小蝿が居るには理由(わけ)がある
いきなりだが、私には悩みがある。
最近、我が家によく小蝿を見掛けるようになったのだ。
それ以降、定期的に殺虫剤を吹いてはいるし、小蝿取りなども設置している。
そしてそれらは確実に一定の成果を上げている。
にも関わらず、小蝿は一向に減る気配を見せなかった。
これは決して私の家が不潔だからということではない。
むしろ、私はどちらかと言えば潔癖気味な人間のため、周りの人よりも清潔にしているという自負すらある程だ。
まめな掃除は欠かさない。
例えば、風呂なども使った後は必ず毎回掃除をしているし、来客用の部屋など、シミ一つない程に綺麗だ。
まぁ、そもそも来客など今まで数えるほどしかなく、今後の予定ももっぱら未定であったりはするのだが。
しかしだからこそ、不意の来客にも即座に対応できるようにと、常日頃から清潔を心掛けることは、決して悪いことではないだろう。
たまに来るお客だからこそ、丁重にもてなし、気分よく還っていただきたいものだ……私はそう考えている。
そんな、世間一般的に言えばおそらく綺麗好きに分類されるであろう私だからこそ、不快だった。
まるで、目の前で飛ぶ小蝿に『お前のそんな努力などまったくの無意味』と小馬鹿にされている気さえする始末。
私は殺虫剤片手に、早急に原因を突き止めてやると、心に誓っていた。
「それでは、次のニュースです。先日より〇〇区で多発している連続行方不明者に関しての続報です。当局の発表によりますと――」
仕事から帰って夕飯の支度をしながらニュースに耳を傾ける。
自炊派な私の日課だ。
しかし、最近はどこのテレビ局もこのニュースで持ち切りだ。
そのニュースによると、どうやらここ数ヶ月で十人近くの人間が行方をくらませているとのこと。
しかも、その場所が私が住んでいるところから、さほど離れていないというのだから、なかなかに物騒な話だ。
行方不明者は一応すべて若者ということなのだが、決して他人事と言い切って安心できる状況ではないだろう。
私も気をつけねば。
しかし、テレビ局もよく飽きずにこれだけ延々と同じニュースを垂れ流せるものだ。
今も有識者らしき者が、やれ犯人の動機は〜やら、やれプロファイリングから導かれる犯人の特徴は〜やらと、的外れな見解を長々と世間にひけらかしている。
時間の無駄だ、とまでは言うまい。
それだけ重大なニュースだということを私も理解はしているつもりなのだが、こういった気の滅入るニュースはどうにも昔から好きにはなれず、程々にしてもらいたいものだと個人的には思ってしまうのだ。
私は聞こえてくるニュースに若干辟易しながらも、料理の手は止めていない。
といっても、大した料理ではないのだが。
今日は、肉に塩コショウで下味をつけて、フライパンで焼いただけの――いわゆる、ステーキというやつだ。
近所で美味しそうな肉が安く手に入る機会があったため、欲に負けてついつい大量に入手してしまったのだ。
もう私も若くないというのに。
とはいえ、まだまだ働き盛り。
未だ魚より肉派な私は、若い頃を思い出し、豪快にステーキを焼いていた。
そうして、無事出来上がったまではいいのだが……
「少々作り過ぎてしまったかもしれない……」
目の前の大皿に乗る分厚いステーキ。
目分量だが、おそらく1キロ位はあるだろう。
若い頃ならいざ知らず、今の私に果たして完食できるのかどうか。
だが、やってしまったものは仕方がない。
頑張って平らげよう。
そうして、私は勿体無い精神の御旗のもと、年甲斐もなく無理をしてしまい、その晩、案の定猛烈な胸焼けに悩まされることになったのは言うまでもない。
とうとう原因が判明した。
ふとしたタイミングで思い出したのだ。
むしろ、なぜ今まで忘れてしまっていたのか。
老いを感じざるを得ない。
私はキッチンの床下収納を全開……させる前に少しだけ開き、念の為、殺虫剤を吹きかけた。
「……これでよし」
そうして、開けた床下収納から、まずは長年放置され、すでに腐乱していた玉ねぎを摘み上げると、そのままゴミ箱へと放り投げた。
こんな物を放置しておけば、小蝿が湧くのもうなずけるというもの。
「まったく……」
私は自分の至らなさに呆れながら、残りの惨状を前にため息をついた。
「さて、これからが大変だ」