなどは冒険者ギルドの仕事だと主張し、冒険者ギルドは条例違反なのだから市長館の仕事だと反論する。市長館は基本的には文官の集まりなので武闘に向いていないというのもあるのだが、冒険者ギルドはたいして脳筋で勢いだけで仕事をしているので条例などの細かい違反を取り締まるのが苦手だ。
今までは見つけたら冒険者ギルドに依頼を出して制裁を与えてもらい、報告書やその後の制約を市長館で行っていたのだが、10年経ったらこの構図が二人の人物の争いになってしまった。
冒険者ギルド受付嬢統括フィリア・ジェネラルと市長館の総務部長ハロルド・センデガーの二人だ。
「もう本当に、申し訳ない…」
「なんで、あなたが謝るの?」
俺の謝罪に、少女がきょとんと瞬いた。




