35.至福の夜
よろしくお願いします。
「というわけで、ダグラス。俺は今日、マヤと寝ることにする」
「待て待て待て、どういうわけだって?!」
ギルド長室で仕事をしていたダグラスの前に転移すると、俺は胸を張って宣言してみた。
ダグラスは椅子から激しい勢いで立ち上がって、両手を机にばんとついた。
「あれから、考えたんだよ。ペットと一緒に寝るのは至福だってアーベインも言っていただろう」
「なんで、そっちの方向にいったんだ…だからマヤちゃんをペット枠で考えるのはやめろよ」
「だって狼だぞ。俺、動物飼ったことがないから、憧れてたんだよ」
俺の周りにいる魔獣も魔物も、遠巻きにしている。呼べば、なぜか怯えた表情で寄ってくる。
普通の動物だと逃げ出す始末だ。
召喚で何を呼び出しても服従できるが、皆一様に頭をたれ、土下座するばかりの勢いになる。
アーベインの蛇やらカエルやらの自慢話を聞きながらいつも悔しい思いをしていたのだ。
それが、今日からは俺も優雅で快適なきゃっきゃできるペットライフが送れると思うと心が弾む。
飼い主とのステキな付き合いも始まるかもしれない。
アーベインとやりたいとは思わないが。
「クロゥ、とりあえず落ち着け。そんで、向こうはどうなったんだ?」
闇市の会場はバグロード市の外れの片田舎で行われていた。あんな辺鄙な場所に50人ほどの人間が集まるのだから主催者のやり手具合が窺える。
「オークションにだされていた魔獣や魔物はよくわからないから魔王城に送り届けて三将軍に渡してきた。帰りたい場所がわかれば、俺が明日にでも戻す約束になっている。会場の方は俺に攻撃してきたバカがいて、デミトリアスが切れたから、任せてきた」
「予想はしてたが、放置してきたのか。後始末が大変そうだな…」
「デミトリアスがやるんだから、キレイな死体なんじゃないか?」
悪魔は目的とするところが魂の入手なので、体自体には基本的に興味がない。半魚人たちのように食い荒らしたりはしないはずだ。
「やり過ぎるって言ってるんだよ」
「まあ、悪魔だしな。俺だって忠告はしたんだぞ。それでも攻撃してきたんだから、もう止められない。死体も残さずに食べてもらおうか。全員、魔王城に放り込めば済む」
魔王城には、どこかの部屋に人食いトカゲがいたはずだ。丸呑みして胃液で完全に溶かしてしまうので、キレイに片付く。
魔王城になぜそんな部屋があるのか、定期的なエサはどうしているのか、など詳細は考えてはいけない。
後悔しかないからだ。
「もういっそ、それでいいんじゃないかな…」
ダグラスが疲れたように笑う。
彼は鈍感だが、常識人ではある。パーティの年下メンバーである俺やレミアル、サジェストの面倒もよく見てくれた。
現実と常識の板挟みになっているのだろう。
かといって、デミトリアスを止めることはできない。
悪魔の好物は人間の魂だ。
フェーレン市の人間に手を出さない代わりに、俺に歯向かってきた人間への攻撃は許可している。
一方に我慢ばかりさせる状況も問題だと思うからだ。
まあ、耐えることもご褒美だとデミトリアスは笑うが。
俺の周りの変態率って結構高いと思うんだが。
「じゃあ、俺はもう寝るからな。おやすみ、ダグラス」
「お前、マヤちゃんがいる客室に跳ぶつもりだろう?」
「だから、俺はペットと一緒に寝たいんだって」
「ペットじゃないから! 女の子と一緒に寝るときは相手の同意をとってからだ」
「わかった。じゃあ、聞いてくる」
「え、今?! ちょい、待てクロゥ」
慌てるダグラスを無視して、俺はマヤの部屋に転移した。
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マヤにあてがった客室に跳ぶと、部屋の中は真っ暗だった。
彼女にとっては、もう寝る時間になるのだろう。
だが、こんもりと丸くなった布団、漏れ出る嗚咽は昨夜と同じだ。
「マヤ、ちょっと出てこい」
「ご、ごめ…クロっ」
「謝ってほしいわけじゃない。とにかく顔を出せって」
マヤはそろりと顔を出して、俺を窺い見る。
涙で濡れた金色の瞳と、鼻水でぐじゃぐじゃになった顔でも、ひどく可愛らしく見えるから不思議だ。
『ウォッシュ』
顔や手を洗うための生活魔法を唱える。
たらいをひっくり返したような水がマヤの上に降り注ぐ。
「ぴぎゃ!」
全身の毛を逆立てて、マヤが飛び上がった。
俺の魔法の強さは相変わらずのようだ。
布団もマヤの髪も大量の水を吸ってぐっしょりしている。
