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序章 強制転移、そして魔王との邂逅

初投稿です。よろしくお願いします。


切り立った山々は空を鋭角に区切り、不自然な境界を作り上げていた。植生は見られず、むき出しの黒々とした岩肌には溶けることのない雪で一部が覆われている。

平坦な場所などどこにも見られず、抉れた窪地には水が溜まり、日の光を受けてエメラルドグリーンに輝いていた。


山並みの向こう側から不気味な尖塔が顔を覗かせている。おどろおどろしい暗黒を背負ったかのような漆黒の壁は、青い空を背景にひどく場違いに見えた。


だが、俺を囲んでいるアンデッドの群れとその背後に立っている大柄な魔王こそ、場違いの極みだろう。


嵌められた―――。


嫌われるなど生易しいほどの悪感情を抱かれている国王に呼び出されたとき、嫌な予感はしていたのだ。


謁見の間には騎士が100人ほどいて、それが見知ったやつらばかりだというのも拍車をかけた。彼らは、どちらかといえば、反国王派だ。

さらに挙げれば、俺の所属するパーティの仲間が一人もいないことにももっと違和感を感じるべきだったのだ。


謁見の間に呼び出された俺と100人の騎士は、国王の合図により、そのまま集団転移させられた。


よりにもよって魔王城の傍近くまで。


大人数を転移するには、送る人数の倍以上の空間魔法士が必要になる。あの国王にそんな人望があるとは思えない。背後にはこの国の辺境の冒険者のギルドマスターが関わっているに違いない。


国内全土からクエスト依頼を出して空間魔法士を集めたのだろう。

馬鹿なやつほど、ろくなことにしか知恵が回らない。


俺が所属している冒険者ギルドは、魔王城がそびえたつ大峡谷から一番近い町にある辺境のギルドだ。魔王城が近いため、魔物の発生率が高く、ギルドに舞い込む仕事は国から受けた討伐依頼がほとんどとなる。


だが、ケチな国王はギルドに支払う金惜しさに、賞金を減らすのだ。そのうえ、その上前をギルド長が跳ねるので、ますます低い報酬に見向きする者は少ない。


魔王城近くの魔物なので強さは桁違い。斃せば、手に入る皮や爪や牙や鱗といった素材を売った金額でかなりの儲けは出るが、そんな者は冒険者の中でも最高峰のランクSに相当する強さの者だけだ。


つまり、俺たちのようなランクSが集まった冒険者パーティくらいしか在籍しないのが現状だ。


力で勝てないギルド長は、日々ささやかな嫌がらせをしながら鬱憤を晴らしていたが、腐った国王と結託したらしい。邪魔者を一度に葬り去ることにしたのだ。


今代の魔王はアンデッド系で、死霊魔法が得意だと聞いてはいた。だが、着いた早々、待ち伏せするかのように目の前に立っていた。俺たちが現状を把握するまでもなく、瞬く間に騎士100人をアンデッドに変えてしまうほど、彼が強大な力を持った存在だとは知らなかった。


「朝からずっと巨大な転移魔法陣を出現させておれば、馬鹿でも誰かがやってくることくらいわかる。こうして楽に手駒が増えるのだから、感謝せねばな」


だから、いつ現れてもいいように仲間を引き連れて待機していたと、混乱しながらも状況を必死に把握しようとしていた俺に、魔王からのありがたい説明がある。思わず国王を罵る。


あの愚かな豚め! 

本当に、ろくなことをしない。


俺は呪術師の職業をレベル90にしているので、呪術無効化のスキルがあるが、騎士は普通に剣士か魔法剣士くらいの職業しか持っていないためアンデッドに変えられている。


テッド、バウム、オーエン、ゲイツ―――。


目の前で王国の騎士鎧に身を包み、がらんどうの瞳を向けてくる者たちの名を心の中で呼ぶ。


ギルドのメンバーたちでは手が足りない時には、討伐を手伝ってくれた騎士たちだ。まだ未成年で酒も飲めない老け顔の俺に、その顔で酒が飲めないなんて詐欺だと言って笑っていたやつらだった。


成人したら一緒に酒を飲もう。


約束した声は遠く掠れる。


ぎりりと奥歯を噛み締めた。


魔法は万能ではない。死んだ者を生き返らせることはできないし、アンデッドになった者を元に戻すこともできない。ただ安らかな死を与えるだけだ。


構えた剣を握る手に一瞬だけ、力を籠める。


俺は普段の職業を魔法剣士にしている。

魔法剣士は魔法士と剣士を50レベルまで上げれば、必然的に獲得できる上級職業だ。


だが、俺は宝剣でもあるオリハルコン製の剣をあっさりと放り投げた。


「矮小な存在よ、我の力に耐えたことは褒めてやるが、武器を捨てるとは早々に諦めたか。もう少し余を楽しませてくれると思ったが…」


魔王が歪な声を響かせ、愉悦を漏らした。


「俺がしてやれることは、これくらいだからな。『インタイア』『プリフィケイション』」


カランと、剣が地面に落ちて音を立てた瞬間、まばゆい光が辺りを包み込んだ。

一点に凝縮された力は、円形に広がり、圧力を感じるほどの風と熱をまとい弾け飛ぶ。


後に残されたのは半径20キロ四方に及ぶ巨大なクレーターと、それを囲むように広がった広大な平地だ。切り立った山々も不気味な城もアンデッドも魔王も、どこにもその姿を探すことはできない。


「あ、あれ?」


間の抜けた俺の呟きを聞く者は、誰もいない。


『”魔王”・死霊の王ファスト、レベル81を斃した』


頭の中に場違いに明るい女の声が響いた。冒険者の登録時、称号プレートを作る際に施されている『インフォーム』の魔法だ。戦闘の状況や事後を知らせてくれる。

状態異常なども教えてくれるので、何かと重宝する。いつもならば。


だが告げられた瞬間、俺はゾッとした。


魔法を中断すべくキャンセルの魔法を唱えるが、一度発動した魔法の止まる気配はない。

俺の気持ちを構わず、声は唄うように読み上げていく。


『エンプーサを75体、ゾンビを81体、ダムピールを56体、ラミアーを22匹、バンパイアを44体、ボーンドッグを111匹、リビング・アーマーを236体斃した』


『ゾンビ・ナイト、テッド・タンク、レベル87を斃した』

『ゾンビ・ナイト、オーエン・ハイム、レベル55を斃した』

『ゾンビ・ナイト、ゲイツ・ミュール、レベル69を斃した』


続々と知らせる音に耳を塞いで声を上げる。

それでも、やはり女の声は聞こえる。直接、脳に届いているので物理的に塞ぐのは不可能だ。それは分かっている。ただ、聞いていたくないだけだ。


冒険者の証である称号プレートも外して地面へ叩きつける。

だが、音は、声は止まらない。


『ゾンビ・ナイト、カンダール・ガルシア、レベル50を斃した』

『ゾンビ・ナイト、ラッシュ・ナル、レベル81を斃した』

『ゾンビ・ナイト、クロード・フォルダ、レベル64を斃した』


俺は声を聞きながら、国王の元へと転移魔法を唱えるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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