7.デミトリアスの懐古(デミトリアス視点)
デミトリアス視点です。
よろしくお願いいたします。
デミトリアスは悪魔だ。そして最古の血統でもある。生まれかわりや血を継いだわけではなく、彼自身が神に仕えていた。
記憶は遠く、おぼろげだが、感情が満ち足りていた実感だけは鮮明だ。
だから、銀の巫女を見た時、確かに一瞬の懐かしさを感じて、己の感情に苦笑した。
やはり、自分の中ではあの時代が、肯定的に受け入れられているのか、と。
だからこそ、これまで魔王に従うつもりはなかった。神ほどの充足感を与えられるような存在はいなかったから。
1人気ままに、魔族や人間をからかい、玩びながら生きてきた。
時々は長い時間に倦んだりしたこともある。
だが、あの日。
前魔王である脆弱なアンデッドが消え去った日の、身の内を駆け巡った震えるほどの歓喜を、なんと言葉にすればよいだろう。
切なさと、懐かしさと、哀しみと。
愛しさと、少しだけの煩わしさも含んでいて。
思わず触れてしまった膨大で圧倒的な魔力を前に、結局、一夜も待てずに駆けつけてしまった。
彼は前ギルド長への報復を終えたところで。突然現れた魔族には、身が凍るような一瞥をくれただけだったけれど。
それすら新鮮だったと答えれば、主となった少年は変態だと、簡潔に述べただけだった。
それからの10年はあっという間だ。
彼に、仮にだと連呼されながら渋々魔王を引き受けさせたり、彼の配下に相応しい人材を集めたり、魔王城の再建を指示したり。
過去のあれこれを思い返しながら、しみじみと新しく建った魔王城を見下ろせば、相変わらずの漆黒の城は柔らかな日差しを受けて鈍く光っている。
うっすら紫色を放っているのは建材に使われたドラゴンの皮膚のせいだ。
以前の黒い壁は火山近くの固い石を加工して強度を増したものだと聞いた。だが、それでは我が主に真に相応しいと思えず、がんばって黒竜を狩ってきてよかった。
出来栄えにデミトリアスは満足する。
更地の一角、巨大な湖の横に静かに佇んでいる城を見ては、主の力の凄さを実感する。
それに相応しい城の外壁を提供できたのだから。
「あら、あんたが主殿の傍を離れるなんて。何かあったのかぃ?」
魔王城の最上部のバルコニーに降りたったとたん、部屋へと続くガラス張りの扉が大きく開かれた。
現れたのは深紅の豪奢なドレスを纏ったパロニリアだ。
ストロベリーブロンドの長い髪をゆるくカールさせふわりと流し、菫色の瞳を蠱惑的に細めている。匂い立つような妖艶な美女だが、淫魔であり、数少ない時空魔法の使い手だ。
三将軍のうちの1人でもあるため、デミトリアスが彼女に囚われることはない。単純な力でいえば彼のほうが上だ。
「その主のお呼びです、すぐに来て下さい。人狼の里が襲撃に合い、銀狼が攫われたのです」
「え!? 銀の巫女がかぃ?」
「主が助けたので、彼女は無事ですよ」
その言葉にパロニリアの顔色がみるみる悪くなった。
「ああ、なるほど。叱るのは後でたっぷり聞かせてやっておくれね」
「どういうことです?」
片眉を上げて視線を向ければ、パロニリアはゆったりと答えた。
「グアラニーの姿を昨晩から見かけないんだよ」
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