「クロ、やっぱり怒ってる…これ、マヤへのおしおき?」
「違う、誤解だ。顔を洗ってやりたかったんだよ。すぐに乾かしてやるから、ちょっと待て、『ドライ』」
ドライも生活魔法だが、魔力10を消費する。そのため、一般市民は生活でほとんど使わない。
ちなみに、この世界の一般人の魔力量が10ほどになる。
職業を持つものなら、レベルを10倍したものが、自身の魔力量になる。
2つ職業を持っていれば足し合わせた数字だ。
ちなみに空間転移は一人だと魔力500、複数転移だと人数に魔力700をかけたものになる。
職業の最高レベルは99なので、魔力量の最高値は999なのだが(最後のプラス9はおまけだろう)、集団転移させるためには、大体1人送るのに2人の空間魔法士が必要になるほど魔力消費が激しい。あまりに一度に魔力を失うと、だいたいの魔法使いは魔力酔いを起こし、気分が悪くなったり立っていることも難しくなる。
魔力消費量を少なくするための特殊な腕輪があり、ほとんどの魔法使いは使っているが、素材によって効果が変わる。少ないもので1%しか使用魔力量が減らなかったり、多いものだと50%も減らせる。
数多く出回っているのが5%カットの腕輪で、素材はワームの皮膚を加工して巻いたものだ。
ちなみに同じ効果の腕輪を何個もつけても効果は同じだ。
ワームは細長い大蛇だが、ドラゴンの一種であり、幻獣の扱いだ。口から猛毒の霧を吐いてくる厄介な相手で、近づくと体を巻き付けて締め付けてくる。
だが、比較的容易に倒せる下級モンスターだ。なので、その皮は数多く出回る。
深淵の大森林にも大きいサイズがごろごろしている。
もちろん、俺には関係ない話だ。
自分のステイタスなどきちんと確認したことはないが、職業と同じで魔力量は桁がおかしい。ぱっと見ただけでは何桁あるのかよくわからない。10桁あるところまでは確認済だが。
そんな俺が使う生活魔法は威力がおかしい。
「あっつ」
マヤが小さな悲鳴をあげた。布団の周囲は水が一瞬で蒸発して白い湯気をあげている。
俺は慌てて回復魔法をかける。
すっかり乾いたマヤが淡い光に包まれて呆然と俺を見つめている。
「クロはたくさん魔法が使えるんだね。人狼はあんまり魔法、使えないんだよ」
人狼は脳筋の集まりだからな、とは心の中で思うだけにする。
魔族は職業がないかわりに、使用できる魔法の種類に縛られるようだ。魔力はその者の持つ強さに匹敵するらしい。魔力量が多い方が強い魔族ということになる。
人狼は獣人化する際に魔力を使う。後は月の影響を多大に受ける月魔法が使えるくらいだ。
戦士タイプが多く、力で解決する傾向が強い。
なので魔族の中では弱い部類だ。
人間にとっては同じとは限らないが。
それにしてもマヤの話し方は拙い。
一体いくつなのだろう。
「そういえば、マヤは何歳なんだ?」
「うん? ええと、たしか18、だよ」
「18っ?! 18歳だって?」
「神官長がそう言ってた」
人間の成人は16歳だから、年齢で言えばマヤも成人した女性ということになる。
人狼は成長が遅いのだろうか。
「人狼の成人はいくつになるんだ?」
「狼が幼体で、人化できれば成体だよ。普通は人の姿で暮らしてる」
大きさは関係ないらしい。
せいぜい120センチくらいしかないマヤが、大人とは。
マヤの話し方がたどたどしいのは別の理由だろう。
「一人が怖いなら一緒に寝るか、と思ったんだが…どうする?」
「うん! クロの傍がいい」
「なら、狼の姿にならないか?」
「マヤは別にいいけど、クロは狼の方が好き?」
「モフモフに包まれて寝てみたい」
「ふうん?」
よくわからないという顔をしながら、マヤは狼の姿になる。
そのまま俺の腕に飛び込んできたので、ぎゅっと抱き留める。
ふわふわの毛玉みたいな感触にうっとりする。
温かくて心地いい。
お腹に顔を埋めると花の香りがした。果実のような甘い匂いも混じる。香水のようなきついものではなく、ふんわりと鼻をくすぐる穏やかな匂いだ。
「クロ、くすぐったい」
「なんかいい匂いがするな」
「マヤ、石鹸でいつも洗われるから」
不本意そうな言い方に、風呂があまり好きではないようだ。
「人間はキレイ好きなんだ」
「クロが好きならがんばる」
俺も今日は風呂に入っていないな。
明日の朝にでも入るか。
マヤを抱えたまま、自室の寝室へと転移した。
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